第12話 そんな彼女の伝えたいこと。
「ごめんね。蒼……」
一歌は、らしくもなく申し訳なさそうな顔をしている。
……きっと、別れ話だ。
俺の心拍数は跳ね上がった。
しまった。俺はどこかで油断していたのだ。
ずっと、この時間が続くと思ってた。
でも、そんな保証はどこにもないのだ。
「一歌……いやだ」
俺の声は震えていた。
すると、一歌は後ろから紙袋を出した。
「これね。その遅くなったけど……チョコ」
「え。ちょこ?」
意味がわからない。
「……気づけよ!! バレンタインっ!!」
……いまは、7月なんだが。
俺は渡された紙袋を覗き込んだ。
すると、紙袋の中には、たくさん箱が入っていた。
「え。いま、7月だよ?」
「今年、あげられなかったじゃん!! だから」
「でも、なんで。来年でも良かったのに」
「だって、蒼。たまに寂しそうな顔するし。さっき、ホテルの入り口でもしてた。わたし、バカだから、こんなことしか思い付かなくて」
たぶん、寂しそうな顔をしてる理由は全然違うのだけれど。
それにしても大量だな。
箱、12個もあるぞ。
「なんで、こんな沢山?」
「だって。去年も、その前もあげられなかったじゃん。だから」
なるほど。
なんで年の数じゃなくて、中途半端な12個なのか気にはなるが。一歌のことだ。理由はないのかもしれない。
「ありがとう。……さっそく、食べてみてもいい?」
「勝手にすれば? もうアンタのだし」
箱を開けてみると、手作りのチョコが入っていた。次の箱も。その次の箱も。
全部、違う種類のチョコが入っている。
「これだけ作るのに、どれだけ時間かかったんだよ」
一歌は前髪で顔を隠した。
「別に。ちょっとずつ作ったから、そんなに大変じゃないし。ピギ丸に作ったついでだし」
ピギ丸は、餌付け厳禁なのだが。
一歌は続けた。
「それで、どうかな? 元気出たかな?」
最初の箱のは、暗黒物質が混在していたけれど、箱をあける度に、菓子作りが上達しているのが分かった。
……おれのために頑張ってくれたのだ。
「あぁ。今までのチョコの中で一番嬉しいよ」
「今まで……他の子からもらったことあるの?」
「あ、いや。母さんとか妹とか」
「……それ、カウントに入らないし。見栄はるな!!」
いたっ。
一歌に蹴飛ばされた。
ほんと、乱暴だよ。こいつ。
一歌は続けた。
「じゃあ、女の子からもらうの。初めてのチョコだったり?」
「ま、まあな。17にもなってダサいよな」
一歌は口角をあげ、真っ白な歯を見せた。
「……ほんとダサいし」
「一歌は、きっと沢山あげたことがあるんだろうな」
……自分ながらに、意地の悪い言い方をしている。一歌の過去は変えられないのに。
俺はチョコをみる。
……一歌は俺のために、たくさん時間を使ってくれている。それ以上、どうろしっていうんだよ。
だから、ないものねだりのバカは俺の方だ。
きっと、自分に自信がないから、こんな卑屈なんだと思う。
嫌味な聞き方をして、一歌にイヤな思いさせたかな……?
おそるおそる一歌をみると、人差し指を顎に添えて、何か悩んでいた。
もしかして、数が多すぎてカウントできないのか?
しばらくすると、集計が終わったらしく、答えてくれた。
「手作りのあげたのは、わたしも……。生まれてはじめてだよ」
俺は、自分が笑顔になってるのが分かった。
「……既製品のは、ちょっと人数多くて忘れたりしててわからないけど……」
一歌が何か言っているが、手作りチョコでエンチャントされた俺の耳には入らない。
「ほんと、ありがと」
やばい。めっちゃ嬉しい。
一歌にキスをしたくなった。
こんなチョコをくれるくらいだし、きっと拒まれないよね?
俺は一歌の肩を抱いた。
「ちょ、蒼……」
一歌に唇を近づける。
彼女の吐く息が、俺の鼻にかかった。
鮮やかなミントの香りだ。
一歌に触れる右手から、彼女の熱が伝わってくる。
ぷるんとしていて可愛い唇。
俺だけのものにしたい。
だが、到達する前に、俺はググッと押し戻されてしまった。
「ちょっと。蒼!! だめ!!」
「なんで?」
他の男には沢山させてるのに、なんで俺はダメなんだよ。おれはやっぱり、暇つぶしの相手で、遊び相手以下なのか?
すると、一歌が俯いて言った。
彼女の表情は見えないが、唇を噛んでいる。
「だって、蒼とするの3ヶ月後って言ったじゃん」
「それは、目安っていうか」
「それじゃ、ただのキスになっちゃう。わたし、蒼とチュウをしたいの。だから、それまで楽しみにして過ごしたいの……」
キスとチュウの何が違うのか分からないが、一歌としては、明確に違うものらしい。
一歌は目を拭った。
え、もしかして、泣いてるの?
「でも、蒼がしたいなら……いいよ。ちょっと寂しいけど」
3ヶ月後って言ったのは、俺だ。
きっと、一歌は、その時間に、特別な価値を見出してくれているのだろう。
駄々をこねれば、キスできるのかもしれない。
たぶん、その先のエッチも。
でも、それじゃ……。
理由は分からないけれど、一歌と終わってしまう気がした。
「ごめん。うん。あと2ヶ月ちょっと。俺も一歌との時間を楽しみたい」
「うん!!」
一歌は、俺の腕にしがみついてきた。
「蒼くん。……キ」
「ん? キ?」
そして、なぜにサン付け。
「……なんでもないし」
一歌は、涙を拭い終わると俺を睨んだ。
そして、俺の頬をブニッと押して言った。
「ステーキ食べたいって思っただけだし!! こっち見るな!! 変態キス魔男っ!!」
ぐ。事実だけに反論できない。
「キス魔って……」
「あ、蒼。スマホのスケジュールを共有しない? 蒼がまた遅刻したら困るし」
こいつ。自分のことを棚上げしやがって。
ま、でも、確かに便利か。
「いいよ」
一歌がスマホを操作すると、俺のスマホが反応した。スマホにシステムメッセージが表示される。
(システム)「一歌からのアクセスです。カレンダー:変態 を共有しますか?」
へ、変態……。
俺は、一歌の中でそんなニックネームなのか。
許諾を選択した。
(システム)「一歌とカレンダーを共有します。登録済みイベント名:蒼と初チュウの日♡」
そのイベントを開くと「ちゃんと幸せなチュウをするっ!」とメモされていた。
普段、言葉の少ない一歌。
でも、このメッセージには、彼女の本心が垣間見えて。
なんだか俺は、すごく大切にされてる気がした。
だから、無理にキスしなくてよかったと、心の底から思った。
ポリボリッ
俺はそんなことを思いながら、さっきもらった一歌お手製の暗黒物質をかじる。
……うん。
かたくて、もろくて、苦くて。
でも、幸せな気分になる。
一歌のチョコは、そんな味がした。