第33話 そんな彼女のヘアピン探し。
一歌は泣き出してしまった。
「大丈夫。ヘアピンは俺が見つけるから」
居ても立っても居られなくて、気づいたらそう言っていた。
考えろ。
ヘアピンは、いつから無かった?
いつも付けているからか、逆に印象が薄くて記憶が曖昧だ。
……下田駅に着いた時には、あった気がする。
じゃあ、ここに来るまでに落としたのかな。
「ちょっと、ペリーロードみてくるわ」
「わたしもいく」
2人でヘアピンを探しながら、下田駅まで歩く。時折、地面にゴミが落ちていて、その度に期待してしまう。でも、見つけることはできなかった。
もしかしたら、電車の中とか。
下田駅の窓口にも行ったが、ヘアピンは届いていなかった。もし、届いたら連絡をくれるようにお願いした。
一歌は、本当に落ち込んでしまって、見ていられない。好きな子の悲しむ顔というものは、こんなにも胸がえぐられるものなのか。
「ちょっと、根府川駅みてくる」
そう言って改札に向かうと、一歌に袖を掴まれた。
「そこまでしなくていいから」
一歌は首を横に振った。
「でも……」
そんなに悲しそうな顔してるじゃん。
「いいの。蒼くん居ないとイヤなの」
一歌は胸の辺りでギュッと拳を握った。
「……」
俺がヘアピンがないことにすぐに気づいていれば、きっと、こんなことにはならなかった。
自分の使えなさに悲しくなる。
「……戻ろうよ」
一歌に手を引かれて、帰路につく。
横で歩く一歌は、一見して分かるくらいに肩を落としていた。
部屋に戻って座ると、一歌も隣に腰掛けた。
まだ、うちに紫パールが何個か残ってた気がする。同じようなものを作れば、元気が出るのかな。
「あのさ。あのヘアピンって、誰かにもらったとか?」
「うん。昔、お友達に」
「そっか」
じゃあ、似たものを作ってもダメか。
すると、一歌が俺の手を握って、話をはじめた。
「……あのね。うち、パパとママ、離婚してるじゃん?」
「うん」
「その後ね。ママ、一回、再婚したんだ」
初耳だ。四葉さん、バツ2なのか。
まぁ、美人だし、モテそうだもんな。
「うん」
俺が頷くと、一歌は話を続けた。
「相手の人は、すごくいい人。うん、すごく良い人で……」
「うん」
「わたし、中学生だったんだけど。わたし、その人をホントのパパみたいに思わないとって思って、「好き」って言ったの。わたしがその人と仲良くしているのは、ママも喜んでくれたし」
「うん」
「そしたらね、その人、変わったんだ。2人きりの時に、わたしに好きって言って、手を繋いだり、キスしようとしたりするようになった」
「うん」
それって……。
「わたしね。まだ子供で、その意味がよく分からなくて。我慢すれば、すぐにそういうのなくなると思ったの。でも、そのうちエスカレートして、胸を揉んだり、もっと……、色々されるようになった」
「四葉さんはそのことは?」
「言える訳ないし。わたし、誰にも相談できなくて、我慢してたんだけど。その人、最後の一線も越えてきて……。きっと、わたしが悪かったんだ。胸とか大きくなってるのに、無神経だったから。でも、大人の男の人が、子供のわたしなんかをそういう対象に見るなんて思ってなくて……」
「うん」
一歌は何も悪くない。
「わたし、辛くて怖くて。痛くて……。パパにSOSしたの。そしたら、パパが助けてくれた」
「そっか……」
それで一歌は、パパと連絡をとるようになったのか。
「結局、わたしのことは、パパから伝わったみたいで、ママは離婚しちゃったんだけど、わたしね」
「うん」
「好きって言葉が怖いの。好きって、歪で独りよがりで、無神経で、押し付けがましい。そして、あの頃を思い出しちゃう。わたしが誰かを好きになったら。わたしがその人に好きって言ったら、その人も、あの人みたいに変わっちゃうかも知れないって。怖いよ」
「そっか」
「だから、なんかごめんなさい。勇気が出たら、ちゃんと伝えるから……。わたし、蒼くんのことちゃんと大切だから」
「うん」
俺は一歌の肩を抱き寄せた。
一歌の肩は震えていた。
「あのヘアピンのパールはね。昔、大切なお友達にもらったものらしくて。パパとママがヘアピンにしてくれたの。2人で作ってくれたの。辛い時、前髪につけると元気が出た。わたしを支えてくれたの」
「うん」
「だからかな。なくなっちゃって、悲しかった。でもね、今は蒼くんがいる。この話、家族以外、誰にもしたことないんだよ?」
あの時、一歌パパが言い淀んだのは、このことだったのか。
一歌、痛かったって……どこまで……。
俺の気持ちを知ってか知らでか、一歌は続けた。
「あのね。わたし汚れてるの。その……、その人に色々奪われちゃった。ほんとは蒼くんにあげたかっこと、沢山」
握ってる一歌の手の甲に、涙がポタポタと落ちた。
どうしていいか分からない。
何と声をかけていいか分からない。
一歌をこんなにしたヤツ、絶対に許さない。
自分の中に、怒りのような、……殺意のようなものが渦巻いてると感じた。こんなに人を憎いと思ったのは、生まれて初めてかもしれない。
でも、きっと一歌の悲しみは。
俺のこんな感情の何倍も何倍も大きい。
俺が自分の怒りにまかせて、その相手に何かしたいと思うのは、それこそ、独りよがりだ。
一歌になにかをしてあげたくてたまらない。
少しでも元気にしたい。
そうだ。
ブレスレット。
あのパールなら、もしかして、ヘアピンの代わりになったりしないかな。
「一歌。こんな時に、あまりタイミング良くないかもだけど。これ、誕生日プレゼント。作ったんだ」
俺がカバンから、小袋を出して渡すと、一歌はおそるおそる受け取った。
「……あけていい?」
一歌は、涙を拭って深呼吸すると、巾着の口のリボンを解き開けた。
「このパール。ヘアピンのみたい」
ブレスレットを手に取って、一歌はそう言った。
「うん。似てるかなって」
一歌が前髪のところにもっていこうとする。
一歌よ。それはブレスレットだ。ヘアピンじゃやなくて、ごめん。
一歌は、また涙を拭うと。
俺の方に向き直して、笑った。
「すっごく嬉しい。ありがとう」




