第34話 そんな彼女の花火大会。
一歌から聞いたことを考えていた。
一歌パパや愛が、一歌は恋愛に臆病で繊細だというようなことを言っていた。それはきっと、さっき聞いた話が関係あると思う。
一歌の経験が、彼女をすごく傷ついたことは想像に難くない。でも、その傷の痛みは、本人にしか分からない。まさか、本人に聞くこともできないし。
でも、もし、俺が一歌の立場なら。
そんな経験をしたら、恋愛や性的なものを嫌悪するか、その逆かのどちらかだと思う。恋愛や性行為を無価値と感じて、相手の顔色を伺う手段にするかもしれない。
一歌もそうなのではないか。
自分に向けられる好意が怖くて、生き残るための贄として……自分を提供したのでは。
だとしたら、ヤリマン、ビッチと言われていた彼女の実像は、全く変わってくる……。
「くん。……そうくん?」
気づけば、一歌が俺の顔を覗き込んでいた。
「ごめん、ちょっとボーッとしてた」
考えても仕方がないことだ。
いまは、目の前の一歌をちゃんと見よう。
「不安そうな顔をしてたよ? わたしがあんな話をしたから……?」
俺は一歌をハグした。
「そんなことない」
「痛いよ? 蒼くん」
「ごめん」
「あのね。わたし、そんなに可哀想じゃないよ? あの人はそうだけど。その他は、少しは性欲的なものもあったし……?」
前言撤回。
もう、この子は。
(サキュバスみたいなこと言ってるし……)
そう思いながらも、俺は、自分の口角が上がるのを感じていた。
もしかしたら、俺に気を遣ってくれてるのかな。謎だが、俺は一歌のこんなところも、嫌いではない。
気づけば、16時を回っていた。
花火大会は18時からだったっけ。
そろそろ準備しないと。
花火大会の会場には、色んな露店も出ているらしい。今日の夕食は、会場で済ませるつもりだ。
すると、部屋のドアがノックされた。
ドアを開けると、オーナーさんが立っていて、肩幅ほどの箱を渡された。
「これ、お連れ様のお母様から届きましたよ」
一歌は袋を受け取り開けた。
すると、浴衣とカードが入っていた。
一歌はカードを読み上げる。
「「お誕生日おめでとう。やっぱり花火には浴衣よね」……蒼くん。ママからのプレゼントみたい」
そういうと一歌は、浴衣を両手で持って、くるりとその場で回った。
さすが四葉さん。
ナイスプレゼント。
中には、着付けの簡単なマニュアルが入っていて、一歌でも1人で着れそうだ。
「着替えるなら、俺、部屋の外にいるね」
「ううん、この部屋で一緒にいて」
俺は同室を許された。
背を向けているが、すぐそこで一歌が着替えていると思うと、すごい背徳感だった。
ゴソゴソという音が気になる。
「……一歌、いま何してるの?」
「……ブラはずしてるけど?」
「見たい」
「……、来年の誕生日ならいいよ……」
今日の一歌は優しい。
もう少し攻めても大丈夫かな?
勇気を出して、次のステップの質問をしてみた。
「ち、ちくび立ってる?」
トガッ。
背中に鈍い痛みを感じた。
「この変態!! シネ!!」
怒りをかったらしく、背中を蹴られて、部屋の外に出されてしまった。
廊下で待っていると、水着のカップルが何組か通った。みんな真っ黒だ。
ここ下田は、白浜海岸が近い。
白い底砂が乱反射して、海がエメラルドグリーンに見えるらしい。人気のスポットだ。
「海は、次の楽しみかな」
すると、扉が開いた。
真っ白な浴衣だった。
白地に、藍色のバラの模様が入っている。帯も藍色で、小さい子供がつけているような、ふわふわのヘコ帯だ。だが、真珠のついた飾り紐とボリュームのある巻き方で、なんとも色気がある帯に見えた。
「ど、どうかな?」
一歌は不安そうだ。
「せかい……、世界一可愛いと思う」
俺はびっくりしてしまい、気づけば、口から本音が出ていた。
「えへへ。嬉しいし」
一歌は両手を蝶のようにあげると、くるりと回った。
「お、おう」
「ねっ、いこっ」
一歌に手を引かれて、外に出た。
(元気な一歌に戻ってくれて良かった)
下田港に向かうペリーロードには、両側に提灯がかかり揺れている。7月の空は、まだ茜色だが、もう少ししたら、ユラユラと幻想的に街並みを照らすのだろう。
一歌に手を引かれて歩く。
2人を繋ぐ手は、恋人繋ぎだ。
途中、カップルの若い男性や家族連れのお父さんが、何人も、一歌の方の振り返った。
(ふふっ。可愛くて見てしまうのだな? その気持ちわかるぞ)
俺は、気分が良かった。
石畳の路には、沢山の露店が出ていた。
焼きそば、おでん、たこ焼き、ソース煎餅など、多種多様だ。
少し歩くと、一歌が立ち止まった。
「あれ、型抜きだって!! うまくできると何かもらえるみたい」
懐かしい。
子供の頃、よくやった。
画鋲を片手に、薄い板菓子を決まった形に切り離すのだ。うまく型抜きできると、店主のオジサンがポイント券をくれ、ためるとポイントに応じた景品と引き換えることができる。
だがしかし、ポイントがたまる頃になると、オジサンは露店ごと居なくなるのだ。
それにしても、さっきから一歌は、初めて来た子供のように大はしゃぎだ。もしかして、あまりお祭りには来たことがないのかな。
「一歌、お祭りはあまり来たことない?」
「うん。あまり来たことない。旅行もお祭りもあまり来たことない!! だから、すっごい嬉しい!!」
一歌はまたすぐに立ち止まった。
「蒼くん、あれ。紐を引っ張ると、ゲーム機が取れるみたい!!」
あー、紐ひきクジだ。
一歌よ。
子供は皆、アレに鍛えられて、現実を知って大人になっていくのだよ。
(あの紐、ほんとに景品に繋がってるのか? しかも、一回1,000円だって。高すぎる)
「一歌、やめとけよ。あれは当たらな……」
しかし、一歌は既にオジちゃんに一千円を渡した後だった。
「おじちゃん。わたし、子供の頃、病気でね。あまり、旅行とかお祭りとかこれなくて。これ、ずーっとやってみたかったんだ。だから、すごく嬉しい」
すると、おじちゃんは、うなじの辺りを何度か掻いた。そして、2束あるうちの奥の束を掴んで、一歌に差し出した。
「お嬢ちゃん、おじちゃんも嬉しいよ。東京から? 下田を楽しんでな」
一歌は、おじちゃんが差し出した束から一本を選んで、ぐーっと引いた。
すると、なんと。
一番大きい箱が引き上げられた。
(マジかよ……)
オジちゃんは、我が子を見るような眼差しをしている。ニコニコして箱を一歌に渡すと、周りにも聞こえるくらいの大きな声でいった。
「まいったなあ。一等のゲーム機とられちゃったよ!! ハハッ。ウチはまっとうにやってるから、大損だぁ」
(損して得とれってやつか)
一歌は大喜びだ。
「蒼くんっ。こんど、ウチで一緒にゲームやろ?」
「そうだな。ゲームソフト持って遊びにいくよ」
その後は、海が見える石段に座って、イカとたこ焼きを頬張った。
一歌は俺の肩に頬を乗せて言った。
「わたしね。旅行もお祭りも、ほとんど来たことなくて、すっごく嬉しいの。ありがとう」
俺はさっき聞いた、一歌の中学時代の話を思い出した。
一歌は「好き」という言葉を怖がっている。自分の「好き」で、相手が変わってしまった経験があるからだ。
だから、一歌より先に言わないといけない。
変質する前に、俺の確定した気持ちを伝えたい。
今までとは違って、ちゃんと真剣に。
伝えないといけない。
でも、ドキドキする。
プロポーズする人の気持ちって、こんななのだろうか。きっと断られないと頭で分かっていても、俺の心臓は不安で酸欠になりそうだ。
そのうち、花火がドンドンとあがり出した。
夜空にのぼる花火が、真っ暗な海面を、一瞬、明るくする。
一歌は、パラパラと落ちる火花に目を輝かせている。
言わないといけない。
ちゃんと勇気を出して、真剣に。
一歌がこっちを見た。
「どうしたの? 蒼くん。お腹いたい?」
「一歌。うちら、付き合ってるのに、今更、こんなことを言うのは変だと思うかもだけど……」
「ん?」
「一歌に告白されたとき、半信半疑だったんだ。俺みたいな地味な男に、一歌みたいな子が声をかけてくれるなんて」
ま、罰ゲームだったみたいだけど。
でも、俺を選んでくれた。
だから、ちゃんと伝えたい。
今、一歌と付き合っているのは、俺の意志なのだ。
「だから、伝えたいんだ」
俺は言葉を続けた。
一歌は、俺の目をじっと見ている。
「一歌のこと好き、大好きだよ。……俺と付き合ってください」
俺の好きは、自分勝手で独りよがりなんだろうか。一歌には、歪に見えるのだろうか。
俺も不安だよ。
俺の言葉が、また君を傷つけるのかも知れない。
一歌。
俺ね。子供の時、初めて「好」って文字をみたとき。お母さんが子供を抱っこしている形に見えたんだ。大事に大事に、子供を抱いている。
この子は元気に育つかな?
この子は幸せになってくれるかな?
イジメられたりしないかな?
いま、幸せと感じてくれてるのかな?
きっと、そう想っている文字。
だから、伝えたよ。
……この気持ち、一歌に伝わるといいな。




