第58話 そんな彼女の心配事。
パァン!!
いきなりの破裂音にビクッとなった。
反射的に、俺と愛は身体を離した。
「はいっ、そこまで。僕もそこまで野暮じゃないんで、十分です。続きは他でやってください」
その声は空さんだった。
空さんは、無感情を装っているように見えた。
「……少なくとも、愛さんが、その人のこと好きなのは分かりました。もういいです。僕は帰ります」
愛は何か反論しようとして、言葉をとめた。
やばかった。
空さんに救われた。
まだドキドキしている。
空さんは、愛が俺を好きだって言っていたけど、あり得るのだろうか。俺はただの彼氏役。確かに嫌われてはいないと思うが……。
空さんが去ったのを確認して、愛に言った。
「とりあえず、諦めてくれたみたいで良かったじゃん。んじゃあ、俺の役割は終わったみたいだし、俺、帰るわ」
「わかった。今日は、付き合ってくれてありがと、でも……」
愛は何か言いかけたが、言葉をとめた。
俺は一歌の家に走った。
インターフォンを鳴らす。
ドアが開くと、一歌が飛び出してきた。
両手で、俺の頭を抱きしめると、人目をはばかることもなく、キスしてきた。
まるで不安を払拭するように。
とても情熱的だった。
そして、キスの嵐が収まると、部屋に通された。オレンジ色の多い、いい匂いの部屋。
ベッドも整えられている。
一歌がお茶を淹れてくれている間、俺はキョロキョロしながら、部屋の中で待った。
(おれ、今日、この部屋で童貞卒業するのかな)
一歌が戻ってきた。目が腫れている。
その表情をみて、俺は自分の妄想がどれだけ能天気だったのか気づいた。
そうだよな。
彼氏が他の女といて、何も感じないハズがない。
(でも、なんでそんな思いをしてまで、俺に頼んだんだろう)
一歌はカップをテーブルに置くと言った。
「それで、今日のお話を聞かせて欲しいです」
一歌は何も知らないハズだ。
だから、何も言わない方が得策なのだろう。
でも、俺は、今日のことを全部話した。
買い物に行ったこと。
腕を組まれて、キスされそうになったこと。
なんでか分からない。
でも、傷つけないために打算的であることは、優しさと違うって思った。
すると、一歌は笑った。
口は笑ってるけど、目は悲しそうだ。
「蒼くんにお願いしたの、わたしだし。ちょっとは仕方ないって思ってたんだ。でも、嘘はイヤだったの」
胸がチクチクする。
ごめん、一歌。
俺は一歌が思ってくれるほど、善人じゃない。
ファーストキスのこと。
言うべきって分かってるのに、一歌を失うのが怖くて、言えないんだ。
一歌は続ける。
「あのね。実は、沙也加ちゃんが蒼くんを見かけたらしくて、その時の様子を教えてくれたんだ」
あの時の声。
沙也加、いたのか。
それにしても、下手に嘘をついたらヤバかった。
「もし、嘘つかれたら? 浮気されたら? 俺のことイヤになる?」
すると、一歌は微笑んだ。
「わたし、決めてるんだよ。蒼くんとずっと一緒にいるって。だから、別れたり、嫌いになることはない……かな」
静かだけど、強い決心だと思った。
今後、俺の人生で。
彼女以上に俺を想ってくれる人はいないだろう。
「うん」
「でもね、そんなことになったら。きっと、いっぱい泣いちゃうから。……しないで欲しいかな」
「そっか」
一歌はやっぱり龍の鱗みたいだ。
強くて美しい。
その中の果汁は。
砂漠の過酷な環境で熟成されて、甘くて。
でも、痛みを知っていて。
鮮血のように赤い。
一歌は俺の頭を撫でた。
「蒼くん」
「ん?」
「わたしのこと、好き?」
「あぁ。世界一好きだよ」
「そっか♡ 約束のご褒美あげる」
ごくり。
俺は唾を飲み込んだ。
一歌は恥ずかしそうに続けた。
「ベッドに寝て」




