第20話 そんな彼女のママは心配性。
いつか、会う機会がはあると思っていた。
でも、急すぎる。
うーん。
だが、このタイミングで会いたいということは、旅行に行く前に、俺がどんなヤツか確かめたいということだろう。
「どうする? イヤだったらいいよ?」
一歌が心配そうにのぞきこんでくる。
どうしよう。
でも、おれ。
一歌とキスもエッチもしてない。
そしてモテないから、他の女も寄ってこない。
つまり、何もやましいところはなく、即ち、無敵。
ふふっ。
やったるぜ。
「蒼。ニヤニヤしてるけど、パァになっちゃった?」
一歌は本気で心配そうだ。
「なってないし。いや、会うから」
「なんでニヤニヤしてるの? 彼女のママに会うのにニヤニヤしてるとか変態っぽい。さては、ママを狙ってるの? たしかに、うちのママ、かなり美人だけど」
いや、いくら美魔女でも、会ったことない人にさすがにそれはナイ。
夕食時ということもあり、近所の焼肉屋さんで会うことになった。
初対面って、普通、喫茶店とかなんじゃないのか? しらんけど。
すでに、一歌ママは、自由人な予感がする。
指定された焼肉屋までは、歩いて10分ほどだ。俺は一歌から、色々聞いておこうと思った。
「一歌、お母さんって、どんな人?」
「うーん。美人?」
「たとえば、好きなものとか」
「男の人?」
「そ、そうか。じゃあ、嫌いなものは?」
「浮気する人? これ、わたしもだけど」
「え。そなの? まぁ、普通か」
「うん。浮気ダメ。たとえ許して仲直りしたとしても、本当の意味で元に戻ることは、一生ないと思う」
「おれでも、嫌いになっちゃう?」
「他に女いるの?」
「い、いや」
一瞬、頭の中に、愛の唇が思い浮かんだ。
あの思い出、危険すぎる。
「ふーん。ま、安心安全モブ男だしね? 浮気は蒼でも無理かなぁ。ごめんね」
「は、はい……安心安全男でございます。肝に銘じておきます」
一歌からのヒアリングは失敗だ。無駄に心配事が増えただけだった。なんか一歌ママに会うのが怖くなってきたよ。
店の前に、小さな女の子を連れた女性がいる。
近づくと、手を振ってくれた。
一歌のお母さんだ。
予想以上に美人で、女優さんって言っても通用しそう。
一歌が俺の顔を覗き込んでいる。
イタッ
「ママに鼻の下のばしてるし。浮気ものっ。バカッ!!」
一歌め。
尻に膝蹴りを入れやがった。
「いやさ。一歌も、あんな美人になるのかなぁって」
「ママより美人になるしっ」
「もしさ、もしもだけど。浮気したら、俺はどうなるの?」
「ママと浮気?」
そんな意味ではなかったのだが、俺が答える前に、一歌が畳み掛けてきた。
一歌は首をもたげると、目を見開いてユラりと揺れた。
「イヒ。イヒヒ。100回殺しても足りないかも」
こ、こえぇ。
マジで殺されそうなんですけど。
この人、実はメンヘラか?
気づけば、一歌ママは目の前にいて、ニコニコしながら俺らを見ている。
「あら。随分と仲良しね」
とのことだった。
「あ、あの。おれ。一歌さんと交際させていただいている藍良 蒼と申します!!」
「藍良……?」
お母さんの表情が一瞬くもり、睨まれた気がした。
え。なんで?
初対面なのに、嫌われる要素ないんだけど。
名字を聞いてあの顔ってことは。
も、もしや父さんか?
父さんが、昔、何かやらかしたのか?
藍良なんて名字、少数過ぎて、いればほぼ親族だからな。
俺がドギマギしていると、一歌ママは笑顔に戻った。
「ごめんなさいね。ちょっと、聞き覚えのある名字だったから。わたしは、片瀬 四葉と言います。いつも、娘がお世話になってます。とりあえず、食べましょうか?」
藍良に聞き覚えがあるって、絶対にビンゴだろ。父さん、独身時代は愛の伝道師だったらしいし。
この面談……終わったな。
店内に入ると、平日ということもあり、空いていた。オーダービュッフェスタイルの店だ。
「みなさん、焼肉お好きなんですか?」
俺がそう聞くと、お母さんが答えてくれた。
「男の子はお肉が好きかなって。イヤだった?」
「いえ、めっちゃ嬉しいです」
一歌のお母さんは、ビジネスカジュアルといった服装で、スタイルもよくて綺麗な人だ。
最初こそビビってしまったが、優しそうな人だと思った。
一歌の妹さんも一緒に来ていて、歌葉ちゃんというらしい。まだ保育園の年長さんで、可愛らしい。
一歌が子供の頃も、こんなだったのかな。
って、俺、この子にどこかで会ったことがあるような。
誰かの視線を感じて横を見ると、一歌だった。どよんとした瞳で瞬きもせず、ずっとこちらを見ていた。
こわい……。
「まさか、蒼。幼女にも興味が……?」
「興味ないし!!」
すると、歌葉ちゃんが泣いた。
「お兄ちゃん、わたしのこと嫌い?」
幼女の涙、パンチ力ハンパない。
「そ、そんなことないよ。歌葉ちゃんはカワイイよ」
一歌の視線が痛い……。
「わたしは? こんなおばさん、むり?」
その声は、一歌ママの四葉さんだ。
俺をみて、ニコニコしている。
その笑顔に悪意しか感じない。
「いえ、普通に綺麗だと思いますけど」
「女として見れないよね?」
ひやかし参戦って分かってても、そんな聞かれ方をしたら、フォローするしかない。
「い、いや、決してそんなことは……」
マジで、どう答えればいいんだよ。
太ももに激痛がはしる。
一歌が思いっきり、俺の脚をつねった。
「蒼。さいてー」
片瀬家の面々に、すごく弄ばれた。
でも、一歌の家族は仲が良いみたいだ。
知り合う前の一歌は荒れていたみたいだし、もしかしたら、家でうまくいってないのかなって心配だったのだけれど。
少し安心した。




