第100話 そんな彼女の彼氏のお節介。
家に帰ると、愛紗と真宵が練習していた。
父さんがキーボードで2人に音を合わせているようだ。ちなみに、父さんはキーボードやドラムも一通りできる。
「昔は一通りのオケを自分で録音したからな。プロなら普通だ」
と、父さんは言っていたがどうなんだろうか。
そんな父さんは俺をみると演奏を止めた。
「蒼。この前頼まれてたのできたぞ」
父さんに渡された譜面を確認すると、俺向けにアレンジされていた。ボロが出やすいピッキングは最小限になっていて、ソロパートはプリングやハンマリングなどの左手だけで音を出せる奏法に置き換えられていた。練習は必要だが、難易度としては、かなり下がっている。
また左手の運指も、俺の手癖をトレースしていて、違和感なく弾けるように工夫されているようだった。
この前、チラチラと俺の演奏をみていたのは、このためだったのか。
父さんはニコニコしながら、俺を見ている。
「父さん、すごいね。さすがプロだよ」
「だろ? もっと褒めてもいいんだぞ?」
「すごい、まじ尊敬」
「ま、有料級のアレンジだからな」
父さんは本気で嬉しそうだ。
父親とは面白いものだ。普段は娘ラブで娘優先なくせに、こんな時は、娘よりも、息子に認められる事の方が嬉しいらしい。
やっぱり、さっき。
愛パパのお酒に付き合えばよかったかな。
「あ、父さん。愛のお父さんが、紅の父さんに宜しくだって。愛のお父さんは、山西 健一さんって言うんだけど、知ってる?」
「あぁ、ケンイチくん? アマチュアの時に一緒にバンドしてたことがあるからな。もちろん知ってるよ。あのベースはケンイチ君のだったか。どうりで、音を知っていた訳だ」
「ほんとに一緒にやってたんだ」
「あぁ、かなり上手かったぞ。彼は元気にしてる?」
「うん、今は政治家だよ」
「ほぉ。……玲ちゃんだっけか。彼女の家が厳格で、不安定な仕事じゃ認めてもらえないって言ってたからな。そうかそうか。ケンイチくんは家業を継いだのか。政治家なら、俺が何か問題を起こしても揉み消してくれそうだな」
父さんはピースした。
「そもそも、問題を起こさないでくれよ」
「違いない」
父さんは笑っているが、どうやら本当に愛パパを知ってるみたいだ。
世の中、狭すぎだろ。
早速、父さんにもらった譜面で練習してみる。
運指が最初から手に馴染んでいる気がして、本当に弾きやすい。伴奏部分もうまく簡略化されていて、ミスをしないような工夫が随所にちりばめられている。
これならオリジナルに見劣りしないし、本当に数日で弾けるかも知れない。
その日からほぼ徹夜で練習した。
そして、アッという間に、愛紗の文化祭の当日になった。舞台には、「◯◯中、ライブッ!!」というやや恥ずかしい横断幕が掛かっている。
何組か演奏して、俺らの番になった。会場のそでで円陣をくみ、手を合わせる。
愛紗が声を上げる。
「蒼とハーレム美女たちっ、いくぞーっ、おーっ!!」
バンド名はどうかと思うが、否が応でも気分が盛り上がってくる。こういう高揚感は、生まれて初めてだった。
舞台では、愛紗は可愛くて、愛は綺麗で、真宵は力強くカッコよかった。3人とも容姿はいいからな。様になる。
そして……結論から言うと、まあ、演奏自体は程々……、でも、練習期間からすれば、上々だったと思う。
演奏会には審査員なんかもいて、俺らは努力賞をもらった。
他の参加者と舞台に立たされ、トロフィーと賞状を授与される。
ふと、愛の方を見ると、視線の先には、愛パパがいた。愛は頬をピンクに高揚させて、満足そうな顔をしている。
(お父さん来てくれたのか。……少しは分かり合えると良いな)
「努力賞って、子供の時の「がんばったで賞」みたいで、喜んで良いのか分からないな」
俺がそういうと、愛紗は笑顔でトロフィーを掲げて返事した。
「そんなことない。兄貴ありがとう」
そっか。
良かった。
そう言ってもらえると、ここ数日の苦労が報われた気がするよ。
ギターをケースに収めて、肩にかける。俺と愛は部外者なので、ここで解放だ。
「数日って、アッという間だな」
すると、愛は笑った。
「あぁ。ありがとう。この借りはいずれ返すから。アタシは父様と学園祭をまわって帰るよ」
歩き始めると愛はまた振り返った。
「あのさ。ありがと。演奏は、まだまだだけど、蒼……すげーカッコよかった。ますます夢中になっちゃうじゃん。責任とれよなっ!!」
知らんがな、ってツッコミを入れたいけど、今日はやめとこうか。
そう言って立ち去る愛の後ろ姿は、なんだか誇らしげだった。
(愛はちゃんとお別れできたみたいだな……よかったな)
「結局、ひとりぼっちになっちゃったな。ま、そんなもんだ」
誰かに感謝されたくてやった訳じゃない。
でも、1人きりは。やっぱりちょっと寂しい。
1人で模擬店をまわる気にもなれず、帰ろうとすると、後ろから「蒼くーんっ!!」と声を掛けられた。
聴き慣れた一歌の声だ。
俺の彼女。俺の居場所。
一歌は俺の手を握ると言った。
「蒼くん、すっごくカッコよかった。惚れ直しちゃった♡」
俺の数日間は、報われない努力などではなかったみたいだ。