第61話 そんな彼女の彼氏の妹。
バタンッ。
ドアを開けると誰も居なかった。
「愛紗!!」
俺は全力で走り、愛紗の部屋のドアを開けた。
すると、愛紗がいた。
イエローのパーカーを着て、カチューシャをしている。
よかった。
生きてる!!
俺は愛紗に抱きついた。
すると愛紗は、コロンッと仰向けになった。
そして、俺の腕をトントンと叩いた。
「いくら寂しいからって、妹を押し倒すのは良くないぞ? このシスコンがっ」
そう言って、立ち上がる愛紗。
おもむろに、テーブルに向かう。
テーブルにはアームがついていて、スマホのカメラがこっちを向いてチカチカと光っていた。
愛紗はこちらを振り向くと言った。
「バッチリじゃ。兄が妹を襲う動画が撮れたぞ!」
「え? じゃあ、ドアの外のあの変な声は?」
「せっかくの兄妹の熱い夜にサプライズをと思っての。蒼の部屋まで、特選心霊ボイスのお届けじゃ」
愛紗が操作すると、俺の部屋の方から、能天気な音楽が聴こえてきた。
「遠隔スピーカー?」
「そうじゃ。ドアノックの連打音つきじゃ。楽しめたじゃろ?♡」
全部、このクソガキのイタズラか。
「いたいぃぃぃ!!」
俺は両拳を握り込み、愛紗のこめかみを挟んだ。グリグリだっ!!
「ところで、お前。その動画消せよ」
愛紗は眉間に皺を寄せた。
「は? お前、それが人にモノを頼む態度か? こっちは結構、手間がかかっておるんじゃぞ?」
このクソガキ……。
愛紗が動画を拡大する。
画面では、俺が愛紗の右手首をつかんで押し倒していた。しかも、左手を口元で軽く握り、頬を赤めている愛紗。
「ほれ。どこからどうみても、兄が妹を犯す直前の動画じゃな」
「お前、それどうすんの?」
愛紗はニマニマした。
「いやぁ、手が滑って、一歌に送ってしまうかもしれんのぅ」
「ホントやめて……」
さっき泣かせたばかりなんだからぁ。
「じゃあ、分かっておるのぅ?」
俺は黙って頷いた。
「鬼っ娘の額当てのことだろ?」
鬼っ娘の額当てとは、俺が以前からやっているMMORPG◯△オンラインで稀に出土するSSRアイテムのことだ。前に、穴を掘っていたら、偶然手に入れた。
アバターに装備すると、小さな鬼のツノが生えるため、女の子プレイヤーに大人気のアイテムだった。
実は愛紗も同じゲームをしていて、以前から、このアイテムが欲しいと駄々を捏ねていた。
そして、MMORPG◯△オンラインでは、基本的に、消耗品以外のアイテムを他のプレイヤーに渡すことはできない。唯一の例外は、ゲーム内パートナーだ。
つまり、こいつは。
俺にマサさんと離婚して、愛紗と再婚し、アイテムを渡せと言っているのだ。
ちなみに、◯△オンラインでは、一度離婚した相手と再婚することはできない。
「いやさ、俺、マサさんにめっちゃ世話になってるし、アイテム渡すためだけに、パートナー解消とか、申し訳なさすぎるでしょ。ってか、愛紗、お前、ゲーム内パートナーいなかったっけ?」
「毎日、約定の貢物の納品を怠ったから、離婚した」
約定の貢物ってなんだよ。
はじめて聞いた単語なんだが。
「ちなみにさ、お前、レベル低いけど、相手と一緒にダンジョン潜ったりしてたの?」
「は? これを見ろ」
画面には愛紗のアバターが映し出されている。頭の先からつま先まで、デザイン最優先の高額クソアイテムで揃えられている。
愛紗は続けた。
「これで狩りなんて、できる訳ないよね?」
装備もクソでレベルも低い。
立派なのはゲーム歴だけ。
こいつ、なんでゲームしてるの?
ウチのサーバーの生産性を下げたいだけ?
こんなのと攻略パートナーになったら、最悪なんだけど。
「いや、ちょっと厳しい。兄妹でパートナーってのも抵抗あるし」
すると、愛紗はため息をついた。
「何を言っておるのじゃ? ネナベと夫婦してる兄貴には言われたくないわ」
え?
マサさんの中身は女だって?
そんなわけないだろ。
「は? 何言ってんの? マサさん男じゃん」
愛紗は、さらに特大のため息をついた。
「バカかお前は? それに一歌にしても、ネナベとイチャつかれるより妹の方がマシじゃろ?」
「いや、だって。マサさんのメアド、masa-kiだよ。どうみても男じゃん」
「しらんよ。masaかkiが名字なんじゃないか? つか、前にボイチャしたからな。確実に女の子じゃぞ。しかも、結構、可愛い声だったぞ?」
ええええーっ?!
「たしかに、俺はゲームの外と中を分けたい派だから、マサさんとボイチャしたことないけど」
愛紗はニヤニヤした。
「うそつくな。兄貴はネカマだから誰とも話したことないだけじゃろ。……ま、動画がある限り、そもそも、兄貴に選択肢はないがな」
……俺のゲーム内パートナー。
もしかしたら、女子なのかも知れない。




