第46話 そんな彼女の夏期補習。
あれから、沙也加と頻繁にやり取りをするようになった。
とは言っても、普段は3人のアプリのオープンルームで話をしているし、沙也加と2人きりの時は、一歌がイヤがるような会話はしない。沙也加も会話を選んでくれているようだ。
お墓での宣言は、本気だったのだろう。
すごいことだと思う。
俺が逆なら、たぶん同じことは出来ない。
現状は、沙也加に甘えることになってしまっているが、今はシンプルに考えよう。彼女の決意を尊重して、今はこれで良いと思っている。
そんな俺だが、明日から補習だ。
再試験はパスしたが、成績が芳しくない者は、補習を受けなければならない。
最近は、寝る前に一歌と話すのが習慣になっている。そんな訳で、俺は、今夜もベッドで一歌と話していた。
「明日から補習だよ。一歌、ちゃんと遅刻しないで来いよ」
「しないし!! でも、蒼くんと同じ授業で嬉しいかも」
「俺も、一歌の制服姿が見れて嬉しいよ」
「制服好きなの?」
「いや、だって。現役女子高生の制服は最強だって!!」
「ふぅーん。こんど、蒼くんの家にいくとき……、制服でいってあげよーか?♡」
「癖になりそうだからやめとくわ。あっ、そういえば、沙也加が3人で旅行に行きたいとか言ってたんだけど」
一歌は一瞬、悩んだようだった。
「うーん。3人別室だったらいいよ?」
「いや、3人で行って3人とも別室って、逆に不審すぎるでしょ。女の子2人なんだから、一歌と沙也加は相部屋でいいじゃん」
「良い訳ないし!!」
「そうだよな。かといって、俺と一歌が同室って訳にもいかないし。ま、予算の問題もあるし旅行のことは、沙也加もいる時に決めようか」
「分かった! いつか、海外旅行も行きたいなぁ。ところで、蒼くんは海外留学とか考えたことある?」
「おれ、英語も得意じゃないし、ないなあ。でも、なんで?」
「んっ、いや。なんとなく」
何か含みがある言い方だ。
「って、一歌も壊滅的に英語できないじゃん。英語どうにかしないと、どうせ留学とか縁がないから安心して」
「いちいちうるさいし!! 本気出してないだけだし!!」
まぁ、本気を出されると俺が困るんだけどな。一歌が遠い存在になってしまう。
少し会話が途絶える。
すると、一歌が話し続けた。
「ところで、最近、新川っち変じゃない?」
新川っちとは、新川 渚。俺らの担任の先生の名前だ。
ちなみに、彼の担当は古文と漢文。
そう。美女感満載のお名前をしている彼は、普通に男性教員だ。
「あー、確かに。元気がないというか」
新川先生は、少し気弱そうだが、生徒想いで優しい。おれは先生のことは、結構好きだった。
「そうだよね。わたしも思うんだ。新川っちって、何年目だったっけ?」
「分からないけど、この学校じゃ若手だと思う」
「わたしさ。この前、新川っちが保護者に詰め寄られてるの見ちゃったんだよね……ああいうの、やっぱ、気分が良いもんじゃないよ。あ、そろそろ寝るねっ。おやすみ♡」
(先生も大変だよな)
ニュースで見たことがある。
教師の仕事は、相当にブラックらしい。
毎日の残業の上に、休日返上で学校にくることも多い。それなのにアホな保護者につめられて、本当に、割が合わないと思う。
って、俺らも補講で負担をかけてる張本人か。
先生っ、ごめん!!
翌朝、補習の教室に入ると、すでに教室には、一歌がいた。
「おはよ。あれ、俺らだけ?」
「分かんないけど。でも、古文苦手な子って多いよ?」
「そうだよな」
どの学校でもそうだが、古文や漢文が苦手な高校生は多い。だから、補習が2人なんてことはないハズだ。
もしかして、ボイコットか?
一部の生徒の中で、新川先生を嫌う声があるのは聞いている。オタクだのエロそうだの。
すると、扉が開いて、生徒がもう1人入ってきた。
(北村さんだ。1人でも参加者が増えてくれて良かった)
北村さんは、黒髪黒瞳の女の子だ。育ちが良さそうな雰囲気だが、実際にお嬢様という話だった。下の名前は確か、みやびという。優雅の雅。北村さんによく合った名前だ。
(相変わらず可憐だ)
俺が目で追ってるのに気づいたらしく、一歌は風船のように頬を膨らませている。
授業が終わったら、面倒なことになりそうだ。
北村さんは、俺の横を通り過ぎざま、片目を閉じた。
……ウィンク?
俺と北村さんは殆ど絡んだことがない。
だから、ちょっと違和感があった。
そして、そのまま一歌の横も通り過ぎる。
「チッ」
ん? 今度は舌打ち?
……聞き間違えかな。
こんなお嬢様が、まさかね。
それにしても、北村さんみたいな真面目な子が補習なんて意外だ。たしか北村さんのお母さんは大学教授で、北村さん自身も成績の上位ランカーだったと思うのだが……。
気づけば、授業時間を5分ほど過ぎている。
「先生、遅いね。めずらし……」
ガラッ
ちょうどドアが開いた。
新川先生だった。
笑顔で入ってきた先生は、俺たちを見渡す。
すると、一瞬、動きが止まり、みるみる表情が歪んだ。
少しの沈黙。
そして、頭を抱えた。
「ゔぁぁぁぁ!!」
先生の奇声で、心臓がとまるかと思った。
先生は頭髪を抜けそうなくらい上に引っ張り、グシャグシャにすると、教壇脇のゴミ箱を蹴飛ばした。
そして、再び何かを叫ぶと、すごい勢いで教室から出て行った。
「ぐぁぁぉ」
廊下からは、奇声が聞こえてくる。
先生がいなくなった教室。
俺と一歌は顔を見合わせている。
一歌が口を開いた。
「蒼くん。あれヤバくない?」




