8. 契約
俺は政府の閣僚が住む場所に来ていた。勿論アポ無しだ。アポ無しの為入れないと思っていたが、どういう訳か中に入れてくれた。どうやら俺は総理大臣と面会できるみたいだ。忙しいだろうに俺と態々面会する理由が分からなかった。
「お待ちしておりました」
総理大臣の若い男は丁寧に挨拶して礼をしてきた。そして俺にソファーに座るよう手で示してきた。俺はそれに従って示されたソファーに座った。総理大臣の男は机を挟んで反対側のソファーに座った。
「何処まで知っている?」
「太古の昔からこの国の為に働いてくださっている存在」
「…太古の昔では無いんだがな」
「能力は不明。しかしその圧倒的な実力で敵を屠ってきた存在…そんなところですかね。私が先輩方から聞いた話は」
男は俺の存在を知っていて、訪ねて来るのを待っていた様子だった。俺の事は特に何も知っていないみたいだが、存在だけは知っていたみたいだった。
「俺はただの軍人だ」
「今は、ですよね。まあそこは深く尋ねませんよ」
俺の事は何も知らなくても問題無い様だった。それならば尚更何の為に俺を待っていたのか分からなかった。
「それで目的は?」
「それは私が尋ねたいくらいですが、まあ良いでしょう。私はこの国を変えたいと思っております。それの邪魔をしないで欲しいのです」
「俺は保守派では無い。変えたいならお前の思う通りにすれば良いさ」
「これは驚きました。あなたはこの国変えない為に戦っているのかと思っていました」
俺はこの国がどのように変わろうが、特に興味が無い。俺はこの国の行く末さえ見れれば他はこの国の人々が考えたようにすれば良いと思っていた。
「俺はこの国の行く末を見ると約束した。その為に手助けをしているだけだ」
「手助けをせずにこの国が壊滅するのも一つの行く末では?」
「俺は自分のすべき事を言語化出来ていないんだろうな…すまんな。それにやる事が無くなるのが嫌なだけかもしれない」
この男の言う事は最もだった。俺は何をすべきなのか芯が無いんだと思う。本来なら俺は何も手助けをしないでただこの国を見ているので問題無いんだろう。それなのに俺はこの国が滅びないように動いている。この国の人々が不幸にならないように最低限動いている。
(そうだ、俺はこの国が好きなんだ。だから傷つけられないように…)
俺は目的の為だけに動けていない。俺は理屈を後から付けているだけで、感情で動いている。傍から見れば俺は何を考えているのか、次にどう動くのか分からないんだと思う。だからこの男の様にこの国で何かするときには俺に注意しないといけないんだろう。
「成程、では協力してくれませんか?」
「内容次第だな」
「私はこの国を発展させたい。良い意味でも悪い意味でもこの国は成長していない。それは安定していて平和だからだ。平和を崩したい訳では無い。だが、競争は必要だと思う。だからこの国を底上げしたい」
「具体的には?」
「非能力者の中にも知識が豊富な者、手先が器用な者、発想力のある者等ある一点だけを見れば能力者より優れている者は沢山居る。その人達の地位を向上させたい。そうすれば能力者達も焦り、自分の能力向上の為に努力を始めるでしょう。人の成長には目標や競い合う者の存在が不可欠だと思うんです」
この男の語る理想は素晴らしい物だろう。それが実現されればこの国は更に発展するだろう。今の安定した環境に能力者達は昔よりも質が落ちてきているのは俺も実感していた。それに刺激を与える良い案だと思った。だが、問題もある。
「能力者達は反発しそうだな」
「でも、周辺国からの協力は取り付けられると思います。今回の事が再びあっては困りますからね」
今回、国内に敵軍が侵入してきた。それはこの国が能力主義だからだろう。それを緩和する動きを国がすれば、国外からの干渉が弱くなる可能性もある。逆に混乱している所を攻めようとするかもしれない。やって見なければ分からない。
「成程な。周辺国が協力してくれなくて、攻めてきた時、俺に対応して欲しいのか」
「その通りです。話が早くて助かります」
「それなら協力する。必要な情報は後で所属する軍に送っといてくれ」
「分かりました」
俺はそれだけ言って男と握手した。
「あなたが話の通じる方で良かった。年を取ると頑固になりますからね」
「そんなに年寄りに見えるか?」
「いえ、見た目は大学生位に見えますよ」
俺は部屋を後にした。俺は当初の目的通り北へと向かうために歩き出した。あの男が寄越してきた資料は部下が読んで良い感じにやってくれるだろうと確信していた。俺は緊急時以外は動きたくない。というか俺が動くような事態になって欲しくないと思っていた。
外に出ると日差しが強かった。俺は気にせず自分の行きたい所に向かう。
(暑くなってきたな)