第40話 そんな彼女の不在着信。
家に帰っても変化はなかった。
(もうこのまま終わっちゃうのかな……)
一緒に色々なことをして、旅行も楽しかったのに。一歌との全てがリセットされてしまうと思うと、絶望感しかない。
……俺は、どこで間違えた?
沙也加を助けたことか?
それとも、沙也加を放置して一歌を追いかけなかったことか?
考えても答えはでなかった。
その後は、勉強も手につかないし、夕食のカレーも味がよく分からなかった。カレーは好物なのに、自分でもビックリだ。食事が終わり、片付けを手伝っていると、父さんに声をかけられた。
「んで、一歌ちゃん、次はいつ遊びにくるの?」
胸がズキズキする。
「いや……、もう来ないかもしれない」
「何かあったのか?」
俺は事情を説明した。
すると、父さんはあっけらかんと答えた。
「ま、大丈夫だろ」
この人、他人事だと思って。
「だってさ。他の子と腕を組んでるとこ見られたんだよ? しかも、それから音信不通。絶望的じゃん」
すると、横で聞いていた母さんが話に加わってきた。
「それなら、もっと絶望的な状況から生還した勇者がいるから大丈夫よね? パパ」
なにやら父さんにウィンクしている。
「あぁ。でも、アレは父親としての威厳が……だな」
どうやら父さんは話したくないらしい。
母さんの眉が吊り上がった。
「ちょうど似たような話あったよね? ねっ?」
「ハイ……」
父さんは頷くと、渋々、話し出した。
「あのな。父さんが母さんと結婚してだな。式が終わって、新婚旅行にいくときに、写真が送られてきたんだよ」
「どんな写真?」
「母さん以外の女性とラブ……、いやその、なんだ、宿泊施設に入る写真をだな」
この人、明らかにラブホテルって言おうとしたよね? めっちゃ歯切れが悪い。まじか。俺も愛紗も、よく生まれることができたな。
「んで、そこからどうやって起死回生したの?」
母さんが割って入った。
「この人、この期に及んで、居酒屋に入るとこを撮られた、と言ったのよ。ピンクネオンで御休憩〜の料金書いてある居酒屋ってなんなのよね」
やっぱ、ラブホだったのか。
見苦しい言い訳だ。
「いや、あれはだな。いらない心配させまいと思ってだな」
「何いってんの。心配させてるのはアンタじゃない!!」
やばい。喧嘩になりそうだ。
俺のせいで離婚とか、本気で困るんだけど。
少しは父さんをヘルプしないと。
「ごめん、あの。これ俺の相談事だし、話を続けて欲しいんだけど。それで、どうやって許してもらえたの?」
すると、2人とも咳払いをした。
「それがさ。母さんに着信拒否されてさ」
俺と似ている。
父さんは続けた。
「面倒くさくなって放ち……、いや、様子を見ていたら、激怒した母さんから連絡が来たんだよ。言い訳する気もないのかって」
「え。だって、着信拒否されてたんでしょ?」
父さんは頷いた。
……理不尽だ。
「あぁ。でも、なんとか連絡とれたからさ。ラストチャンスだと思って土下座して、言い訳……ごほん。真摯に事情を説明したんだよ」
「なんて?」
父さんが何か言おうとすると、母さんが割って入った。
「この人、この写真はワタシと出会う前のだって言ったのよ。前の彼女の時の浮気相手って」
「え? 浮気したの?」
前の彼女の時でも浮気しちゃダメでしょ。
「いや、だってさ。一緒にいる時に、その子の弟さんが自死してしまったんだ。その子、本気で落ち込んでてさ。震えて1人になりたくない、帰りたくないって。そんな人間を1人にはできないだろう?」
父さん、俺にふらないで。
ツッコミどころが多すぎて、突っ込まずにはいられないよ。
たしかに、そこだけを切り取れば、仕方ない気もするけど。でも、そもそも「一緒にいる時に〜」の段階でダメだろ。
だが、俺と微妙に似ている。
「母さん、よく許したね」
心底思った。
「私は本気で別れようと思ったけどね。でも、泣いて土下座して鼻水たらしてるし。そのうち、哀れに思えてきてね」
これは確かに、父の威厳は見る影もない。
「んで、哀れってだけで許したの?」
母さんは目を細めた。
「ん。やっぱ、それまで大切にしてくれたからかな。この人と一緒に居たいって思ったのよ。こんなことで別々になるのはイヤだなって」
父さんが咳払いした。
「ごほん。ま、そういうことだ。どうだ、参考になったろ? だから、お前も大丈夫だ」
否。ただ母さんが寛容だっただけだ。
「たしかに、父さんのケースにくらべれば全然マシとも思えるけど。そとそも、一歌から連絡こないでしょ」
「なに? お前。一歌ちゃん大切にしてなかったの? してたんだろ? なら、大丈夫だから」
「何かアドバイスくれよ」
結局のとこの、父さんの情けなさが分かっただけで、有益な情報ないし。
「そうだな。必要量の100倍くらい謝れ。完膚なきまで謝れ!! 謝るなら徹底的に。相手が哀れに思って責める気が失せるくらい謝れ!! 」
……なんか清々しいまでの低姿勢だ。
父さんはそう言い遺すと、母さんに耳を引っ張られて、どこかに消えていった。
ありがとう父さん。
でも、俺のせいで離婚とかやめてね。
俺は大きなため息をついた。
「風呂でも入ろかな」
風呂にゆっくり浸かり、部屋に戻ると一歌から着信が来ていた。メッセージも入っている。
「なんで連絡くれないの? わたしのことどうでもいいの?」
既読スルーされたし、やや理不尽な気はするが。これはきっとラストチャンスだ。




