第45話 そんな彼女のお墓参り。
陸くんのお墓は、電車で数駅のところにある。
俺は、電車に揺られながら空を見ていた。
今日は、雲がどんよりと厚くて空が暗い。
雨が降らないといいのだけれど。
つかのまの旅路。
沙也加の思い出話を聞いて過ごした。
陸くんが亡くなって、もう10年が経つらしい。
「あのね、んでね。当時、ボク、ゆーりゆり学園ってアニメにハマっててね……」
沙也加は、旅行から帰ってきたばかりの子供のように、楽しそうに話している。もしかすると、普段は子供時代の話をする相手がいないのかも知れない。
沙也加は自分で、本当は明るい性格ではないと言っていた。でも、この顔を見ていると、元々の沙也加は、やはり明るかったのではないかと思った。
「へぇ。わたしも見てみようかなあ」
一歌は、ゆーりゆり学園に興味津々だ。ほんとチョロくて可愛い。でも、俺は知っている。ゆーりゆり学園は、百合もの界隈で伝説のアニメなんだよ……。
ちょい百合の一歌は、傷つくから見ちゃダメなヤツだ。感銘をうけて本気で目覚められても困るし。
「一歌、それは、やめておいた方がいいと思うぞ? それにしても、沙也加。小学生でアレみてたなんて結構キテるな」
ま、子供だからな。
キャラデザの可愛さだけで、深く考えずに観ていたのだろう。
すると、沙也加がまた説明を始めた。
なんだか、今日の沙也加は早口だ。
「まぁねー。あの女の子同士の愛と友情。劣情と性愛。それを無毒化するような露骨で可愛いキャラデザ。GLの金字塔と言われててね」
どうやら、思いの外、深く理解した上でお好きだったらしい。
沙也加は、一歌の顔をみて言った。
「ね、いーちゃん。蒼きゅんと仲良くなって、男の子、怖くなくなった? ごめんね。ボクじゃできなかった」
「うん。蒼くんは優しいし、凄く安心するよ。凄く大切」
「そっか。ちゃんとスキって気持ちは伝えられるようになった?」
その話を知ってるってことは、トラウマについても知っているってことか。
「それは、まだ練習中。でもね、気持ちが溢れてるよ。だから、きっと大丈夫」
「そっか、本当によかったね」
沙也加は目をうるうるさせている。
嬉しそうなのは本音みたいだ。
2人の間には、GLだけじゃなく、確かに友情もある。そう感じた。
沙也加は続ける。
「んで、最後までした?」
「んっ。まだ……」
「ふーん。早くしてもらいなよ♡ そしたら、きっとトラウマを克服できる。その後なら、ボクも蒼きゅんに遠慮なくいけるし」
「ダメだし!! あげないし!!」
沙也加はニヤニヤした。
「レンタルでもいいよ?」
「レンタル禁止作品だし」
仲の良い2人を見ているのは楽しいが、俺の話が多い。ちょっとこそばゆくて聞いていられない。
そうこうしているうちに、電車は目的地についた。改札から出ると、雲が切れて、青空が見えていた。
「沙也加、お供えものは?」
俺がそう言うと、沙也加は手に持っていた紙袋を俺に見せた。
「これね、陸の好物なんだ♡」
階段まじりの遊歩道を10分程歩くと、陸くんのお墓についた。
きっとご両親がこまめに来ているのだろう。墓石の横の植栽は、よく手入れされていた。
お墓に水をかけて、お線香を炊く。
「陸。命日に来れなくてゴメンね」
沙也加はそう言うと、紙袋から箱を出して置いた。箱を開けると、サッカーボールのケーキだった。
沙也加はお墓に話しかけた。
「陸、サッカー好きだったもんね。天国でサッカーしてるかな? あのね。今日は、わたしの大切な人を連れてきたよ」
沙也加は、俺と一歌の方をみた。
「わたしの親友。2人もいるんだぞっ。すごいだろー」
そう言って、沙也加は手を合わせた。
俺と一歌も、目を瞑り、お墓に手を合わせる。
お線香の少し懐かしい匂いがして、セミがみんみんと鳴いている。
(俺は身近な人を亡くした経験がない。沙也加はどんな気持ちなんだろうか)
踏切で見た沙也加の表情が、脳裏に浮かんでは消えていく。
「……さて、と」
そんな沙也加の声で、目を開けた。
すると、目の前の沙也加は笑顔だった。
霊園のルールで、お墓にお供物を放置してはいけないらしい。お墓参りの後は、3人でサッカーボールのケーキを食べて、帰ることにした。
紙皿を片付けながら、思った。
沙也加は、ちょっと癖が強いけれど、いい子だ。普通に友達になりたい。3人で遊ぶのは、すごく居心地がよかったし。
でも、これって、自分勝手で都合の良い話だよな。
一歌も沙也加を見ている。
きっと、俺と同じ気持ちなのだろう。
沙也加は、俺と一歌を見て言った。
「今日は来てくれてありがとう。陸に友達を紹介したの初めてなんだ」
沙也加は俺と目を合わせた。
「今更かも知れないけど、ボク、蒼きゅんのこと大好き。あのね、ボク。男の子を好きになったの生まれて初めてなんだ。だから、きっとこれは初恋。この気持ちは大切にしたい」
初恋だなんて、こちらこそ光栄だよ。
「でもね、いーちゃんのことも大好きだし、悲しませたくないんだよ。だから、区切りをつけたくて、陸に、2人を……、親友って紹介したかったんだ」
今度は一歌の方を見た。
「だから、来てくれてありがとう。あのね。ボク。2人と仲良くしていきたい。これからも、よろしくお願いします」
沙也加はぺこりとお辞儀をした。
俺と一歌は、沙也加の手を握った。
3人で良い友達になれそうだよ。
すると、沙也加はニヤッとした。
「だから、休戦。いーちゃんが、蒼きゅんと最後までしたら、ボクも全力でいくからね」
え?
休戦なの?
「ま、負けないし!!」
一歌も言い返した。
「まっ、ボクが勝っても蒼きゅんを独占するつもりはないから安心して。そしたら、3人で毎晩イチャイチャしようね?♡」
一歌は口をへの字にしている。
「わたしは、独占したいしっ。むーりーっ!!」
俺たちの友情は、変則的すぎる。
でも、2人が仲良くしているのを見ていると、不思議と気分が良かった。
お姉ちゃん、素敵な女の子だね。
なっ、陸くん?




