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第3話「星降る夜の告白」

 梅雨が明け、夏の熱気が学園を包み込む7月半ば。詩音と澪は、科学部の活動で学校の天文台を訪れていた。夜空に瞬く無数の星々が、二人の心に静かな波紋を広げていく。


「見えた? 今日は天の川がよく見えるはずだよ」


 澪の柔らかな声に、詩音は我に返った。大きな望遠鏡から目を離し、隣に立つ澪の横顔を見つめる。月明かりに照らされた澪の瞳が、まるで夜空の星のように輝いていた。


「ええ、綺麗ね……まるで、無数の可能性が広がっているみたい」


 詩音の言葉に、澪は少し驚いたような表情を浮かべた。その瞬間、二人の視線が交差する。心臓の鼓動が、かすかに早くなるのを感じた。


「詩音ちゃんって、意外とロマンチストなんだね」


 澪の言葉に、詩音は少し困ったように微笑んだ。自分でも気づかなかった一面を、澪に見透かされたような気がして、少し恥ずかしくなる。


「そう? ……私にもよく分からないわ」


 言葉を紡ぎながら、詩音は自分の心の内を探っていた。いつからだろう。こんなふうに、澪の言葉一つ一つが、自分の心に深く響くようになったのは。


 二人は屋上に出て、夜空を見上げた。満天の星空が、二人を優しく包み込む。時折吹く夜風が、詩音の長い黒髪を揺らす。その様子を見つめる澪の眼差しに、いつもとは少し違う色が宿っていた。


「ねえ、詩音ちゃん。私ね、最近気づいたんだ」


 突然の澪の言葉に、詩音は息を呑んだ。心臓が激しく鼓動を打ち始める。澪の声には、いつもの明るさの中に、どこか切ない響きが混ざっていた。


「何に?」


 詩音の問いかけに、澪はしばらく言葉を選んでいるようだった。そして、ゆっくりと口を開いた。


「私、詩音ちゃんのこと……好きかもしれない」


 澪の言葉が、夜風に乗って詩音の耳に届く。その瞬間、詩音の世界が一瞬静止したかのように感じた。胸の奥で、何かが大きく波打つ。


「私も……澪のことを考えると、胸がドキドキする」


 詩音は顔を赤らめながら答えた。自分の気持ちを言葉にすることで、初めてその思いの深さに気づく。二人の視線が交差する。そして、ゆっくりと顔を近づけていく。


 星空の下、二人の唇が触れ合おうとした瞬間。


「おや、こんな遅くまで何をしているの?」


 突然の声に、二人は飛び上がるように離れた。振り返ると、そこには寮母の橘汐音が立っていた。月明かりに照らされた汐音の表情には、優しさと共に、何か哀しげなものが浮かんでいた。


「も、申し訳ありません! 科学部の活動で……」


 詩音が慌てて説明を始めるが、汐音は優しく微笑んだ。その微笑みには、かつて自分も同じような経験をしたのかもしれないという懐かしさが滲んでいた。


「分かっているわ。でも、もう遅いわよ。そろそろ寮に戻りなさい」


 二人は小さく頷き、急いで天文台を後にした。階段を降りながら、詩音は自分の鼓動が収まらないのを感じていた。隣を歩く澪も、同じように動揺しているのが分かる。


 寮に戻る道すがら、詩音と澪は互いの顔を見ることができなかった。しかし、その夜二人の心に芽生えた感情は、確かに存在していた。星降る夜の下で交わされた、言葉にならない告白。それは、これからの日々に大きな影響を与えることになる。


 寮に戻り、自室のドアの前で二人は向かい合った。言葉を交わさずとも、互いの気持ちが伝わってくる。詩音は勇気を振り絞り、小さな声で囁いた。


「おやすみ、澪」


「うん、おやすみ、詩音ちゃん」


 澪の返事に、詩音は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。ドアを開け、部屋に入ろうとする詩音の手を、澪が優しく掴んだ。


「ねえ、詩音ちゃん。明日から、私たちはどうなるのかな」


 澪の問いかけに、詩音は深く考え込んだ。確かに、今夜の出来事は二人の関係を大きく変えるかもしれない。しかし、それは決して悪いことではないはずだ。


「きっと、今までと同じよ。でも、少し違う私たちになれるんじゃないかしら」


 詩音の言葉に、澪は安心したように微笑んだ。その笑顔に、詩音は心を奪われる。


「うん、そうだね。おやすみ、詩音ちゃん。また明日」


 澪が自分の部屋に消えていくのを見送りながら、詩音は静かに自室に入った。窓から差し込む月明かりが、部屋を幻想的に照らしている。詩音はベッドに横たわり、天井を見上げた。


 今夜の出来事が、まるで夢のように思えた。しかし、胸の高鳴りは嘘をつかない。詩音は自分の唇に軽く触れた。あと少しで、澪と唇を重ねるところだった。その想像だけで、頬が熱くなる。


「私は、何者になりたいんだろう」


 詩音は心の中でつぶやいた。数学オリンピックに出場すること。一流大学に進学すること。そんな目標は持っている。でも、それだけで良いのだろうか。


 澪との関係。まだ名付けられない、でも確かに存在する感情。それは詩音の人生にどんな影響を与えるのだろうか。不安と期待が入り混じる複雑な思いに、詩音は長い間目を閉じていた。


 窓から差し込む月明かりが、静かに部屋を照らしている。詩音はゆっくりと目を開け、深呼吸をした。明日からの日々が、どんなものになるのか想像もつかない。しかし、きっと素晴らしいものになるはずだ。そう信じることにした。


 星降る夜。それは二人の新たな物語の始まりだった。詩音は静かに目を閉じ、澪のことを想いながら、深い眠りに落ちていった。


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