2. 放浪
この世界には不思議な力を持つ人が居た。人々はそれらを能力者と言った。近年になってそれが周知の事実になっているが、昔は信仰されたり、排除されたりしていた。人は知らない力には畏怖の念を抱く。
そして今、世界は三つの勢力に分かれていた。一つは能力主義の勢力。能力者が上に立ち、非能力者がそれを支える世界。もう一つは平等主義の勢力。能力者も非能力者も関係無く平等に扱う世界。そして最後の一つは能力者平等主義。能力者の中でも優れた人とそうでない人に分かれる。そんな不平等に異議を唱える勢力。
三つが三つの正義を掲げて対立していた。
幾度かの戦いを繰り返して、今は束の間の平和な世界となっていた。
俺は能力者だ。能力者だからだろう。俺はこんな世界が馬鹿馬鹿しいと思った。人の嫌がる事をしない、人にされて嫌な事はしない。それだけ守れば世界はもっと簡単に見えるのにと思っていた。
そんな俺は真面目に働くのが嫌になり、偶に仕事を抜け出してフラフラと旅をしていた。最初は一人だったが、途中で子供に懐かれて、一緒に旅をする事になった。
「先生!今日はどっちに進むの?」
この子供は俺の事を先生と呼ぶ。俺はこの子に何も教えていないが、何故か慕われていた。
俺は空を見上げた。ビルとビルの間から空が見えた。
今日は平日の為、出勤するスーツの人でごった返していた。俺は半袖に短パンの姿なので、この中ではまあまあ目立っていた。いや、刀を背負っている為にとても目立っていた。
この国では能力者は能力に合った武器の所持が許されていた。この国は能力主義の国の為、能力者はこのように優遇されていた。
「ねぇ!どうするの?」
「ちょっと待ってろ。今考える」
俺は喫煙所に入って電子タバコにタバコを差して、加熱されるのを待った。少し振動したのを感じてから口に運ぶ。空を見ながらそれを吸った。天気はあまり良くなかった。今にも雨が降りそうだった。ここ数日天気が悪かったので、今後も暫くは天気が良くない事が予想できた。
電子タバコを吸い終わった俺は喫煙所を出た。そして俺はスマホを手に取り、電話を掛けた。
「金無くなった。振込を頼む」
相手が電話に出た途端、俺は用件を伝えた。俺は今、金欠だった。別に無駄遣いをしている訳では無い。ただ、この子が育ち盛りで良く食べる。その為、何時もよりお金の減りが早かった。
「あぁ、はいはい、じゃ、頼んだわ」
そう言って俺は一方的に電話を切った。そして子供の方に向く。
「今日は雨が降りそうだ。いつもの宿に行くぞ」
「え〜つまんない!進もうよ!」
「行きたいなら一人で行ってこい」
そう言い放って俺は宿に向かった。子供も不貞腐れながら俺に付いて来ていた。
着いたのはビジネスホテルだ。露天風呂に運動場等、色々な設備が整った俺のお気に入りの場所だ。
俺はホテルに入って受付に進む。最近はここに泊まりまくっていて慣れたもので、すぐに部屋を取れた。特別に朝からチェックインさせてもらえた。
「行くぞ」
子供は不貞腐れていた。頬を膨らませていた。そんな姿は年相応だと思った。
部屋は二人部屋だ。俺は刀を置いてすぐに露天風呂に向かう準備をする。子供も俺に付いて来ていたが、風呂直前にある休憩所に入って行き、漫画を読み始めた。俺はそれについて何も言う事無く、風呂に進んだ。
服を脱いで、浴場へ続く扉を開けた。平日の朝なので誰も居なかった。俺はまず、体を洗った。そして頭も洗ってから室内の風呂に入った。
体が温まってきたところで露天風呂へと移動する。天気の悪い空を見ながら温まる。
それ程長く無い時間で俺は風呂を後にした。休憩所に入ると真剣な顔で漫画を読む子供が居た。俺はその隣に寝転んだ。
「切りの良いところで朝飯に行くぞ」
「はーい」
多分ここから子供が漫画を読み終わるまで、相当時間が掛かるだろう。この短期間でもこの子の事が分かってきていた。この子は最近の子にしては珍しく、ホームレスだ。親は分からないし、家も無い。学校にも行っていない。戸籍があるのかも分からない。細かい事は聞いてないし、どうでも良いと思っていた。
それに子供じゃ無かったらこんなに面倒を見ていなかっただろう。逆に言えば、子供だから世話を焼いている。
俺は大人だ。大人とはそういう物だと思っている。
「学校に行きたいとかないのか?」
「行った事無いから分かんない。楽しいの?」
「同年代と遊ぶのは楽しいんじゃないか?」
「…」
この子は子供だ。子供の我儘を聞いてやるのは大人の役目だ。本人が行きたいと言うなら家や戸籍を用意してやる伝手は俺にもある。
「今は良いかな」
「そうか」
本心か分からないが、この子が行きたいと言っていないのに決めるわけにはいかない。ただ、行って色々学ぶのは良い事だと思うので、日々そっちの方向に話を誘導していた。
(まだ完全には心を開いてくれていないか…)