第49話 そんな彼女はゲームが気になる。
一歌はひよこのように口を尖らせた。
「だって、わたしもやるって言ったら、いつもはぐらかすじゃん」
いや、だって。
あなた最初のデートの時に誘ったら、「ゲーム機ないし、正直、そういう時間のかかるゲームは無駄っていうか、興味ないし〜?」とか言ってたじゃん。
だから、やましく……はない。
だが、一歌にやって欲しくない理由があった。
実は、俺が使ってるのは女キャラなのだ。
一歌にドン引きされそうで、知られるのがイヤだった。
好んで選んだ訳ではなく、ゲームを始めた時に性別を間違えてしまった。キャラデリートも考えたが、ランダムステータスが神がかっていて、そのままにしたのだ。
いや、だから。
ネカマじゃない。
ロールプレイの一環として、言葉も女キャラのそれであったり、アバターのセンスが良かったらしく、ちょっとゲーム内ミスコンで人気者になっているだけだ。
それと、もう一つ。
このゲームには夫婦システムがあり、パートナーがいるとゲームを有利に進めることができるのだ。そのため、ほとんどのユーザーが攻略ペアを組んでいる。
だから、俺にもゲーム内でパートナーがいる。
ゲーム初心者だったその人に、俺が色々教えた縁で、今でも親切にしてくれている。その人は廃課金者で、俺は、あっという間に抜かれてしまったが。
ごっついオークの男キャラだし、あんな廃課金者が女子の訳がない。キャラ名も男っぽい。連絡用に聞いたメアドもローマ字で「masa-ki」(たぶん正樹)だった。
だから、マサさんは絶対に男だ。
でも、心配させたままは良くないか。
俺は一歌に言った。
「いや、そんなことないよ。ちょうどクジで当てたゲーム機もあるし、今度、一歌も一緒にやろう」
そう言うと、一歌は納得してくれた。
女キャラなのがなんだ。
一歌に合わせて低レベルキャラを作るのは手間だが、一緒に遊べたら最高だ。
うん。そうしよう。
「あの、今日の補習は中止らしいし、わたくし、そろそろ帰りますね」
そういうと、北村さんは、さっさと帰ってしまった。
「なんか北村さん、不機嫌じゃなかった?」
俺がそう言うと、一歌は首を傾げた。
「そう? わたしは感じなかったけど。っていうか、北村さんって、下の名前なんだっけ?」
「たしか、みやびだよ。北村 雅。優雅な名前だよね」
すると、一歌が目を見開いた。
何かを思い出したらしい。
「さっき、北村さんのこと、目で追ってたでしょ? ニマニマとイヤらしい目で見てたっ!!」
「いや、だから。優雅な名前だなぁと」
「あれは、性的な目だった。ほら。今のその目っ」
いまの俺は真顔なんだが……。
それは、俺の顔がシンプルにイヤらしいってことか?
「いや、これ。普通の目」
「ちがうしっ!! きっと、その目で焼き付けて、みやびちゃんを夜のオカズにするんでしょ?」
オカズって……。
すごい発想だ。
だから俺は。
一歌にビシッと言ってやった。
「自慢じゃないがな。俺は一歌しかオカズにしてないぞ。しかも、回数は、一歌と付き合い出した日数と同じだけだ!! この意味がわかる? どうだ、おそれいったか」
一歌は、真っ赤になった。
「それって、毎日、わたしを……。ひっ。バカバカ!! へんたいっ!!!!」
次の瞬間、思いっきり蹴飛ばされて、俺はロッカーに打ち付けられた。反動で、ロッカー上のバケツが落ちてきて、俺の頭に当たった。
一歌はプンプンとして、先に帰ってしまった。
俺は……、なんとなく先生の血飛沫を掃除してから帰ることにした。
(こんなん、先生も他の人に見られたくないよね)
同じ男として、先生の辛さの跡を放置したくなかったのだ。
モップで壁をゴシゴシしてると、一歌からメッセージがきた。
「校門で待ってるんだけど、まだ来ないの?」
ん。この人、まだ怒ってるのか?
すると、またメッセージがきた。
「あのね、さっきは恥ずかし過ぎて蹴って、ごめんね。ほんとは、ちょっとだけ、嬉しいし」
俺は、スマホをポケットに戻すと掃除を続ける。口角が上がっているのが自分でも分かった。さっさと終わらせて、一歌のところに行こう。
俺の初めてできた彼女は、ちゃんとゴメンネが言える子になったらしい。




