第27話 そんな彼女は疑って欲しい。
「あぁ。まぁまぁかな」
俺がそう答えると、一歌は不安そうな顔をした。
「どうしたの? 何かあった?」
一歌は、制服姿だった。
あの画像、やっぱり今日のだったんだ……。
どうしよう。
画像を見せるか?
いや、聞くなら直接に自分の口で。
証拠をつきつけて、追い詰めるようなやり方はイヤだ。
俺は一歌の手を握った。
「あのな。ごめん……、今日、◯◯駅で、一歌を見かけたヤツがいてさ。その、一歌が学校もないのに制服で、知らない男の人と居たって」
すると、一歌は俯いた。
「……そっか。見られちゃったんだ」
「ごめん、俺。ほんとは、そんなのなんでもない、一歌を信じてるって言いたいんだ。でも、できなくて、試験中、ずっと考えちゃって。しょぼい彼氏でゴメン」
「ねっ。蒼。いつものとこ行かない……? 2人きりでちゃんと話したいの」
俺らは、いつものラブホに行った。
俺の手を握る一歌の指は、互い違いに俺の指の間に入り込んで、俺の手をしっかり掴んでいた。
(これ、恋人繋ぎっていうんだっけ……)
いつもは、一歌が俺のどこかを掴んでいることが多い。思えば、こういう繋ぎ方をしたのは、ほとんどない気がする。
2人とも制服だったが、中に入れて良かった。部屋に入ると、一歌がコーヒーを入れてくれた。
「あのね。わたしね、両親が離婚してるっていったよね?」
「うん。覚えてる」
「わたしの両親、円満離婚じゃないんだ。うちは普通の家庭だったんだけど、ある時、突然、大金が手に入って。それから、パパがおかしくなっちゃった。毎日のように飲み歩くようになって、若い女の子を連れ回して」
一歌は目を閉じると、胸の辺りで拳を軽く握った。
「そのうち、お金がなくなったみたいで、パパも我に返ったみたい。謝られたけど、既に手遅れ。ママは、絶対に許さないって。それで離婚」
「そうか。一歌はまだ小さかったの?」
「小6だったよ。パパは優しかったし、パパのこと好きだったんだけど、ママに悪くて、わたしも会うのやめたんだ」
「一歌も大変だったな」
「でも、あることがあって、またパパと連絡とるようになったの。それでね。さっきは、パパに会ってた。高校入ってから、初めてだったから、制服姿を見たいって」
「そっか……」
俺の考え過ぎだったのか。
信じてやれなくて、ごめん。
一歌は続ける。
俺を見つめる瞳は、水晶のように澄んでいて、黒曜石のように深く艶やかだ。
「蒼は、わたしのパパ、見たことないし。知らないオジサンと会ってると思ったよね? もしかして、ウリでもしてると思われちゃったのかな?」
ここは否定するべきところだ。そう頭では分かっている。でも。俺は頷いた。
「ごめん。一歌を信じきれなかった」
顔をあげた一歌は、両目に涙をたくさん溜めていた。目尻の水滴が大きくなって、丸みを帯びている。今にも重力に負けて落ちそうだ。
「……ううん。自業自得ってわかってる。蒼くんは何も悪くない。それに、ちゃんと疑ってくれてありがとう」
一歌の頬を涙が伝う。
呼吸を落ち着けると、彼女はまた話し出した。
「疑う気持ちを無理に押し殺しても、信じられるようになるわけじゃない。くすぶった気持ちが、いつか、好きって思ってくれてる部分も壊してしまうかもしれない」
一歌は笑った。
でも、悲しそうだった。
「だから、ちゃんと疑ってくれてありがとう。それを、わたしにぶつけてくれてありがとう。もう、わたしのこと、前みたいに想ってもらえない……かな?」
「ううん。そんなことない。一歌のこと大切だよ。あ、試験、なんとか大丈夫だと思う。試験中、一歌のノートに助けられた。色々ありがとう」
「え。お礼を言われるようなことしてないし。試験の足を引っ張っちゃってゴメン」
「俺を泣かせたのも、助けてくれたのも、どちらも一歌。だから、相殺で帳消し」
「蒼。泣いちゃったの?」
しまった。
さらに一歌を追い詰めてしまうかも。
「な、な、泣いてないし」
「ふぅん。蒼くんが泣いちゃったら、涙……、わたしが全部、舐めてあげる」
「そこ、普通はハンカチ貸してくれるところだから」
「だって。す……大切な人の涙なんだもん。イヤじゃないし。むしろ、愛おしいっていうか」
「あ、ところでなんで今日はラブホなの?」
一歌は何故かワイシャツの第一ボタンを外した。胸元を少しだけひらいた。
「もし、許してもらえなかったら、身体を使おうかと……ちょっと、思ってた。アハハ。ごめん。わたし、卑怯でバカだよね。そんなことしても気持ちは戻らないし、意味ないのに。でも、わたしには蒼くんが全部で。そんな方法でも離れたくないの」
俺は頭を掻いた。
「それで、気持ちが戻っちゃいそうな自分が怖い」
2人で笑った。
笑い終わると、一歌の顔が明るくなっていた。
「な、一歌」
「ん?」
「ゲームやろっか?」
「うん♡」
一歌は俺の腕に抱きついてきた。
前から漠然と思っていたこと。
なんとなく、それを聞いてみたくなった。
「な、一歌」
「告白してくれた時、なんで俺だったの?」
罰ゲームなら、誰に告白しても良かったはずだ。
「ん。わかんない。でも、いまは蒼くん以外は考えられない」
なんだよ。
分からないのかよ。
そういうときは、お世辞でも「ほんとうは、ずっと好きでした」とか言うのがお決まりなんだけど。
すると、一歌はハッと目を見開いた。
「あの。その。その、ずっと好きでした……」
こいつ。
フォローが遅いって言うの。
「嘘つけ(笑)」
「本当だし♡」
……一歌。
今はまだ、単なる言い回しで本人も意識していないような「好き」だけど、俺は大満足だよ。いつか、ちゃんと言ってくれるかな。
俺の初めての彼女は、すごく正直で、少しだけ嘘が下手らしい。




