第62話 そんな彼女の彼氏の憂鬱。
「じゃあ、マサさんが男だったら、諦めるってことでいいな?」
愛紗は頷いた。
タブレットを並べて、MMORPG◯△オンラインにログインする。
ワールドに入ると、すぐにマサさんからメッセージが来た。
「よお。アイラ。調子はいいか?」
「あ、はい。ちょっと話があるんですけど、ホールに来てくれませんか?」
マサさんをホールに呼び出す。
マサさんは、俺と愛紗のアバターを見つけると、手を上げて声をかけてきた。
「珍しい組み合わせだな。アイラと、……アイシャちゃんか」
「あの、マサさん。いきなり変なこと聞いてすいません。あの、マサさんは男ですよね?」
マサさんは両手をあげた。
「は? この身体のどこが女にみえるんだよ」
……はぐらかしている。
「どっちなんですか?」
「……どっちでもいいでしょ」
「ま、どっちでもいいですよね。マサさんはマサさんで、同じですし」
「だろ? だから、このまま仲良くしようぜ? 相棒」
男とは言わない。
やっぱり、マサさんは女だ。
「それができないんです。すいません」
すると、アイシャが会話に割って入った。
「わたし、アイラと結婚したいんですよ。だから、離婚してくれませんか? あのですね。わたし、アイラのリアル知り合いなんですけど。一緒に住んでるし」
は?
確かに嘘ではない。嘘ではないが。
愛紗よ、頼むから事態をややこしくしないでくれ。
「え? じゃあ、野良パーティーの時、ボイチャしようって……」
「うん。リアル性別を確認したかっただけ」
「なんで、そんなことしたの?」
マサさんは動揺してる様子だ。
「アイラの妻の座を、取り戻すために決まってるじゃないですか?」
アイシャは言った。なぜか俺の横にいるリアル愛紗もドヤ顔している。
ってか、愛紗さん。座を取り戻すもなにも、変なでっち上げ動画で混乱させているのは、アナタの方でしょ。
そんな愛紗は、俺の横でニヤニヤしている。
イヤな予感しかしない。ドSモードの顔だ。
「アイラ、そうなのか? 俺らの繋がりってそんなものなのか?」
マサさんが聞いてくる、
ずっと男だと思ってたのに。
なんだか裏切られた気分だ。
「そういうことです。コイツに弱味握られてて、別れてもらえないと困るんです」
俺はそう答えた。
「いやだ。別れたくない」
なにこのやりとり。昼ドラみたいなんですけど。ちなみに、ゲーム内では俺は女キャラでマサさんは、ごっついオークだ。周りから見たら、さぞ滑稽だろう。
マサさんは続けた。
「アイラのために、めっちゃ課金して時間かけて、こっちは必死にやってるのに」
マサさんが、そういう言い方をするのは意外だった。
「いや、そんなこと言われても……」
リアル愛紗が耳打ちしてくる。
「兄貴。こいつ、兄貴に惚れてないか?」
俺は首を横に振った。
マサさんが女の子だとしても、実際に会ったこともないのだ。そんなハズはない。
すると、愛紗が何か入力し始めた、
「……この泥棒猫」
アイシャがそう発言すると、マサさんは無言でログアウトしてしまった。
愛紗は舌打ちした。
こいつは本当に。
言う事がキツすぎるんだが。
「お前な。なんなんだよ、ほんと。マサさん、絶対に傷ついたよ?」
愛紗はご満悦だ。
「一度でいいから、泥棒猫って言ってみたかったのじゃ♡」
……愛紗が身内で良かったよ。
他人だったら、たぶん、俺。
コイツに泣かされてたと思う。
その日以来、マサさんはログインしなくなった。
結局、補習は代理の先生が行ってくれることになった。
その補習も最終日だ。
俺は一歌に言った。
「な、一歌。北村さん来なくなっちゃったな」
俺がそういうと、一歌は答えた。
「心配だね」
北村さん。たぶん一歌のこと嫌いなのに。
そんな相手のことも心配している。
……やっぱ、一歌は天使だわ。
「そういえばさ、一歌ってクラスで、色々と有る事無い事噂されてたじゃん? そういうの、イヤじゃない?」
一歌はあっけらかんとしている。
「わりかし、どうでもいいかな。愛も美桜もいるし。蒼くんもいるし。蒼くんは噂なんて信じないでしょ?」
「もちろん。今は、一歌ほど良い子はいないと思ってる」
ごめんね。
昔は、ちょっと噂を信じてた。
一歌は微笑んだ。
「んじゃあ、やっぱり、どうでもいいや」
一歌といるとカタルシスがある。
自分が浄化される気がするのだ。
もうちょっと一緒に居たい。
「一歌は、この後は暇? お茶でも飲んで行かない?」
「あ、ごめんっ。今日、パパと約束しててさ」
そっか。
お父さんとの約束か。
それは大切だ。
俺は家に帰って、家族とテレビを見て過ごした。
(もう一歌は帰ったかな?)
ふと時計を見ると20時だった。
すると、一歌からメッセージがきた。
「いま、時間大丈夫? パパが蒼くんに会いたいって言ってるんだけど、いいかな?」
「いいけど。それって3人で会うってこと?」
「いや、2人だけで会いたいみたい」
えっ。
どんな用事か、全く想像がつかないんだけど。
でも、彼女の父親の誘いを断ることもできない。俺は、一歌に指定された場所に急いだ。