第56話 そんな彼女の公認デート、即ち、浮気?
俺は愛に手を引かれて、店を出た。
「いや、ちょっと待って。おれ、服とか、めっちゃ普段着以下だし」
「いいんだよ!! そのままで」
「事情を説明してくれよ」
愛は足を止めて、俺の方を見た。
「実は告白されてるんだよ……」
「へぇ。よかったじゃん。相手はカッコいいの?」
すると、愛は露骨に不機嫌な顔をした。
「よくない。ってか、蒼の方がカッコ……イ。まあ、その。好きなヤツいるからって断りたいんだ。だから、好きなヤツ役やって」
人生2度目の女子からカッコイイ来た!!
ふっ。
こんな綺麗な子に、そんな頼まれ事をするなんて、童貞モブが大進歩だ。
これは、一肌脱ぐしかないな。
駅前に着くと、長身の男性が立っていた。
さわやかイケメンだ。
……。
俺は、回れ右して帰りたくなった。
オレとアレ。
ダンゴムシとオオクワガタくらい違う。
正直、同じ日本人男子にカテゴライズされていることが申し訳なく感じる。
俺は愛の横腹をつついた。
「なっ、アレを諦めさせるのに、オレをぶつけるのは……無理があるぞ」
「歩だって、王手できるじゃん」
例えが意味不明だ。
それに、歩に例えられても困るんだが。
イケメンは、こちらに気づくと挨拶をしてくれた。イケメンにありがちな増長している様子は皆無だ。見るからに才色兼備な優良物件。
「僕、山星 空っていいます」
名前からして負けてるし。
山星?
どこかで聞いたことがあるような。
ぷにっ。
愛が胸を押し付けてくる。
「コレ、話してた彼氏。納得した?」
愛はそう言うと、更に身体をすり寄せてきた。
コレって……無機物に使う代名詞なんだけど。
それに彼氏役なんて聞いてないし。
空さんは、不審そうに俺を見ている。
「ふーん。今日はデートの予定でしたっけ? 自分の目で見て判断させてもらうよ」
「あぁ、わかってる」
愛はそう答えた。
(ああ、それで公開偽装デートな訳ね)
「んじゃあ、いこっか♡」
そういうと、愛は俺の手を握った。
恋人握りだ。
ってか、愛が「♡」つけたよ。
プププ。ウケるんだけど。
横を見ると、愛がめっちゃ睨んでる。
こえぇ。
ってか、愛のやつ、手汗がすごいな。
監視されてるから、緊張してるのか?
空さんは、気を遣ってくれているらしく、見える範囲にはいない。
ライバルにも配慮できる心の大きさ。
絶対にオススメ物件だろ。
その後は、愛が服を見たいと言うので、ショッピングにいくことになった。
何着か見繕うと、愛は試着室に入った。
(周りは女子ばっかりじゃん。少し気まずいんだけど)
俺が立ち去ろうとすると、愛に手首を掴まれた。
「感想聞かせて欲しいから待ってて」
しばらくかかりそうだな。
俺は、一歌にメッセージを送ることにした。
「なんか、愛に偽装デートの相手させられてるんだけど」
「知ってるし。付き合わせてごめんね。愛、その相手のこと絶対イヤみたいなの。手伝ってあげて」
怒ってないっぽい。
良かった。
「わかった。ちなみに、浮気って、どのへんがボーダーライン?」
「……浮気するの?」
「いや、そんな気はないんだけど、参考までに」
「1メートル以内に近づいたら浮気だし」
おいおい。
それで彼氏役しろとか無理ゲー過ぎるんだが。
すると、愛が試着室から出てきた。
「どうかな?」
肩が出てて、フォーマルな感じのワンピース。
正直、めっちゃ綺麗だ。
無条件にドキドキしてしまう。
もしかしたら、普段の愛は、制服で可愛さが半減されているのかも知れない。
「……」
綺麗すぎて、言葉に詰まってしまった。
すると、愛は俯いた。
「やっぱ、アタシ、こんな可愛いの似合わないよね。着替えてくる」
愛がまた試着室に戻ろうとした。
「いや、すげー、綺麗」
「どれくらい?」
「気を抜いたら、一目惚れしそうなくらい……」
やべ。
思わず、口から本音が漏れ出てしまった。
俺は口を押さえた。
我ながらに、自制心が足りなすぎる。
「……そっか」
愛はそれしか答えなかった。
なんだよ。素直に褒めたのに。
そっけないな。
愛はスタイルがいい。
肩のラインが綺麗で骨格のバランスも良い。身長も一歌より10センチくらい高いから、モデルみたいな体型なのだ。
一歌もスタイルは良いが、パーツが小さくて丸い。女の子然としている可愛い系だ。だから、少し種類が違う。
きっと、制服やメイド服などのガーリーな服は一歌の方が似合うが、フェミニンなドレスは愛の方が似合うだろう。
すると、一歌からメッセージがきた。
「順調? あのね。そっちの用事終わったら、ウチに遊びに来ない? 今日、ママと歌葉、いないんだ」
「え、いいの?」
「うん。今日、浮気しないで我慢したら、ご褒美あげる♡」
「……なにくれるの?」
「気持ちいいことしてあげる♡」
まじか。
(うぉぉぉぉ!!)
俺は心の中で絶叫した。
ついに、脱童貞か?
まだまだ先かと思っていたが、完全に棚ぼただ。
ちょっとぉ。
ここは放置して、いますぐ帰りたいんだけど?
「ボクは?」
……!?
どこかから沙也加の声が聞こえた気がした。俺はキョロキョロと周りを見渡したが、それらしい人は居なかった。
気のせいかな。




