第38話 そんな彼女のバイト仲間は変わり者。
本気で意味不明。
「意味が分かんないんだけど」
俺の声は不機嫌になっていた。
「分からない人だなぁ。バカなの? ボクは一歌ちゃんと蒼きゅんどっちも好き。だから、3人で付き合えば万事解決。みんな幸せ。そうでしょ?」
バカにバカっていわれた……。
好きとかいってるくせに酷い言いようだよ。しかも、何ひとつ解決してないし。
ハッピーなのは貴女だけですよ。
「3人でって。将来、結婚とかどうするんだよ」
しまった。
ついコイツのペースにのせられて、意味不明な質問をしてしまった。
「ん。ボクはそういうのこだわりないから。2人は結婚して、ボクは養子縁組でもいいし。あ、でも、子供は欲しいかな。ママをよろこばせたい」
少しはオレに拘ってくれ。
ってか、いま、子供欲しいとかいってた?
「……じゃ、エッチとかは?」
俺的には、子作りのために必要な行為であって、重婚に対する究極の疑問。クズだと思われても、これは避けられない。
しかし、沙也加は平然と言ってのけた。
「え。3人でするに決まってるよ。どちらかの気分がのらなくても、もう片方が相手できるし。蒼きゅん的には最高の物件だと思うけど。こんな可愛い子をならべて、かわりばんこだよ? 上下、左右、どっちにならべたい? 夢みたいでしょ?」
(た、た、たしかに……)
常軌を逸した卑猥な提案に、俺の心は激しく揺さぶられた。想像するだけでヨダレが出そう。だが、しかし。
無理。
俺は一歌だけと決めたのだ。
沙也加は、潤んだ瞳で俺を見上げた。
「ね。おねがい? それとも、ボクみたいな不細工は、女の子と思えない?」
いや、普通に可愛いし、話さなければ普通に女子だよ? でも……。
沙也加を足首から見上げようとしたら、立ちくらみがした。
ちょっと意味不明な展開すぎて、俺の常識が空回りしている。脳細胞が活性化しすぎて、すごく気持ち悪い。
「ごめん。ちょっと気分が悪いから帰るわ」
「ボク、送って行こうか?」
ここにきて無駄に親切だな。
沙也加さん。貴女、いま地面に倒れかけて俺に支えられているんですよ?
とりあえず、俺はその場を後にした。
俺は生粋のモブ童貞だ。
フラれることにも、フルことにも初心者中の初心者なのだ。
帰って、そのあとはどうしよう。
ああやって直球でこられると、取り扱い方法が分からない。
沙也加はなんだかんだ言いつつも、バイトで物覚えの悪い俺に優しく接してくれた。一応は恩人だ。できれば、傷つけたくはない。
悩んでいると、タタッと足音がして、後ろから腕を組まれた。
「一歌……」
「蒼きゅん?」
沙也加だった。
「おま、離れろよ」
俺は、沙也加がぶら下がっている右腕を振るようにした。すると、沙也加はよろめいた。
「ボクさっき足を挫いちゃったみたいで……、そんなボクを置いてきぼりになんてしないよね?」
さっき、踏切で怪我をしたのか?
もしかしたら、俺が力任せに引っ張ったからかも。
こんな感じでも、沙也加は華奢な女の子なのだ。責任を感じるし、せめて、家まで送るか。
腕を組んで歩いていると、カンカンと警報器の音がして、また踏切にひっかかってしまった。
パァーンという汽笛が響いて、目の前を列車が、すごい勢いで通過する。そして、列車が通過し終わる。
すると。
一歌が立っていた。
一歌は俺に気づくと、花が咲くのようにパァッと明るい表情になった。
こちらに手を振ろうとする。
しかし、俺の右腕のあたりを見て、もっていた紙袋を落とした。
一歌の笑顔はどんどん勢いを失い、顔面が蒼白になる。目は点のようになり、口は笑顔と呆然の間を行ったり来たりしているようだった。
人は恋から覚めるとき、こんな顔になるのだろうか。
「一歌!!」
直後、今度は反対方向の列車が通過して、俺から一歌の姿を隠した。
そして、列車が通過し終わると、一歌はいなかった。まるで、舞台の暗転のようだった。
踏切はまだ上がらない。
俺が足踏みしていると、袖を引っ張られた。
沙也加だ。
その顔には、さっきのようにニヤケた様子はなかった。胸に手を当てて、ハァハァと浅く息をしている。
俺に縋るような目で、言った。
「行かないで。ボクを1人にしないで」




