第26話 そんな彼女の……な日。
すぐにまた、隆からメッセージがきた。
「この後、見失っちゃってさ。俺の考えすぎかもしれないけど、早めに教えた方が良いと思って、一応……な?」
隆の言いたい事は分かる。
パパ活だ。
俺はすぐにネットでパパ活について調べた。パパ活とは、若い女性が年上の男性と、お小遣いをもらって、デートや性交渉を含む付き合いをすることらしい。
いや、でも。
一歌に限って。
……。
「一応確認だが、試験時間は50分。45点未満は再試験。では、開始!!」
教室に試験官の声が響く。
気づけば、誰もいなかった教室には、再試験の生徒達が席についていて、教卓には試験官が立っていた。
俺は頭を振った。
気持ちを切り替えないと。
だが、できなかった。
どんなに試験に集中しようと思っても、あの写真の光景が頭から離れない。
付き合ってからの一歌は、不誠実だったことはない。いつも、俺のことを考えてくれた。
あんなに沢山のチョコをくれて、一緒にゲームをしているとあんなにはしゃいで。
「蒼くん」
「蒼のこと、大切だよ」
「蒼くんと、気持ちのこもったチュウがしたいな」
「蒼くんと同じ学校にいけるかな」
「蒼くん、蒼。蒼……」
頭の中に一歌の声がリフレインされる。
付き合ってから何百回も呼ばれた俺の名前。
いつも、一歌は俺のことをまっすぐ見ていた。
これ以上ないくらい誠実だった。
でも、そんな思いも仕舞いには「ヤリマン」「ビッチ」という誰かの声に打ち消されてしまう。
しかも、その言葉は、過去においては根も葉もない噂ではない。気を緩めると、一歌が誰かに抱かれてきた過去を想像してしまう。
ごめん。一歌。
つらい。つらいよ。
信じたいのに。
信じれるはずなのに。
それだけのものを受け取っているのに。
俺は弱いから、お前のことを信じてやれない。
ごめんよ……。
「おい。藍良。大丈夫か? 体調でも悪いのか?」
試験官に声をかけられて我に返った。
俺は泣いていたらしい。
周りの生徒たちも、チラチラと俺を見ている。
頭を切り替えないと。
ここでいくら考えても、答えは分からない。
写真の真偽はともかく、点をとれなければ、ここで何かが終わってしまう。
試験が終わったら、一歌に聞いてみよう。
一歌は俺に嘘をつかない。都合の悪いことでも、ちゃんと答えてくれる。
よし、今はそれでいい。
俺の中で、一歌の正直さは揺らいでいない。
パァン!!!!
俺は自分の両頬を思い切り叩いた。
一斉に視線が集まる。
頬がジンジンして、……それがなくなると、なぜか右頬には、昨日、一歌がしてくれたキスの感触が残った。
柔らかい唇。
その唇から聞こえてくる。
「蒼くんは、わたしの宝物だよ♡」
あの言葉は、絶対本物だ。
やるしかない。
時計を見ると、残り時間は20分を切っていた。
問題に目を通すと、全く分からない問題はなさそうだった。たぶん、一歌が作ってくれたノートに網羅されていたんだと思う。
「このノート、過去問を検討して、厳選し尽くした内容だし? ちゃんと感謝したまえ」
「って、一歌、過去問くれるような友達いるの?」
「……それ、失礼だし!!」
一歌がノートで扇ぎながら、そんなことを言っていたが、本当だったみたいだ。
一歌は字を書くのが遅いし、友達も少ない。あのノートを作るのに、どれだけの時間をかけてくれたのだろう。
それなのに、ちゃんと全問を検討してる時間がない。吐き出せば解ける問題を優先しないと。
焦って浮き足立つ気持ちを押さえつけて、問題を解いていく。
……間に合うか?
「終了5分前。ここからは、途中退室はできません」
試験官がアナウンスした。
45点に足りてるか?
数えてみる。
解けたのは8問。
1問は5点。
あと1問足りない。
どれか解けそうな問題は……
あ、これsinの加法定理で解ける。
えと、なんだっけ。
やばい。
もう時間がない。
気が急いてしまって、公式が思い出せない。
すると、どこからか。
一歌の声が聞こえた気がした。
昨日の一歌との会話が鮮明に甦る。
「続きは、これ答えられたらね♡ ……ぶーっ♡ sin(α + β) = sinαcosβ + cosαsinβだよ……」
……あとは、これを当てはめて……。
「試験終了。すぐにペンを置くように。今から文字を書いた者はカンニングとみなして……」
試験官が注意事項を説明して、再試験は終わった。
「ふーっ」
俺は大きなため息をついた。
やれるだけのことはやった。
ミスがなければ、45点はとれているハズだ。
脳が疲れて、何も考えられない。
とりあえず、帰って寝るか。
「……蒼くん。どうだった?」
校門を出ると、一歌が立っていた。




