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貧乏くじ2  作者: 菜尾
1/2

Side: C

 俺は商社で働いている。自分で言うのもナンだが、外資系の一流商社だ。多忙な毎日だが、給料はまぁ、それなりに貰っているので、やりがいは感じている。




「じゃ、お疲れさま!」


 そう言って一時間の残業で帰っていったのは、同期だ。


 美人でスタイル抜群。一ヶ月半前に子供を産んだというのに、そのスタイルには何の衰えもないのだから、見事なものだ。


 俺は彼女に惹かれていた。勿論、今の話じゃない。ずっと昔、まだ入社して間もないころの話だ。


 入社して四年後、彼女はある中小企業に勤める男と結婚した。


 相手は見てくれ以外何の取り柄もなさそうな男だった。給料だって、彼女の半分ぐらいじゃないだろうか。見てくれ以外は全て俺の方が上だろうにと歯軋りしたものだが、今となっては昔の話だ。


 そうして彼女は先月子供を産んだのだが、彼女は既に、一線で働いている。二ヶ月で完全復帰なんだから、彼女は本当にスーパーウーマンだ。いや、それとも、他の女たちが怠惰なだけなのかな。




 そうではないと思いたいのには理由がある。


「じゃ、お疲れ」


 俺も彼女が退勤した一時間後に会社を出た。


 呑みに行くこともせず、直帰する。本当に、できた夫であり、父親だよ。


 俺も同期と同じ年に結婚した。今じゃ二児の父親だ。下の息子はちょうど、同期の子供と同時期に生まれたのだが――。


 電車に揺られ、今日の夕飯は何だろうと想像する。できたらロールキャベツとか、煮込み系がいいな。


 そうして俺は、自宅のドアを開けた。




「ただいまー」


 玄関から声を投げる。


「おかえりー」


 リビングから声が届いた。……出迎えぐらいしろよ。


 だが、そんなことに剝れていても仕方がない。俺は靴を脱ぎ、中へと歩を進めた。


「お疲れさまー」


 妻が下の息子を抱いたまま、俺に声をかけきた。ボサボサの頭、当然と言わんばかりのスッピン。部屋もぐちゃぐちゃ。動物園に帰ってきたみたいだ。『家に帰ってきたぞ!』といった爽快感や解放感が全く芽生えない。気が滅入る。


 でも、滅入っていても仕方がない。腹が空いたんだ。


「飯は?」


「それが、まだできてなくて」


「は?」


 一瞬にして俺の気が最下層まで落ち込んだ。


「ごめん、今日はちびちゃんの機嫌が悪くて、それに釣られたのかお兄ちゃんも――」


「言い訳はいい。で、どーすんの?」


「……カップ麺でも――」


「もういい。ピザでも取る」


 俺は不機嫌な態度をあからさまにし、スマホを手に取った。


 ったく! 何のための嫁だよ! 子供の機嫌が悪い? んなもんテキトーにほっとけ!


 ってか、一言先に連絡くれたら食べに行っただろうに。あー、要領悪い。


 俺は適当な二枚を選んで、注文した。




「美味しい」


 そう宣う妻の声に何の反応もせず、俺も黙々とピザを口に放り込んだ。


 子供を抱きかかえたまま、嬉しそうにピザを頬張る妻にイライラする。今は服で隠れちゃいるが、腹は今も弛んだままだ。体型を戻そうって気はないのか。


 妻は大学時代、モデルの真似事みたいなことをしていただけあってスタイルも良く、美人だった。


『ほら、俺だってこんな美人を妻にできるんだぞ』


 結婚した時は、まさにエリートサラリーマンの俺に相応しい相手だと鼻が高かったのに――。


 妻の手がもう一枚、とピザに伸びた。


 まだ食うのかよ。その言葉をぐっと腹の底まで呑み込む。やっぱり体型を戻す気はないんだな。


 ったく、とんだ貧乏くじだ。騙されたな。


 きっと、同期は家に帰るなり食事の支度を始めるんだろう。テキパキと魔法の様に料理を作り上げて、旦那が食べている間に他の用事をまたもや魔法の様に片づけて。妻みたいにもさもさした要領の悪さなんて微塵も感じさせないんだ。なんたって、彼女はスーパーウーマンだからな。


 目の前の妻に白い視線を刺す。肌、荒れてんな。ガサガサじゃないか。顔ぐらい洗ってんだろうな。退勤した時の同期の顔はファンデーション一つ崩れてなかったってのに。




「これ」


 食事を終えた俺は、一万円札を数枚、妻に渡した。


「何?」


「次の週末、エステと美容院に行け。みっともなくて見てられんわ」


「でも、子供たちが」


「ベビーシッターでも雇ったらいいだろ。一応俺も家にいるし」


「お金かかるじゃない」


 おまえは適当な家事しかやらないくせに、いっぱしに俺の稼ぎに文句付けるのか!


「市から助成金が出る」


 それぐらい、優秀な俺は調べている。


「ありがとう」


 妻が満面の笑みを浮かべた。……ふん、笑えば今でも少しはましに見えるんだな。


 週末、妻の出来上がり次第では、どこかディナーに連れて行ってやってもいいか。




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