第30話 そんな彼女の青春きっぷ。
旅行当日。
駅前で一歌と待ち合わせをした。
俺が5分ほど遅刻していくと、一歌は先に待っていてくれた。ほぼ毎回遅刻している一歌が、時間より前に来ているなんて……。
それだけ楽しみにしてくれているということだろうか。ちょっと感動だ。
「ごめん、待った?」
「ううん。楽しみで早く着いちゃった。早くいこ♡」
素直に喜んでくれる俺の彼女。
昨日、守銭奴の愛紗といたせいか、天使にみえるぜ。
今日の一歌はいつもとは少し違って、黒いクロップドのパーカーにチェックのスカートを履いている。長袖なのだが露出した肩には、リボンがあしらわれていて、蝶々結びになっている。
ギャル系というよりは、地雷系のファッションだ。
「服、いつもと違くない?」
「こういうの、蒼くん喜んでくれるのかなって思って」
そういうと、一歌は俺の手を握ってきた。
(俺ら、ちょっとずつ仲良くなれてるよな)
恋人繋ぎの手を見ながら思った。
駅の窓口で、青春きっぷなるものを買った。
この切符は、3日間限定で在来線に自由に乗ることができる。新幹線には乗れないが、今回の2人の旅行には、ぴったりだと思った。
切符を渡すと、一歌は満面の笑みになった。
ここから、熱海まで行き、伊豆急行に乗り換える。目的地は下田駅だ。
一歌と並んで電車に乗る。
すると、いつもの電車も特別なものに感じた。
東海道線に揺られていると、工業地帯だった景色には、歴史を感じる石造りの建物が混じりはじめた。電車は大きな駅でとまった。沢山の人が乗降している。
横浜駅だ。
一歌は子供のように窓の外を見ている。
「ねぇ。蒼くん。こんど、デートで横浜に来てみようよ。わたし、肉まんとか食べてみたい」
横浜=肉まんな認識はどうかと思うけど、お外に興味を持ってくれて嬉しい。
湘南エリアに入ると、時折、海が見え始めた。しばらくすると、パァッと景色がひらけて、一面の海が見えた。
いつの間にか、海はこんなに近くなっていたらしい。駅のホームには、国府津駅と書いてあった。
「蒼くん。海っ!! わぁーっ」
「まだ半分も来てないのに、はしゃぎすぎ」
すると、一歌はちょっとだけ照れ臭そうな顔をした。その子供みたいな顔を見ていると、俺もすごく嬉しい。
やがて、電車は根府川駅でとまった。
「ねぇ。蒼くんっ。この駅、人がいないよっ!!」
根府川駅は、ホームから海を見渡せる風光明媚な駅なのだが、改札越しに見える絶景で有名らしい。
「降りてみようか」
「うんっ♡」
どうせ、普通列車の旅だ。
ちょっとの寄り道くらい許されるだろう。
根府川駅は、空色駅舎の無人駅だ。
水平線を見渡せるホームを歩き、古びた跨線橋を渡る。海岸の空には、ウミネコが、海風に負けまいと懸命にはばたいていた。
改札から出ると、駅の外で写真を撮っている人がいた。
一歌が一緒に撮ろうと言ってスマホを構えたが、自撮りだと絶景がうまく入らない。
「あ、これ持ってきたんだ」
俺が自慢げに自撮り棒を取り出すと、なぜか一歌に笑われた。
「それ持ってる人、久しぶりに見たし」
え、そうなの?
今回のために、わざわざ買ったのに……。
「でも、ありがと♡」
そういうと、一歌は俺の左腕に抱きついた。
一歌がスマホの画面を見せてくれる。
相模湾がしっかり写っていて、2人とも笑顔だ。
「そういえば、一歌。ここのホームの先の方に撮影禁止って書いてあったんだけど、なんでだろう」
こんな絶景の駅なのに、撮影禁止だなんて、少し意外だった。一歌も首を傾げている。
すると、写真をとっていた年配の観光客に話しかけられた。
「ここ、歴史があってね。次の電車まで時間あるし、駅横の池の方にも行ってみてはどうかな」
池の方にいくと、慰霊碑があって、この駅が関東大震災で被災した旨の説明があった。余震で大規模な土石流が発生し、ホームの一つが海に流れてしまったらしい。
献花はまだ瑞々しい。
「ね。蒼くん。海の方も行ってみない?」
「そうだね」
海岸まで出ると、看板があって土石流被害の位置関係の説明がされていた。海に入ったこの先に、かつてのホームがあるらしい。
砂浜を進むと、道のようなものが沖に続いていた。波打ち際に立ち、一歌と海を見る。
(雰囲気のいい絶景海岸デートになるはずだったのに、しんみりしちゃったかな)
一歌と目が合った。
潮風のせいだろうか。一歌の目は、潤んでいるように見えた。
俺の手を握る一歌の手に、ぎゅーっと力が入る。
「もし、世界が終わっちゃうとしても、わたし、蒼くんと一緒にいたい」
「プロポーズみたいだな」
一歌は、顔を真っ赤にして、小さな手で、パタパタと扇いだ。
「わかんないけど。そう思ったんだもんっ」
絶景のせいだろうか。
旅は、ちょっと臭いことも、普通に言えるようにしてくれるらしい。




