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子育て聖女、完璧王子の継母をがんばります

作者: 桜井弁蔵

 私、リトアは王都の孤児院で育った。わずかながら人々の傷や病を癒す力を持ち、「聖女の力の欠片を宿す子」として幼い頃から噂されていた。けれど孤児は孤児。特別な存在というわけでもなく、日々の雑事をこなしては、同じように厳しい生活を送るみんなの助けになれば――と、それだけを考えて暮らしてきた。

 そんな私が突然、王宮へと呼び出された。理由は「聖女の加護を持つ娘の力を借りたいから」。詳細はわからないまま、私は浮足立つ自分を必死に抑え、王宮の玉座の間に足を運ぶ。


「リトアと申します。お呼びとのことで参りましたが……」


 恐る恐る頭を下げると、威厳ある王の声が室内に響く。

「お前か。なるほど、聖女の力を少々ながら扱えると聞いている。そこに控えているのが、わが息子のレオンハルトだ」


 それまで背筋を伸ばして立っていた青年が一歩前へ進む。王子、レオンハルト殿下。玉座の間の空気を圧倒する威風堂々とした姿。輝く黄金の髪、澄んだ青い瞳。完璧と言えるほど整った容姿は、どこか冷ややかな印象さえ与える。

 けれど次の瞬間、王は衝撃的な言葉を口にした。


「王子が母を欲しがっている。そなたを当てがうことにした」


 驚きのあまり、呼吸が止まる。母、だと? 母親のいない王子の世話係、というのとも違う。まるで書類にハンコを押すかのように、さらりと“継母”の座を与えるというのだ。


「わ、私が……殿下の、お母様……?」


 何かの冗談だろうか。しかし王の表情は厳かだ。「聖女の力があれば、わが息子の心を癒やしてくれるだろう」という期待も込められているらしいが、何より問題は――王子は私より年上なのだ。まるで見た目は兄と妹。これで“母上”と言われてしまうのか。


「リトア。できるだけ丁重に、しかし相応の責務は果たしてもらう。よいな」


 返事に詰まる私に、王は反論の機会すら与えず、護衛騎士に「居室まで案内してやれ」と告げる。そうしてこの奇妙な縁で、私は王子の継母になることになった。



 案内された部屋は宮殿の一角にある大きな一室。元々は王妃候補が使う優雅なスペースらしい。広すぎて落ち着かないが、私が“殿下の母”としてここで暮らすのだという。

 服や装飾品、召使が何人も控えていると聞いて、私は混乱しながらも形だけの受け取りをした。孤児院では一つのベッドを三人で使った時期もあったのに……ふかふかの寝台に座ると、頭がくらくらしてくる。


「……この先、どうやって暮らしていけばいいの?」


 聖女としての力は人を癒やし、温める程度しかない。母として何ができるのだろう。考え込んでいると、部屋の扉がノックされる。


「失礼します。リトア……いえ、母上」


 澄んだ声が空気をふるわせた。レオンハルト殿下が入ってくる。金色の髪を光の下で見ると、その美しさが際立つ。だがその瞳はどこか冷たく、近寄りがたい印象だ。


「殿下、あの……その、やはり“母上”などと呼ばれるのは変です。私はまだ十七ですから」

「たしかに、見た目からしても腑に落ちないだろうね。……だが、父上の命だ。形式的であっても、そう呼ばせてもらう」

「でも……」

「君が気にしなくてもいい。僕は最初から期待していないから」


 期待していない――。さらりと言い放たれた言葉に胸がちくりと痛む。形だけの母親だと考えれば、そのほうが都合がいいのかもしれない。でもなぜか、どこか引っかかる。


「……私は精一杯、殿下のお役に立てるよう努力します。もう母としてどうするべきかもわからないけれど……それでも、この立場を与えられたからには逃げません」

「そうか。……なら、よろしくお願いするよ。リトア」


 そう言いながらも、レオンハルト殿下は最後まで冷淡な笑みを浮かべたままだった。



 翌日から、私はレオンハルト殿下のお世話役としての生活を始めた。朝食の席ではさりげなく殿下の好物を確認したり、午後には剣術の稽古で傷を負った騎士たちを癒やしたり。夜には日中に受けた疲れをほぐすため殿下の部屋に行って、軽い治癒魔法をかけたりもする。

 それらの小さな積み重ねの中で、レオンハルト殿下がどんな王子なのかが、少しずつ見えてきた。


「殿下は誰に対しても完璧です。剣術も学問も領地運営も……とても優秀で、臣下たちの尊敬を集めておられる」

 ある日のこと、召使の女官がそう囁いてきた。

「周囲は殿下を理想の王子と讃えるけれど、あまりにも出来すぎていて、感情の起伏が見えないんです。母上となったリトア様なら、殿下をもっと身近に感じさせてくださるかもしれませんね」


 ――身近に、か。

 ふと昨日の夜を思い出す。剣術の稽古から戻ったレオンハルト殿下は汗で濡れたまま、鎧を外すのも忘れて椅子に座り込んでいた。完璧な微笑を浮かべていても、指先がかすかに震えていた。それを見た私は迷わず治癒の力を注ぎ、痛む肩をさすり、拭き布で汗を拭った。

 その時の殿下の表情――安堵と、そして私へ向ける複雑な視線。思い返すと、不思議な熱が胸の中に広がるようだ。



 けれど、王宮には当然ながら反発する者もいる。

「何の血筋もない孤児が、王子殿下の母だなんて。形だけだろうが、身分を弁えてほしいものですわ」

 噂話をしている貴族の女たちの声を、偶然耳にしてしまった。私が足を止めると、彼女たちは気づいたように口元を手で隠して笑う。


「だいたい殿下はもうすぐご結婚の話もあるかもしれないというのに、あんな娘に母の座を奪われるなんて。恥ずかしい話ですわよ」


 周囲が笑いに包まれる。私は何も言えず、ただ立ち尽くしていた。血筋や地位にこだわる人たちの前では、私の存在など取るに足りないのだろう。

 ――でも、何とかしなければ。私はせっかくいただいた立場を、無意味なものにしたくない。王子にとって必要な存在になりたい。そんな思いで、私は日々の雑務にさらに熱を込めることにした。



 そんなある日、王から命じられていた慈善活動の一環で、私は孤児院を慰問することになった。自分が育った場所でもあるから、ぜひやりたいと手を挙げたのだ。ところが当日、王宮から馬車で出かけようとする私の前に、レオンハルト殿下が現れる。


「殿下、いかがなさいました? 今日はご予定があったのでは……」

「用事はキャンセルした。僕も行くよ。母上がすることを知っておきたいからね」

「そ、そうですか。なら、ご一緒に……」


 なんだかんだ言いながら、殿下は私が行う活動には顔を出してくれる。まるで母親の行いを逐一確認する息子のようだ。とはいえ、レオンハルト殿下がついてくるなら、心強いことこの上ない。


 孤児院に到着すると、子どもたちは「王子だ!」と大興奮で迎えてくれた。その中に昔の仲間もいて、私は懐かしさで胸がいっぱいになる。


「ねえ、リトアお姉ちゃん、王子さまのお母さんになったって本当?」

「すごいよね、今はもう偉いお方なんだ!」


 一方、子どもたちの言葉に、殿下は何とも言えない表情を浮かべる。私は笑ってごまかした。

「え、えっと、呼び方は気にしなくていいから。今まで通りリトアでいいわよ」


 そう言いながら、私と殿下は子どもたちの元に一緒に歩む。殿下は完璧王子らしく、子どもたち相手に読み聞かせをしたり、遊び相手になったりして、その心をつかんでいく。


「リトア。君がここで育ったのは聞いていたけど、こうして見ると、とても大切にされていたんだね」

「はい。血は繋がっていなくても、みんな家族でしたから。私にとってはその方が普通なんです」


 昔、親の顔を知らない私にも、孤児院の仲間や先生が温かく接してくれた。そのおかげで、私も誰かを支えたい、癒やしたいと思えるようになった。

 殿下はしばらく子どもたちと遊んだ後、私は隅のほうで子どもを抱きかかえてあやしていたところに近づいてくる。


「……思ったよりも、母親らしいところもあるんだね」

「え? わ、私がですか?」

「うん。安心する。……このままずっと、子どもたちといる君を見ていたいと思ったよ」


 小さく微笑む殿下に、私の心はなぜかどきりと波打つ。目を合わせようとすると、恥ずかしくて逸らしてしまった。母としての会話だというのに、この胸の高鳴りはなんだろう――。



 王宮に戻ったその夜、騎士たちがざわついているのを感じた。尋ねてみると、どうやら隣国との交渉がこじれ、今後の軍事的緊張が高まる恐れがあるという。

 実はレオンハルト殿下には、隣国の姫との政略結婚の噂が前々からあった。完璧な王子であるがゆえ、近隣諸国がこぞって縁談を持ちかけているのだ。もし開戦になれば、婚姻どころではないだろう。

 そんな問題もあり、王はさらに殿下に人を癒やす力――つまり私の聖女の力を活用するよう促した。疲弊する将兵たちのために、医療班として私も協力しろというわけだ。


 その夜、私が殿下の部屋を訪れると、彼は窓辺に腰掛けて月を眺めていた。

「殿下、お疲れではありませんか。今日も一日お忙しかったようですし、癒やしの魔法を……」

「……リトア」

 珍しくその声はかすかに掠れている。


 私は椅子をそばに寄せ、殿下に手を伸ばす。聖女の力を込めながら、肩の緊張を解くようにさする。

「少し、落ち着きますか?」

「……ああ。そうだね。……毎日、いろいろなことを考えていると、頭がごちゃごちゃしてくるんだ」


 彼は目を閉じたまま言葉を続ける。

「僕は“完璧”であることを期待される。父上も、臣下も、国民も……みんな僕に求めることが多すぎるよ。けれど、それが嫌だと言ったら、どうなる? 生まれながらに背負ってきたものを、全部放り出すことは許されない」

「殿下……」


 しばらく沈黙が漂う。私はそっと彼の髪を撫でた。いつの間にか、こんな行為が自然にできるようになっている自分に驚きつつも、何かしてあげたかった。


「私は、殿下がどんな姿でも受け止めます。母上というのは……そういう立場だと思いますから」

「君は優しいね」

「……殿下も、きっと優しい方だと思います。そうでなければ、私なんかを気遣って一緒に孤児院まで来てくれたりしないでしょう?」


 じっと殿下は私を見つめる。いつもの冷ややかさが消え、まるで子どものように戸惑う瞳。私はそのまま瞼を下ろし、もう一度癒やしの力を注ぐ。しばしの沈黙……。


「……もし、僕が本気で君を欲したら……君は、逃げるかい?」

「え……?」

「すまない、なんでもない。今はゆっくり休もう。ありがとう、リトア」


 その言葉に答えられないまま、私は部屋を後にした。今のはどういう意味だったのだろう。心臓が痛いくらいに早鐘を打ち、眠れぬ夜を過ごす。



 そんなふうに、私たちの奇妙な親子生活が少しずつ近づき始めた頃、事態を揺るがす出来事が起こる。――王が、重病で倒れたのだ。

 急ぎ王宮の医師が診察しても、回復の兆しがなく、かといって私の力もまったく届かない。原因が不明で、魔法障壁が王の中でうずまいているようだった。


「リトア、父上のことを頼む。君の癒やしの魔法が少しでもあれば、きっと……」

「わかりました。全力を尽くします」


 集中して祈りを捧げる。何度も治癒魔法を試みるが、何か見えない壁があるのか、うまく力が伝わらない。私の能力が低いせいなのか……。


 焦燥感に苛まれる中、宮廷魔法士の一人が私をあざ笑うように言う。

「それが聖女の力とは笑わせる。少し病を癒やせる程度の、まがい物の力だろうに。まさか王妃の座などと……もっと能力の高い聖女がいれば王も助かったでしょうに」


 周囲もそれに同調し、冷たい視線を向けられる。内心、痛いほどわかっている。私は“本物の聖女”ではない。ただの欠片しか持たない孤児だ。

 ――それでも助けたい。助けなければ。私は泣きそうになるのをこらえて王の枕元に座り、必死に魔力を注ぐ。



 それから数日、王の容体は悪化の一途を辿った。隣国との交渉は事実上停滞、宮廷では混乱が広がる。そんな中、レオンハルト殿下は王位継承の準備を始めざるを得なくなっていた。あまりにも早い展開に、周囲の貴族たちも戸惑いを隠せない。

 私もほとんど寝ずに治癒を試みていたが、王は昏睡状態に陥ったまま。王のそばに侍る騎士たちは、次第に私に失望と怒りの視線を向け始める。


「殿下、大丈夫でしょうか……」

 私は廊下で殿下と顔を合わせた時、苦しそうに声をかけた。彼は険しい面持ちで、それでも私の両肩に手を置き、言った。

「父上は、もう助からないかもしれない……そう言われた。だが、もしもの時には僕が国を支えなければならない。だから君には、今まで以上に僕を支えてほしい」


 ふと、殿下の目がどこか狂おしく揺らいでいることに気づく。完璧な王子の仮面が崩れそうになっている――私はその震えに手を重ね、ただ黙ってうなずいた。



 数日後、奇跡が起こった。王が突然、意識を取り戻し、回復に向かい始めたのだ。医師たちの診断によれば、長期的な療養が必要だが一命は取りとめたという。

「よかった……本当によかった……!」


 王宮全体が喜びに沸く。私の治癒魔法が直接効いたのか、それとも他の治療によるものかはわからない。けれど、ほっと胸を撫で下ろしたとき、王は私を呼び寄せた。


「リトア、そなたがいてくれたおかげで、この命をつなぎ止められたのだと聞いた。感謝するぞ」

「私は何も……ただ、必死だっただけです」

「……わが息子には、良き母を与えることができたと思っている。これからも頼むぞ」


 王がうつろなまなざしで私を見つめ、静かに目を閉じる。王の回復はまだ道半ば。けれど命を取り戻せたことがなによりだ。


 すると、これまで私を見下し嘲っていた貴族たちが、「さすがに聖女の力の片鱗はあるのね」と手のひらを返し始める。しかし私は、今さら妙に持ち上げられても、心の底から感謝されるわけでもないのだと悟った。彼らの利害が変われば、また手のひらは簡単に翻るのだろう。


 その顔を見たとき、私はほんの少しだけ胸がすっとした。過去に散々囁かれた誹謗中傷を、私が忘れていると思わないでほしい。とはいえ、私は彼らにわざわざ報復を望むわけでもない。ただ、自分が王宮に必要とされる存在だとわかった今、もう戻れないのは彼らのほうだろう――そんな思いが胸に芽生える。



 数日の後、私は夜の回廊でレオンハルト殿下と二人きりになった。王が回復に向かっているので、殿下の気持ちも少しは軽くなったのかもしれない。彼は私に穏やかな微笑みを向ける。


「リトア。少し話があるんだ」

「はい、殿下……?」


 いつもとは違う、真摯な眼差しが私を射抜く。

「父上は回復した。だけど今度は僕が正式に皇太子として即位する段取りが始まる。いずれは王としての責務も背負わなければいけないだろう」

「……そう、ですね」


 彼は立ち止まり、私の手をぎゅっと握る。まるで迷い子のような、不安げな力のこもった握り方だ。

「だからこそ、君に伝えたいことがある。……僕にとって、君はもう母親という形だけの存在ではないんだ」

「え……」


 鼓動が早まるのを感じる。殿下は言葉を継ぐ。

「子どもの頃に母を失って以来、ずっと心のどこかに穴が空いていた。でも、君と出会って、埋まったんだ。それが母としての愛情なのか、それとも――もっと別の想いなのか、僕自身も最初はわからなかった。けれど今ははっきりしている。……これは恋だ、リトア」


 私は目を見開く。王子が継母を求めたはずが、いつの間にか、こんな歪な形で始まった親子関係が“愛”へ変わっている。心が熱く疼き、戸惑いでいっぱいになる。


「わ、私は……」

「知っている。君も僕に向ける眼差しが、ただの気遣いだけじゃないことを。けれど、君には周囲の目という重荷がある。僕たちは“親子”という体裁で結びつけられているからね」


 殿下は唇を噛み、切なげに目を伏せる。いつもの完璧な王子の姿はどこにもない。ひとりの青年として、私に思いを告げようとしているのだ。


「でも、もう誰も僕たちを止められない。たとえ何を言われようが、国を治めるのは僕だ。君を失うなど、考えられない」

「殿下……レオンハルト様……」


 私の瞳に、涙がじわりと浮かぶ。孤児として、何も持たずに育った私が、こんなにも誰かに強く求められている。それは彼にとっても、歪な形なのかもしれない。それでも――私が彼を好きになってしまったのは事実。自覚してしまった今、後戻りはできない。


「もし、私でよければ……どうか、導いてください。あなたが望むなら、私はどこへでもついていきます」


 そう囁いた瞬間、レオンハルト殿下は私の手をさらに強く引き寄せ、抱きしめた。その胸は高鳴り、熱を帯びている。


「君が受け入れてくれるなんて……ありがとう。誰に何を言われようと、僕はもう手放さない。絶対に」


 その声音に、深い執着がにじみ出ている気がした。母を得たいと願いながら、実際には彼自身が渇望していたのは“癒やしてくれる存在”ではなく、“自分に唯一心を注いでくれる女性”だったのかもしれない。私の存在は、彼にとってたった一つの拠り所。――ならば、彼を支えたい。



 こうして私とレオンハルト殿下の関係は、一見おかしな“王子と継母”のかたちから、密やかに愛し合うふたりへと変わっていく。

 孤児の娘が、完璧な王子の母となったという異様な出来事。その真実を知る者はわずかで、奇妙に思いながらも表向きは逆らえない者ばかりだ。


 そして、先日まで私を見下していた貴族の女たちは、今さら取り入ろうとしても手遅れだと気づいたらしい。長らく殿下の婚約の座を狙っていた令嬢などは「まさかこんな結末になるなんて」と後悔に打ち震えているという噂を耳にした。

 だが、もはや私たちを引き裂こうとするのは不可能だろう。

 王は健康を取り戻し、国としても平和を保とうと動き始めている。レオンハルト殿下はいずれ王位を継ぐだろう。その時に私が隣に立つのか、あるいは公には発表しないのか――詳しいことはまだわからない。けれど少なくとも、もうどんな陰口を叩かれても揺らぐつもりはない。


 夜の王宮の庭園を散策していたとき、レオンハルト殿下が私の手を取る。

「ねえ、リトア。これから先も、ずっと僕だけを見ていてほしい。……約束してくれる?」

 その瞳は夜空の星よりも強い光を宿していて、私の胸を貫く。私は微笑みながら、そっと手を重ねた。

「はい。私にできる限り、あなたに尽くします。あなたの心を癒やす聖女として、そして一人の女性として……」


 国中に噂される“母と子”の関係は、真実とはかけ離れたもの。でもそれはふたりだけが知る秘密であり、決して消えることのない絆でもある。

 ゆるやかな月の光の下、レオンハルト殿下は私の手を引いて、静かに口づけを落とした。歪んだ親子の形から始まった私たち。でも、こうして心が通じ合えたのなら、それでいい――。


 重なり合う唇の感触に、私は小さく息をのむ。もう誰が何と言おうと、私と殿下は決して離れることはないのだと、確信していた。

お読みいただきありがとうございます!

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