第23話 そんな彼女の内緒の特技。
自習休みが明け、答案が返却された。
クラスのそこかしこから、喜びや悲しみの声が聞こえてくる。
俺もドキドキだった。
一歌どうかな。
俺の視線を感じたのか、一歌からメッセージがきた。
「国語。41点。セーフ♡」
……よかった。
なんとか旅行にいけそうだな。
全員に答案が行き渡ったところで、先生から説明があった。
「はい。静かに。明日から夏休みに入るわけですが、いくつか連絡事項があります」
教室が静まり返った。
「まず、このクラスから、数学で学年最高得点が出ました。えー、片瀬 一歌さん。99点。2位の95点に大差をつけての1位です。皆さん、拍手」
教室にザワついた。
皆、とまどっているのだろう。
っていうか、俺もビックリした。
一歌、そんなに数学できたのか。
「まぐれでしょ」、「カンニング?」なんていうヒソヒソ話まで聞こえてくる。
(1位が誰をカンニングするんだよ……、アホか?こいつらは)
ざわつきが収まったところで、パチパチとまばらな拍手が起きた。まだとても好意的とは言い難い反応だが、一歌の印象が少しでも改善すると嬉しいのだけれど。
先生は続ける。
「それと、もう一点。これから名前を呼ばれる者は、赤点です。再試験を受けるように。明石 慎吾君……、◯◯君、△△君、えー、藍良 蒼君。クラスルームが終わったら、私のところまでくるように。ちなみに、周知のことかと思いますが、余剰点による救済制度は、文科省の指摘により本年度から廃止され……」
え。
うそ……。
そんなハズは。
俺は自分の答案用紙を見た。
数学は25点だった。確かに、余裕で赤点だ。
クラスルームの後、担任のところにいくと、今後のことについて説明された。
赤点の者は一週間後に再試。それでダメならその3日後に再々試。再試験の合格点は45点。そして、その再々試の実施は7月29日だった。
つまり、一週間後の再試験で受かれなければ、俺は旅行に行けないことになる。
どうしよう……。
「……どうだった?」
振り向くと一歌だった。
俺を心配して、待っていてくれたらしい。
「来週の再試に受からないと、7月29日が試験になってしまうらしい。ごめん」
頭を下げると、一歌が抱きしめてくれた。
ふわっと日向のような良い匂いがする。
「わたしが一週間つきっきりで教えるから。大丈夫だし!!」
さっきまで一歌の心配をしていたのに、蓋を開ければこの体たらくだ。情けない。
「一緒に帰ろうか」
「うん」
「一歌、勉強得意だったのな? ちょっと意外」
「それ、失礼だし」
「ごめん」
「実はね、子供の頃から数学だけは得意なんだ。他のはみんな40点台で赤点ギリギリ」
一歌は、両手をチューリップのように上げて、おどけてみせた。
一歌とは去年は違うクラスだったし、成績は知らない。でも、数学だけだったとしても、学年一位なら、他のクラスでも耳に入ってるハズだ。
だが、成績優秀者で一歌の名前がでた記憶はない。
「クラスのヤツらに言わないようにしてるの? それか今までの手を抜いていたとか」
「わたし、嫌われてるから。中途半端にできると、カンニングとか思われちゃうんだ」
「うん」
「それで、目立たないようにしてたんだけど、結局は普通の成績でも色々言われちゃうから。でも、ママに成績のことで心配させたくないし」
一歌は立ち止まった。
そのまま話し続ける。
「それでね。蒼と知り合って、蒼もカンニングの人と付き合ってると思われたらイヤだなって。……それで、勉強したの。だって、1位になれば、わたしよりできる人いないんだから、カンニングなんて言われないでしょ?」
「俺のために頑張ってくれたの?」
一歌は頷いた。
「ありがとう。じゃあ、教えてもらおうかな。でも、数学、なんで得意なの? ……コツがあるとか?」
「数学は、授業きいてればできるというか、四則を覚えれば、あとはその応用だし。1人で勉強できるじゃん?」
「その場で考えるってこと?」
「うん。試験だと逐一証明している時間がないから、試験範囲についてはあらかじめ練習しておくの。あとはそれを吐き出すだけの単純作業だよ」
「他には……なにかコツとかある?」
「わたし、1人で勉強するとき、ほとんど途中の式を書かないから、いきなり答えを書いてバツになる時が多くて」
「書かなくてできるの?」
「ってか、むしろ、書いた方が計算が遅くなる……。問題を見ると、頭の中に、なんか絵みたいなイメージが沸くんだ」
「ちなみに、今回の試験は時間あまった?」
「答えを出すだけなら5分くらいで終わった。あとは、頭の中で描いた数式を、紙に書く作業。わたし、字を書くのすごく遅いから。一つ式を書き忘れて、減点されちゃった」
式がなくて減点か。
実質、満点ではないか。
俺の顔を見て、一歌は笑った。
嫌味な感じは全くない。きっと、一歌にとっては、普通なことなのだろう。
天才肌タイプか。先生には不向きだな。でも、実力は折り紙つきっぽいし、ここは、一歌に頼るしかない。
あれっ、もしかして。
他の科目も謙遜してるだけなのか?
「ちなみに、英語と物理は何点?」
一歌はしゃがみ込んだ。
「40点と41点……、次の試験はダメかもぉぉ」
一歌は頭を抱えて髪の毛をグシャグシャにした。俺はそれを直しながら、笑顔になっていた。
「じゃあ、これからは、たまに一緒に勉強しない? 一歌ほどじゃないけど、俺も国語は得意な方だし……」
「うん!! するっ。わたし、大学とか無理そうだけど、頑張ったら、蒼と同じ学校いけるかな?」
「おう。2人でキャンパスライフしような」
「うんっ!! 蒼と毎日居たいし」
一歌と手を重ねて一緒に叫んだ。
「えいえいおー!!」
周りの人たちがザワついて、俺らを見た。
でも、不思議と気分がよかった。




