5. 紹介
今日は晴れていた。なので俺は子供を連れて外を歩いていた。知り合いの元へ向かっていた。仲良くはないが、昔からの知り合いだ。
『強くなりたい!』
誘拐されてから暫く経った後、いきなりそんな事を言い始めた。どんな心境の変化があったのか分からないが、子供は突拍子の無い事をいきなり言う。しつこく言って俺に強くなる方法を聞いてきて面倒くさかった。面倒くさかったので俺は強い奴を紹介する事にした。お世辞にも俺は体術や剣術が凄いとは言えない。人より少し出来るくらいだ。そして強い者との差は能力で埋めて来た。だから俺よりも、能力を使わない実戦が得意な奴の元に子供を預けようと思った。
そいつは人口密集地から離れた場所に住んで居た。今の政府と対立する組織の長だ。だから彼らは捕まらないように人里離れた場所に潜伏している。
「そろそろかな」
俺の言葉に子供は何の事か分からないという顔をしていた。それから少し歩いた所で複数人が俺を取り囲んできた。全員何かしらの武器を持っていた。俺は抵抗せずにすぐに両手を上げた。それでも相手が警戒を解かないので俺は膝を付いた。そこで漸く俺を取り囲んだ連中は俺に話しかけて来た。
「何者だ」
「お前らの長と知り合いでな、少し頼み事がある」
俺に声を掛けた女性は他の人に目配せをした。目配せをされた人は頷いて何処かに消えた。恐らく確認に言ったのだろう。そもそもこの場所を知っているのは数人しかいないので態々確認しなくても大丈夫だろうと思ったが、彼らの警戒心は強かった。俺は膝を付いた状態で待つ事にした。
「全く、何用だ?」
「随分なご挨拶だな」
大柄な男が俺の前に現れた。森の中には不釣り合いにスーツをきっちり着ていた。この男がこの団体の代表だ。男は仲間に警戒を解くように目配せをした。俺を取り囲んでいた人達は武器を降ろした。ただ、手に持ったままで俺の言葉次第では攻撃してきそうな殺気を放っていた。
「政府の犬が軽々しくこの場所に来るな」
「そう邪険にするなよ。今日はこの子の面倒を見てもらいたくてやって来た」
漸く本題に入れる流れになった。俺は立ちあがってから子供の背中を押した。子供が自然と前に出た。
「戸籍も無いだろう孤児だ」
「能力者か?」
「ああ、ただ本人は使い方を知らないみたいだ」
能力者には相手が能力者かどうか何となく分かる。能力を使っていく内に自然と感覚が身に着く。即ちこの男は非能力者だ。能力を隠す為の策という線もあるが、俺はこの男が能力を持っていない事が何となく分かる。
此処の人達は今の現状を変えたい連中だ。殆どが非能力者で構成されていて、能力者との平等な地位を求めている。この国では能力者と非能力では生涯年収に天と地程の差がある。その格差の無くす事を求めている。
「それならだめだ」
「何でだ?」
「分かっているだろう」
能力者と非能力者の格差を無くすという事は能力者の地位が相対的に下がる事を意味している。此奴は優しい奴だ。この子の将来性を考えて断っているのだろう。だが、それなら何故こんな活動をしているのか疑問も湧いて来る。恐らく捌け口を用意しているのだろう。対立が激化すれば死人が出る。それを阻止する為にこの団体を設立して不満を持つ者を抱え込んで、過激な行動に出ないように面倒を見ているのだろう。本当に優しい奴だ。
それに非能力者の中に能力者が加わるといじめが始まる事もある。この団体は教育にも力を入れていて、非能力者の子供の為の学校を経営している。この子にとってそこでの生活は苦しい物になるだろう。
「お前が面倒を見てやれ」
どう説き伏せようかと考える。正直数週間この子と過ごしてきてそろそろ一人の時間を過ごしたいと思っていた。なので此奴にこの子を押し付けたいと思っていた。
「お前は強い。この子は強くなりたいらしい」
「尚更だめだな」
「能力者が力を付けると都合が悪いか?」
「ああ」
この男は俺との会話を続けてくれている。本当にお人好しだと思う。無視して追い払えばいいのに相手をしてくれる事に感謝した。
「大丈夫だ。この子は賢い。お前が思っている様な事にはならない。それにもしそうなったら、俺が殺す。それはお前も分かっているだろう」
「…」
男は考えていた。かなり長考してから口を開いた。
「…分かった。お前のその言葉を信用しよう」
無事話が纏まった。子供は訳が分からないといった顔をしていた。
「先生に殺されるの?」
「お前が道を踏み外したらな」
恐らくそんな事にはならないだろう。ただ、この子が本当に力でこの状況を変えようとしたのなら俺は躊躇わずにこの子を殺すだろう。それは断言出来た。この男の信用を裏切る事もしない。
(皆が平和を望めば世界は良くなるのかな…)