第105話 そんな彼女の再会。
数日後、一歌パパのお墓に行ってみることにした。手紙に書いてあった場所は、そこそこ遠い。うちから、電車とバスを乗り継いで2時間くらいかかる。
3月末なのに、まだ朝や夜は寒い。
俺はコートを着込んで、お墓にいった。
もしかしたら、一歌に会えるかも。
そんな淡い期待もあった。
だが……やはり、一歌はいなかった。
供花をして墓石の掃除をして、お線香をたいて、墓石を眺める。
お酒とお菓子をお供えしたが、一歌パパの好みを知らないので、うちの父さんが好きなものを自宅から持参した。
お墓の前で手を合わせる。
「片瀬さん。おれ、片瀬さんの好きなものも分からなくて……、もっと色々話したかったです。今更だけど、俺、片瀬さんのこと結構好きでしたよ。……また来ます」
一歌パパのお墓にきて、愚痴を聞いてもらって帰る。そんなことを何度か繰り返していると、すっかり暖かくなって、春も終わりに近づいていた。
一歌パパのお墓がある霊園には桜並木があって、遅咲きの牡丹桜がちらほらと咲いている。地面には八重に重なった花びらが落ちていて、並木の脇ではシートを敷いてお花見をしているカップルがいた。
(一歌とお花見できなかったな)
俺はいつものようにお墓の掃除をして、供花をして、手を合わせる。
すると、背後で足音がした。
「蒼くん」
振り返ると、一歌だった。
久しぶりに会った一歌は、少し大人びていて、その目尻には、大粒の涙が、振り落とされまいと必死にしがみついていた。
風が吹き抜け、八重の桜が舞う。
花舞が終わると、一歌は言った。
「……ずっとお墓参りしてくれてたでしょ? ありがとう」
てっきり、話すらしてもらえないと思っていたが、一歌は逃げなかった。
「うん、もう話をしてもらえないかと思った」
「パパが、蒼くんに会うことがあったら、話を聞いてやれって。だから、聞くだけは聞く」
「あのさ、ごめん」
「……それだけ?」
「あれから、一歌ことを考えない日は無かったよ。いつの間にか一歌は、俺の一部になっていて、一歌に会えないと、生きているって感じられないんだ」
おれは続けた。
「あのさ、最近、昔のことをよく思い出すんだ。子供の頃のこと、大切な子にビーズを渡したこと。その子が一歌とよく似ていたこと。そして、その子と結婚する約束をしたこと。ようやく思い出せたんだよ。だから」
「だから?」
「もし、機会を与えてもらえるなら、あの時の約束を果たさせてほしい。俺の全部をあげるから、一歌、君の全部が欲しい」
すると、一歌は手を差し出した。
「そんなの当たり前だし。あのね、あの時ね。追い詰められた誘拐犯が、私を殺そうとしたんだよ? 真っ暗な倉庫みたいなところに閉じ込められて。すごく怖かった。その時、蒼くんが庇ってくれたの。でも、蒼くんは代わりに何度も刺されちゃった。手も身体にも傷跡あるよね」
え。俺の左手と尻の傷って、そういう感じだったの?
モブにあるまじき名誉の負傷じゃないか。
肝心なところは思い出してなかったみたいだ。
一歌は続けた。
「……あの時から、わたしの全部は、蒼くんのものだし。愛とのことは悲しかったけど。受け止められなくて逃げちゃったけど、でも、助けてくれたあの日からわたしの全部は、蒼くんのものなの」
「ありがとう」
一歌は口を尖らせた。
「……んで、ごめんなさい。一歌ちゃんのこと好き、は?」
「ごめんなさい。一歌のこと大好きだよ」
「ふーん。愛よりも?」
「もちろん。一歌が世界で一番だよ」
「……よろしい♡」
そういうと一歌は、唇を押し付けてきた。
一歌が大人になっていて驚いたけれど、唇を離した一歌は、少しあどけなく見えた。
「蒼くん、これからもよろしくね」
一歌は、そう言うと俺の左手の甲を愛おしそうに何度も撫でてから、指を絡めてきた。恋人繋ぎだ。
どうやら、俺はまた一歌と毎日を過ごせるらしい。
帰り道、一緒の電車に並んでのった。
肩を寄せてくる一歌の体温が、懐かしく感じた。
もう絶対にこの子を手放さない。
俺は心の中で、そう誓った。
電車の中で、一歌は色んなことを話してくれた。
一歌パパの手紙の内容は本当で、一歌たちは、一歌パパの病院に通いやすい場所に引っ越したとのことだった。
「短い時間だったけれど、最後には退院できて、また家族4人で過ごせたの」
一歌はそう言うと、微笑んだ。
不謹慎かもしれないが、儚く美しい笑顔だと思った。
一歌は、俺よりもお父さんとの時間を優先させたのだろう。
謝られたが、当然のことに思えた。
「パパが亡くなって、ママがあんなに取り乱すと思わなかったの」
気持ちの余裕がなくて。俺のことを考えないようにしているうちに、俺の気持ちが一歌から離れたんじゃないかと不安で、連絡をすることが怖くなってしまった、とのことだった。
一歌は言葉を続ける。
「ほんとはね、高校入って蒼くんを見て、あの時の男の子かなって思ったの。そして、左手の傷を見て確信した。でもね、蒼くん忘れてるみたいだし、怖い思い出だし。わたしも評判よくなくて、あんなだったじゃん?」
頷いていいか分からないな。
ただ、一歌の手を握り返した。
すると、一歌は言葉の続きを聞かせてくれた。
「だから、ガッカリされるかもって思ったら、わたしのことを言い出せなくて。それで、あんな態度で……そっけなくしてごめんね。でも、一緒にいたくて。告白はたしかに罰ゲームだったけれど、告白する相手は、蒼くん以外は考えられなかった」
「気づくのが遅れてごめんな」
一歌はヘアピンを外すと、大切そうに両手で持った。
「大丈夫。会えない時も、これが……、ううん、蒼くんが守ってくれていたから」
「それ、大切にしてくれていたんだな。ありがとう」
「わたしの宝物だもん。当たり前だし」
そう言うと、一歌はペロッと舌を出した。
「でもね、わたし嫉妬深いみたい。他の子と仲良くされると、きっとまた泣いちゃうから、……もうしないで……ね?」
あぁ。
もちろんだ。




