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1. プロローグ

 僕はそれを見て美しいと思った。

 人が人を斬っている姿を見てそう思う僕は可笑しいのだろう。

 でも、記憶がある今までの人生の中で唯一心が動かされた出来事だと思った。




 僕は生まれてから六年しか生きていない。四歳の時に両親と離れ離れになった。それからは必死に生きてきた。食べれると思ったものを手当たり次第に食べていた。勿論盗みも行った。そうしなければ生きていけなかった。

 そんな悪い子の僕に最適な最期が訪れようとしていた。僕が隠れて過ごしていた住処に化け物が現れた。二足歩行で熊のように大きい身体、長く伸びた爪に尖った耳。白目の部分が黒く、瞳が赤く光っていた。

 そんな獰猛な化け物が僕を見ていた。僕は数秒後には殺されるのだろう。そう思っていた。


「迷子かい?」


 目の前の光景に動けなくなっていた僕の背後からそう声を掛けられた。僕が振り向くとそこには一人の青年が立っていた。細身で高身長の整った顔立ちの青年だった。


「待て、俺の質問に答えてからだ。食べて良いのはその後だ」


 青年は化け物に命令をしていた。信じられない光景だった。この人はこの化け物を手懐けている。その事実に恐怖した。


「こ…ここに…ここで暮らしてます」


 必死に声を絞り出した。色々な恐怖で喉が乾いていた。今、助かる為にはこの人の機嫌を損ねてはならない。そう本能で理解していた。


「ここでってこの洞窟かい?」


 僕は縦に首を振った。僕の反応に何かを考えているようだった。その時間が僕の中の恐怖を増大させていく。


(あれ…僕にも感情があったんだ)


 そう思った時に下を向いていた僕の足元に化け物の顔が後ろから転がって来た。僕が顔を上げると青年が恐怖していた。僕を見て、いや、僕の少し上を見て怯えていた。


「お前、能力者だったのか!?」


 その言葉と共に青年が戦う姿勢を取った。その青年の周りに様々な生き物が集まって来た。そのどれもが異形の形をしていた。巨大な蛇や巨大な虫。虫にも地を這うもの空を飛ぶもの等、様々な種類が居た。その他にも見たことの無い生き物が僕に敵意を剥き出しにしていた。

 恐怖が増大していくにつれ、何かが僕を覆っていくのが理解出来た。それが何なのかは分からないが、気持ちの悪いものでは無かった。

 青年の操る動物達が一斉に僕を殺そうと動き出した。僕も流石に死を覚悟した。そして目を閉じた。

 しかし、いくら待てども肉体に痛みは感じられなかった。

 ここ二年程、僕は自分の色々な感覚が薄まっていくのを感じていた。それは感情や痛みに対するものだ。それらが段々と無くなっていっているのを感じていた。

 今日、久しぶりに恐怖を感じた。だから化け物達に攻撃されても痛みを感じていないと思った。

 でも目を開けてそれが違うと理解した。化け物達が僕の目の前に倒れていた。全て胴体と頭が切り離されていた。


「まさかこれ程とは…俺の負けだ。ごめんな」


 そう言って青年は優しい笑顔をしながら僕に近づいて来た。僕は瞬時に殺されると思った。この青年の笑顔には感情が感じられなかった。今までもこの笑顔をした人は皆、僕の事を騙してきた。だから経験則でそう判断した。

 僕は反射的に後ろに下った。


「感が良いな」


 青年は苛ついた顔をした。さっきの化け物達を見た所為か、その顔は怖く感じなかった。

 恐怖が薄れていくと身体を覆う暖かい物が消えていく感覚に襲われた。


「なんだ、時間制限があるのか…なら!」


 そう言って青年は僕に近づいて来た。手には刃物を持っていた。僕はそれを目で追いながら後ろに下った。その刃物が、突然割り込んで来た人で見えなくなるまで僕は目を瞑らなかった。


「どういう状況だ?」

「誰だ?お前?」

「通りすがりの旅人だ」


 青年の顔はこの割り込んで来た旅人で見えないが、声は驚いているのが分かった。それに旅人は刀で刃物を止めているようだ。旅人の後ろから持っている刀の先っぽが見えた。


「それで、どういう状況だい?」

「そのガキが襲って来たんだ。どうせ俺の食料を奪おうとしたんだろ。で、俺の能力で対応したんだが、見ての通り全滅さ」


 青年は嘘をついている。僕は何もしていない。その転がっている化け物もどうなったのか僕は分かっていない。今思えば、この旅人が殺ってくれたんだと理解出来た。だから旅人も青年が嘘をついているのを知っていると思った。


「そうか、俺の勘違いだったみたいだ。だが、この子供の事は許してあげられないか?」


 これがこの場を収める大人の対応かと思った。旅人は何も知らない振りをする事でこの場を丸く収めようとしているようだった。


「仕方ないな。俺も子供を殺すのは少し気が引けてな」

「そうか、ありがとう」


 青年は刃物を下ろした。そして旅人は僕の方を向いた。僕と視線を合わせるように膝を付いた。


「早くこの場から離れなさい」


 僕は頷いた。そして偶々上を向いて刃物を持った青年が笑っているのに気が付いた。青年が旅人に刃物を刺そうとしていた。旅人に知らせてあげようとしたが、間に合いそうに無かった。旅人は柔らかい笑顔をしていた。心から微笑んでいる顔だった。


(この顔、何処かで……あぁ、そうか)


 僕は思い出した。僕の両親は良くこんな顔で笑っていた。そして殺された。だからこの顔をしている人は皆死んでしまうんだと理解した。


(優しい人から死んでいくんだ…)

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