第103話 そんな彼女のそれから。
「一歌?」
俺の声で我に返った一歌の顔から、血の気が引くのが分かった。
(キスの話を聞かれた)
一歌の反応で、おれは確信した。
しかし、一歌はその場で俺を責めることはなかった。
「一歌!!」
そう叫んだ俺の声は耳に届いていないようだった。彼女は無言で身体を翻すと、そのまま居なくなってしまった。
後を追いかけたが、一歌を見つけることはできなかった。
その後は……。
散々探して、電話も無視されて。
家に行っても会えなかった。
でも、どこかで思っていた。
「あんなに仲良くしてたんだし、きっと大丈夫。数日すれば、何事もなかったようにしてくれる」
歌葉ちゃんから、一歌は無事と聞いていたせいもあり、そんな風にどこかで楽観視していた。
そして、仕舞いには「一歌は自分だって、他の人とキスの経験があるくせに、棚上げしている。謝る機会もくれないなんて理不尽」とすら思った。
しかし、俺のそんな甘えた考えを見透かされたのだろうか。次の日から、一歌は学校に来なくなった。
それから数日後。
リンネ先生はホームルームで言った。
「突然だが、片瀬さんが転校することになった」
それを聞いて、俺は自分の血の気が引くのを感じた。現実は、思っていたよりもずっとずっと深刻だったのだ。
一歌は、せっかくクラスに馴染んできていたのに、俺が台無しにしてしまった。
一歌はすごく俺に優しかったから、心のどこかでは「何でも許してくれる」と思い上がりがあったのだと思う。
俺は恋愛というものは、こういう時は追いかけて、泣き喚く彼女と言いたい事をぶつけ合って、でも、互いが必要だとわかって、仲直りして。そうして、もっと仲良くなるものだと思っていた。
でも、そんなことは無かった。
あの時、一歌は泣きすらしなかった。
ただただ無表情だった。
好きの反対は無関心、と聞いたことがあるが、
どうやら本当のことらしい。
付き合ってた時から、一歌が脆いことは分かっていた。それなのに、愛にキスされても、心のどこかでは「不可抗力だったし、バレたとしても大丈夫」、「一歌は分かってくれる」と甘く考えていた。
でも、現実は違った。
恋愛において、相手を理解する義務なんてものは、一切ないのだ。
信頼関係が壊れる時って、こんなにもあっけないものらしい。
全部、自業自得だ。
他の誰でもない。俺が全部悪い。
転校の手続き等で、もしかしたら会えるかも知れない。ただ、そんなことを考えて、一日を過ごす。
皆、優しくしてくれた。
でも、俺は、そんな皆んなを遠ざけた。
考えることが辛くて土日にはバイトを入れたが、それでも予定が空いてしまった時には、一歌とデートしたところに行ったりした。
意味がないとは分かっていたが、心にできた隙間を紛らわすために、そうするしかなかった。
一歌に会う事はなく、日々が過ぎていく。
気づけば、あれから1ヶ月が経っていた。
その間に何度も連絡したが、一歌からの返信はなかった。
引きずってるのは俺だけで、もう一歌の中では終わった事になっているのかも知れない。で、あれば、これ以上追い回しても、相手に迷惑なだけだ。
……そもそも俺が悪いのだ。
この1ヶ月は、それをイヤというほど考えて、現実を思い知らされるのに十分すぎる期間だった。
いつものように授業をうけて、また今日も終わる。当たり前だが、俺と一歌が別れたって、世の中の何も変わるわけじゃない。
教室から外の風景を見ていて、ようやく実感した。
「あぁ、俺たちは、別れたのか」