第104話 そんな彼女のほんとの思い出。
こんなことってあるのだろうか。
あんなに仲が良かったのに。ずっと一緒に居ようって約束したのに。こんなにあっけなく終わるなんて。
(一歌の嘘つき)
それからも、一歌のことを考えない日はなかった。
毎朝の挨拶も、一緒の通学も。
一緒に食べるお昼ご飯も、いつものデートも。
ブタカフェの前を通る度に、胸が締め付けられるように痛む。
何気ないどれもが特別だったことを、今更ながらに思い知った。俺は自分が思っていた以上に、一歌のことを大好きだったらしい。
あの後、一歌の家に行ったが、引っ越していた。それでも諦めきれずに何度か一歌に連絡したが、返事はなく、そのうち歌葉ちゃんや四葉さんの反応も悪くなった。
(……いよいよ、一歌の家族にも嫌われたらしい)
そして、何故か子供の頃のことをよく思い出すようになった。俺は幼い頃に、ある事件に巻き込まれたことがある。
時々痛む左手とお尻の古傷も、その時につけられたものらしい。
俺はその経験が原因でPTSDの状態になってしまい、当時のことをうまく思い出すことはできない。でも、俺はどこかに閉じ込められていて、おぼろげだが、その時に一緒にいた子に好意をもっていた。
今思えば、あれが初恋だったのかな。
でも、なんで今更こんなことを思い出すのだろう。
あぁ。そうか。
俺は一歌に会えない寂しさの穴埋めしたいのだ。だから、自分の心を守るために、こんなことを思い出すのかも知れない。
それから3ヶ月くらいすると、リンネ先生も休みが多くなった。
リンネ先生にとって、一歌がいなければ、この高校にいる意味はないし、もしかしたら辞めるのかも知れない。
結局俺は、一歌を忘れられないまま、気づけば、年も明けて3月になっていた。
「寒い……。冬も終わりか」
今日は夜から雪になるかも、って言ってたっけ。あと数日通えば、高校2年生の最後の終業式だ。
(……こんな気持ちのまま卒業まで過ごすのかな)
終業式も終わり、春休みを数日過ごした頃、手紙が届いた。
差出人は、片瀬 光顕。
それは、一歌のお父さんからの手紙だった。
封筒の中は便箋3枚で、真っ白な紙に手書きされていた。丁寧に書いてあるが、字は少し筆圧が弱く、よたついている。
「蒼くん。この手紙を君が読む頃には、わたしはこの世にはいないだろう。病になってしまってね。情けない話だ。一歌から君らの話は聞いた。ウチの娘を泣かせるとは、本当に許せない。だが、同時に、一歌を救えるのは、世界中で君だけなんだ」
(一歌パパが病気で? ……嘘だろ?)
にわかには信じられない。
すごくショックだ。
消印を見ると住所とは違う場所からだった。病院から投函したのか。もしかすると、一歌パパは、自分に何かあったら投函するように、部下に頼んでいたのかも知れない。
便箋をめくる。
「君はよく覚えていないらしいが、君は子供の頃に誘拐された。その時に一緒にいた子が、幼い時の一歌だ。君たちは救出されたが、大怪我をした影響で重度のPTSDになり、記憶が曖昧になった。一歌は精神が不安定になり、君にいたっては記憶そのものが欠落したと聞いた。だから、わたしたちは親同士で話し合って、2人を引き離すことにした」
便箋をまためくる。
「詳しいことは、君のご両親に聞くといい。ただ、一歌のヘアピンのビーズは、誘拐されている時に君が一歌にあげたものだ。君もあのビーズに見覚えがあったのでは? だから、一歌が君を連れてきた時には、本当に驚いたよ。そんな一歌は、きっと今頃、すごく辛くて泣いていると思う。一歌の中で君はヒーローだ。だから、君に頼むんだよ。一歌を助けて欲しい。これは、義父からの最初で最後のお願いだ。どうか聞き届けてほしい」
便箋を畳むと、裏に何か聞いてあることに気づいた。
「追伸、最後は家族に囲まれて過ごせて、幸せだったよ。その代わり、きっと一歌から君のことを考える時間と心の余裕を奪ってしまった。すまない。君のご両親にもよろしくな」
最後にお墓の場所が書いてあった。
そこに何度も通えば、いつかは一歌に会えるって意味だろうか。
きっとこの内容は本当だ。
一歌パパが胸を押さえて咳き込むのを何度も見たことがある。その時は「問題ない」と言っていたが、きっと、その頃から、体調が良くなかったのだろう。
行っても一歌に会えるかも分からない。
会えたとして、何を話せはをいいかも分からない。
それに、きっと許してもらえない。
でも、行くべきだ。