第10話 そんな彼女は俺のエロ本が気に入らない。
ある日の夕方、行きつけの本屋で立ち読みしていた。
すると、なぜか誰かの視線を感じた。
俺がいるのは、カーテンで仕切られた大人のVIPエリアだ。だから、誰かの視線なんて感じるハズがないのだ。
(あれ。この子、誰かに似てるような……)
大股開きの女子が写った見開きを数ページめくったところで、何者かに声をかけられた。
「アンタねぇ。学校帰りにエロ本立ち読みとか。面白すぎでしょ」
振り返ると、エプロン姿見の愛がいた。
胸元にはスタッフの名札をつけている。
ギャル然とした雰囲気がういてはいるが、ここの店員らしい。
「山西さん。ここでバイトしてるの?」
そういいつつ、こそっとエロ本を棚に戻そうとする。
「そうだけど? って、いまさら、戻さなくていいから。ほれほれ、どんな本見てるのかなー?」
愛は俺から本を取り上げると、さっきの大股開き女子のページを開いた。
愛はジト目だ。
「ふーん。藍良は、こういうのオカズにしてるの〜? ……って、この子、アタシに似てない?」
俺は本と愛を見比べた。
確かに顔といい身体の感じといい、すごく似ている。さっき覚えた親近感めいたものは、このことだったのか。
愛は自分の両肘を抱えるようにすると、数歩後ずさった。
「し、視姦すんな!! ……でも、アタシみたいなのタイプなんだー? 意外。一歌のカレじゃなかったら、付き合っても良かったのに、残念♡」
世界一、気持ちのこもってない残念だと思った。
「タイプとか、そんなこと一言も言ってないし」
愛は俺のことなんて無視で会話を続ける。人の話を聞いてないのは、一歌と同じだな。さすが親友。
愛は手に持っていた本を陳列棚に並べる。
「ま、ごゆっくり。それと、一歌もここでバイトしてるんだよ? 見つかるのが一歌じゃなくて良かったね〜」
一歌もここで?
正直、本ともっとも縁遠いイメージなのだが……。でも、まじめにバイトしているようで、一安心した。
「別に一歌に見つかってもいいし」
愛は、俺を覗き込むように屈んだ。
「ウリでもしてると思った? アタシも一歌もそれはないから安心して」
店を出て、コンビニに寄って帰る。
すると、一歌からメッセージがきた。
「……エロ本みてたの?」
もうバレてるし。
愛のやつ、口が軽すぎる。
「別にエロ本くらいいいじゃん」
「……変態おったて男!!」
ぐっ。事実だけに言い返せない。
痛いところを突いてくるヤツめ。
「やきもち?」
すると、意外な返信がきた。
「わたし以外に発情したらイヤだ」
えっ……?
「メッセージが取消されました」
……!?
目の錯覚かな。
次の瞬間、メッセージは消えていた。
なんか一歌がデレてた気がするんだけど。
「いま、何か取り消した?」
「してないし。「メッセージが取消されました」って送ったけど、なんか悪い?」
……横暴すぎる。
「いえ、別に文句はないですけど」
「ところで、次の土曜日は、わたしの行きたいとこでもいいかな?」
一歌からプランニングしてくれるなんて珍しい。一歌とデート。いまから楽しみだ。
次の土曜。
俺は、いつもの駅前で待っていた。
待ち合わせ時間は12時だ。
ちょっと服選びに手間取ってしまって、家を出るのが遅れてしまった。まぁ、どうせ一歌は時間に来ないから、おれも少しくらいは遅れても平気だろう。
俺は電車に揺られながら、アプリで時刻表を見た。待ち合わせの駅には、12時15分着らしい。
その時間なら、一歌はまだ家だと思う。
むしろ、まだ布団かも知れない。
俺は、颯爽と改札をでて、日陰を探すことにした。なにせ待たされる時間が長いからな。こちらも飲み物を入荷しての持久戦だ。
「おそい」
背後から仁王立ちの一歌に声をかけられた。
今日に限って、待ち合わせ通りにきたらしかった。
普段、遅刻してる人に限って、たまに時間通りにくるとアピールが激しいよな。
「ごめん」
「ペナルティー。今日は、後で肩揉みすること!!」
「へいへい。んで、どこにいくの?」
一歌はニコッとした。
普段、無愛想だから、たまにの笑顔は、余計に可愛いく感じる。
「ブタカフェ!! チケットもらったんだ。服を汚しちゃったお詫びだって」
一歌手にはチケットが握られている。
表面には有効期限一年間、ブタカフェ•フリーチケット(2名)と書いてある。
この前、思いっきり、そそうされたからな。
お店としても、これくらいはするか。
ん。
でも、チケット持ってるってことは、あのあとも1人で行ったってことか?
「一歌、あの後、ブタカフェ通ってるの?」
「……通ってないし。何回か行っただけだし」
ま、根に持って、口コミで酷評したりするよりは全然いいと思うけどね。
一歌について、並木道をあるく。
今日の一歌は、足取りが軽い。
ほどなくブタカフェに着いた。
一歌は、チケットを提示する。
すると、スタッフのお姉さんに「一歌ちゃん。昨日ぶり」と声をかけられていた。
昨日ぶり……?
みなまで言うな、というやつか。せっかく一歌から誘ってくれたんだ。あえて突っ込むのはやめておこう。
スタッフさんは続ける。
「んで、一歌ちゃん、ブタちゃんのご指名は?」
一歌は顎に人差し指を添えて悩んでいる。
って、ん?
指名制なの? ここ。
「んー。今日はピギ美ちゃんかなあ」
スタッフさんは笑顔になった。
「今日は新入りのプーテリアちゃんもコンディションいいですよ!!」
「じゃあ、プーテリアちゃんにします」
なにこのやり取り。
ホストクラブの新人紹介みたいなんだけど。
ここは健全ではあるが。
スタッフさんは、ちらっと俺の方を見た。
「んで、彼氏さんは、どの子にしますか?」
「か、か、彼氏……」
なぜか一歌はしどろもどろになった。
彼氏なんて、きっと過去に沢山いたのに、なんで今更照れるんだろ?
「あ、違いましたか?」
「いえ。か、かれです。わたしの……。えと、かれはピギ丸くんでお願いします」
「ピギ丸くんとは、お久しぶりですね。連れてくるので、ちょっと待っててくださいね」
少し待つと、向こうからピギーッという威勢の良い鳴き声が聞こえてきた。
スタッフさんに渡されて、俺はピギ丸と向かい合った。
ん。こいつ……。
一歌の膝に脱糞したブタじゃないか!!
「いち……」
一歌の方をみると、ピギ丸と俺を交互に見てニヤニヤしていた。
コイツ、絶対、確信犯だ。