第102話 そんな彼女の油断大敵。
次の日、階段を降りると愛紗がいた。
愛紗は小声で「おはよ」というと、顔を真っ赤にしてどこかに行ってしまった。
なんだか、すごく気まずい。
兄妹だから、これで他人になったりはしないだろうけど……。
いや、ちょっと待てよ。
愛紗はおれのエロ本ライブラリーから、妹もののエロ本を発掘してたんだ。ってことは、自分の妹力が足りないとか誤解してないよな?
まぁ、へたにフォローもできないんだが。
こんなん誰にも相談できんよ。
親に相談しても、一歌に相談しても、最悪の未来しかみえない。
そんな俺だが、今日は学校の帰りに一歌とデートの約束をしている。ほぼ毎日会ってるのに、ドキドキする。
どんどん好きにさせてくれて、本当にいい彼女だと思う。
(ピンポーン)
インターフォンがなった。
出てみると、一歌だった。
「蒼くんに早く会いたくて、来ちゃった!!」
俺も早く会えて嬉しい。
「ちょっと待ってて」
俺はトーストをかじったまま、ジャケットを着て外に出た。
すると、一歌は笑った。
「トーストかじってるし!!」
「今日も可愛いぜっ、ハニー」
すると、一歌が腕に抱きついてきた。
ライブのおかげか、一歌がますます優しくなった気がする。
学校でも、ずっと一緒にいて、お昼も一歌と食べる。
(すごく楽しいけれど、もし、一歌と会えなくなったら、俺の高校生活は空っぽだよ)
ふと、そんなことを考えてしまうのだ。
まぁ、人は幸せすぎると、きっとこんな妄想をしたくなるものなのだろう。
学校が終わり、一歌とデートをする。
今日は、公園に来ている。
大きな公園なので、一緒にぐるっと回った。
モミジが色づき始めている。
「もうすぐ紅葉の季節だね」
俺がそういうと、一歌は言った。
「紅葉になったら、また2人で旅行いかない?♡」
「うん。伊豆も楽しかったよね。次はどこにいこうか」
ベンチに一歌とならんで座って、次の旅行の話をする。
「こんどは、山にしてみない? 2人でバイト頑張って、旅館とまっちゃったり?♡」
一歌はニコニコしている。
きっと、おれも今、笑顔だ。
「えー、でも、一歌の浴衣姿みたら、俺、我慢する自信ないかも」
すると、一歌が俺の手を握ってきた。
「あのね、もし。もしもだよ? わたし、エッチしたことなかったら、……ひく?」
え?
あんなに浮き名を流していて、そんなことあり得るのか?
指を舐められた感じ。そんな初心者とも思えない。
いや、まあ。でも。
「……ひかないよ。経験があってもなくても、一歌は一歌だし。俺は今の一歌が好きなんだもん。もし、一歌とそういこともしたら、もっと仲良くなれるのかな。そうだったら嬉しいな」
それが今の俺の本心だ。
「ふぅーん♡」
一歌は俺を覗き込んできた。
(……この子は、なにが言いたいんだろう)
一歌は喉が渇いたらしい。
俺が何か買ってくるというと、一歌は立ち上がった。
「わたし買ってくるよ。蒼くんは何が飲みたい?」
「コーヒーがいいかな」
俺は一歌の後ろ姿を見送る。
もうすぐ、付き合い始めて半年か。
早いものだ。
「これからも、ずっと仲良くできるといいなあ」
落ち葉を眺めながらそんなことを考えていた。
すると、目の前で落ち葉を踏むような音がした。
一歌は言ったばかりなのに、誰だろう。
見上げると、雅だった。
「蒼くんだ。偶然」
雅は、そういうとベンチの隣に座ってきた。
(そこは、一歌の席なんだけど)
俺が一歌といることを伝えようとすると、雅は言葉を続けた。
「愛ちゃんから、あの後のこと聞いたよ。蒼くん、愛ちゃんとキスしたの? しかも2度目なんだって? 追及しても、あの子、はぐらかすし。ずるいぃ。わたしも♡」
いま、俺は一歌といるのだ。
雅の話をやめさせないと。
「いや、その話はマズ……」
コトン。
背後で何か硬いものが地面に落ちる音がした。
振り返ると一歌がいた。
今の音は、一歌が缶ジュースを落としたみたいだった。
(やばい。聞かれたかな?)
どうだろう。
一歌の顔をみたが、俺には分からなかった。
一歌の顔には……表情がなかったのだ。