第17話 そんな彼女の親友はメンクイだ。
「よ、よぉ」
名もなきクラスメイト君の俺は、美桜に挨拶した。
「美桜、ここ座りなよ!!」
一歌はすかさず、自分の隣の席をすすめた。
ナイス一歌。
思いがけずの遭遇戦だが、ここを逃せば、色々と勘繰られてしまうかもしれない。下手をすれば、明日を待たずして、不戦敗になってしまうこともありうるのだ。
隆に目配せすると、隆もウィンクで返した。
……もうやるしかない。
美桜は座るなり言った。
「それで、明日の3人が集まって、何してたの?」
ほらきた。
時間が経つほど、不利になる。
速攻あるのみだろう。
隆をみた。
すると、隆は肩からかけたバッグのベルトを、ギュッと握り込んでいた。
そうだよな。
怖いよな。
しかも、敗戦濃厚なのだ。
速攻といっても、ここから告白はさすがに無理がある。何かキッカケを作らねば。
「ちょ……」
「あの」
俺が口が開くのとほぼ同時に、一歌が被せてきた。
そっか。
たしかに、俺よりも、友人のお前がキッカケを作った方が上手くいくよな。これはチーム戦なのだ。
(よし。まかせた)
俺がアイコンタクトを送ると、一歌は親指をグッと上げた。
「あのね、美桜……」
3人の視線が、一歌に集まる。
「あのね、実は、蒼と付き合ってるの!! 蒼は、いま目の前にいるクラスメート君のことね。なかなか言い出せなくて、ごめんね」
そうだよな、一歌。
クラスメート君の説明もありがとう、……って、違うし!! ここですべきは、違う話だし!!
美桜は目をまん丸にした。
それはそうであろう。
親友(多分)が、名もなきモブ男と交際宣言したのだ。
「はぇ? えっ? えーっ。ビックリ!! まじか。どっちから告白したの。ってか、もしかして、あの罰ゲームがキッカケ?」
一歌と美桜は大盛り上がりだ。
そして、本題のキッカケは永遠に失われ、俺は「罰ゲーム」について、今更ながら、悲しい事実を知ってしまったのだった。美桜と愛と、3人でやったことらしい。
……。
じゃなくてっ!!
今は隆のターンなんだよっ!!
俺と目が合うと、一歌は得意げな顔をした。
今日のアンパン◯ンは力強すぎるぜ。
……可愛いって言い過ぎたかな。
もうちょっと、ふやかしておけば良かった。
一通り盛り上がると、美桜が言った。
「実は、今日、妹と来ててさ。そろそろトイレから戻ってくると思うんだけど。んじゃあ、そろそろ、ボクは行くよ」
あぁ。ボクっこが。
ボクっこが行ってしまう。
「あの!!」
美桜が立ちあがろうとすると、隆が先に立ち上がった。立ち上がった勢いで、椅子が後ろに倒れ、ガタンと大きな音がした。
店中のザワザワが一瞬で止まった。
隆に握られたベルトが、力みでどんどん歪んでいく。
俺は、隆を止めたい衝動に駆られた。
だって負けるに決まっている。
でも、それをすべきでないのは、モブの俺にも分かる。
助け舟を出せなくてごめん。
恨むなら、一歌を恨んでくれ。
隆は、震える唇に力を入れると、大きく口を開いた。
「あの。あの!! 飯島さん!! 好きです」
隆の目一杯だ。
届け!!
すると、美桜はこめかみのあたりを掻いた。
「えーと。話がよく飲み込めないんだけど、えーと。つまり、君はボクを好きと」
美桜は目を瞑って続ける。
眉間に軽く皺が寄って、やや不機嫌そうにみえた。
「……それで、君たち3人で談合していたと」
美桜は、俺と一歌を交互に睨んだ。
一歌は首をブンブンと大きく横に振っている。
この裏切り者めっ。
そんなことされたら、モブの俺も首を振りたくなってしまうではないかっ。
ぶんぶん。
美桜は小さくため息をつくと、隆に値踏みをするような視線を向けた。
「それで、稲葉くん? キミは、ボクとどうなりたいの?」
(美桜さんや。彼の名前は相葉くんだよ……)
「そそ、そ、それは。お付き合いしたいというか」
「いやさ。ボクとキミ、ほとんど接点ないじゃん。どうして」
美桜は、またため息をつく。
「……こういうの告テロっていうのさ」
そして、この一言。
美桜は、両手をテーブルの上で何度か握り合わせると、言葉を言い直した。
「ボクの好み知ってる? ちょっと、キミとはほど違うというか」
「でも、好きなんです!!」
「いや、だからさ。ハッキリ言わないと分からないかな? お店だし察してほしかったんだけど。あのね、ちょっとどう考えても、無……」
俺は、この場面で使う「無」から始まる言葉を、一つしか知らない。
それは「無理」だ。
「おにーちゃん!!」
それは突然だった。
突然、小さな女の子の声がしたのだ。
さっき言ってた美桜の妹かな。
でも、おにーちゃん?
美桜は、おねーちゃんなのでは。
女の子は、美桜を素通りして、隆に駆け寄ると手を握った。
「やっぱ、あの時のおにーちゃんだ!! あのね。里桜のせいで、今でも足痛いの? ごめんね」
小学生低学年くらいのその少女は、里桜というらしい。
「え? 里桜。それ、どういうこと?」
美桜は訳が分からない様子だ。
「あのね。おねーちゃん。わたしがトラックに轢かれそうになったとき、助けてくれたおにーちゃんなの!! もしかして、おねーちゃん。おにーちゃんをイジメてるの? 許さないんだからっ」
美桜は、ようやく状況が飲み込めたらしい。
「え。里桜が轢かれそうになった時、助けてくれたのってキミなの? 入学式から居なかったのもそれで? だって、誰にもそんな話をしてなかったじゃん」
隆は鼻のあたりを掻いた。
「だって、そんな話、人にすることじゃないだろ? 入学早々、目立ちたくなかったし」
美桜は肩をブルッと振るわせると、小声で言った。
「そ、それって。まさしく、正義のヒーローじゃん」
美桜は里桜の手を握って、言葉を続けた。
「さっきのこと、ちゃんと考えます。結果は分からないけど、ちゃんと考えるから」
そう言うと、美桜は店から出て行った。
里桜は、入口の外からピョコっと顔を出すと、隆に手を振って出て行った。
「……はぁ」
隆は大きなため息をついて、椅子に座り込んだ。
「まじで、まだ手が震えてるよ。おれ、振られちゃうのかな」
どうだろう。
美桜のあの目。さっきまでと全然違ったからなあ。
すると、なぜか一歌がピースサインをした。
「フフン。わたしが見繕ったキッカケエピソードの通りだし」
いや。
あなた、何も貢献してないから。
選んでもらった服も、まだ着てないし。
隆は先に帰って、一歌と2人になった。
「なあ、一歌。隆、どうなるかな?」
「うーん。ま、イケるんじゃない? 気になるなら、美桜に聞いてみようか?」
「いや、余計なことしなくていいから」
俺は、さっきの罰ゲームの話で気になってしまったことを聞くことにした。
「あのさ、……俺と付き合ってたの内緒にしたのって、やっぱ、罰ゲームになるようなモブ男が恥ずかしかったから?」
すると、一歌は首を横にふった。
「わたしみたいな、……ビッチと付き合ってるって皆んなに知られたら、蒼が可哀想だし」
「そっか」
俺はなんとも言えない情けない気持ちになった。泣きそうだ。
俺はまだまだ余裕がなくて、自分のことしか見えていない。
一歌は肩を落としてる。
「あのな、一歌」
「なに?」
なあ、一歌。
お前も、自信がないんだな。
俺と一緒だな。
だから、ちゃんと言葉にしないとな。
「一歌は世界一、カワイイ!! みんなに自慢したくなる」
一歌は笑顔になった。
「それ、当たり前だし!!」
「俺らも帰ろうか」
2人で歩くいつもの並木道。
今日は一段と綺麗に見える。
さてさて。
……俺はこの後、初体験で隆に先を越されて、毎日、のろけ話を聞かされることになるのだが。
それは、そう遠くない未来の話だ。