【王女専属使用人、新人の主人】
コンコンと重厚な扉を2回たたく。次に中の主人に聞こえるように失礼します、と声をかける。続けて、扉をそっと押し、朝食をのせたワゴンを部屋に入れる。
今日は何故かいつもの一連の作業がとても新鮮に思える。
( 初めは扉を触るのも分不相応に思えたのに、すっかり慣れたものね )
昔のことを懐かしんでいると、上の空になってなかなか仕事がはかどらない。朝から隙あらば懐かしい出来事を思い出してしまうので自分の頭をぶんぶんと横に振り、余念を頭の片隅に追いやる。
( いい加減、切り替えないと )
「王女殿下。朝食のお時間でございます」
食器や料理を並べ、朝食の準備をする。2人のそれぞれの朝食を、部屋の中心にある長方形型の煌びやかなテーブルにことり、とそっと並べる。ひとつは目を見張る品々ばかり、もうひとつは先ほどのに比べると質素だが、しっかり栄養が詰まっている料理。それぞれの身分や生活に最適な逸品を用意するとはまさにこのことだろう。さすが、星国家いちと評される料理陣だ。
殿下が椅子に座るタイミングを狙いスッと椅子を押し込み、向かいの席に自分も座る。
殿下が料理に口をつけ、私もそれに倣って一口二口食べたところでふと、以前から疑問に思っていたことを口にしてしまう。
「何故、殿下はご家族様とご一緒なさらないのだろう・・・」
殿下はナイフをオムレツの表面で滑らせながら、何でもないように言う。
「自分に興味もない人といるのは苦痛なだけよ。あの人たちは私が病気にかかったとしても、問題を起こしたとしてもちっとも興味ないもの」
殿下の思ってもみない返答に自分の口に出してしまった疑問が殿下の地雷だと気づく。
思わず手を止め、料理に向けていた視線をおそるおそる上げていった。機嫌をうかがうように殿下の顔を見つめていると殿下はこちらに目を向け微笑を携えながら答えた。
「別に気にしてないわよ。それに貴方とこうやっておしゃべりしながら食事をする時間が私の最も幸せな時間なのだし」
本当に嬉しそうに語りかけてくる殿下の温情に心がじーんとあたたかくなるのを感じる。殿下のご両親である両陛下のことについて記憶を探ると同僚であり先輩のアニーが掃除中にこぼしていた言葉を思い出した。『王女様は当然、恵まれた環境で育てられていると思ってたけど、殿下は実の親である両陛下にも気にかけられずに育ったのよ。王宮で使用人になってから初めて気づいたわ』初めて殿下の専属使用人として一日を終えたときもアニーがかけてくれたねぎらいの言葉も。『殿下は両陛下と瓜二つで厳格な方でしょう?王族付きになって困ったことがあったら教えてね』実家が比較的田舎にあった私は知らなかったが、王宮では両陛下と殿下の冷めきった関係は周知の事実だったらしい。
「貴方、私に仕えてちょうど1か月経つでしょう?何かお礼をしたいのだけど何か欲しいものはある?」
殿下はその長いまつげを伏せながら、ぱくっと一口オムレツをほおばって顔を綻ばせた。
( 1か月・・・。そうか、1か月経ったんだ )
思ってもみなかった話題に目を丸くさせる。
( 今日、妙に実家での生活、新人だったころの日々を思い出したのはちょうど節目が良かったからなんだ・・・ )
気が緩んで失敗したらどうしようとか、不吉な前兆かもしれないとか心のどこかでは焦りと不安があったが王女殿下の言葉でこれは『良い』気の緩みであることに気づけた。
「聞いてる?」
「は、はい!聞いてます。でも殿下にお礼をしただけるなんて・・・」
「ふふっ、遠慮はいらないわ」
「で、でも・・・」
殿下からいただくものすべて大層なものになってしまう。それにこの1か月間を感謝したいのは私のほうだ。仕事に慣れない私、他の使用人とあまり話せていない私をここまで育ててきたのは殿下といっても過言ではないのに。
「私こそ殿下にお礼がしたいです・・・」
んー?とスープをかき混ぜながら困ったように笑みを浮かべる殿下に、やはり私がお礼をするなんておこがましかったのかな、とどんどん卑屈になっていく。スープを一口つけ、殿下はいたずらっ子のようにニッと歯を見せながら言った。
「今日、用事を済ませに街に出かけるの。それの付き添いを任せていい?」
「は、はい!もちろんです、任せてください!」
「じゃ、服装を見繕ってもらえるかしら」
「はいっ!殿下をとびきり輝かせてくれるものにします」
( 殿下にお礼ができるチャンスだ! )