譲れない思い
「グアーーー!!!」
『ドサッ!』
叫び声を上げながら大男はその場で意識を失った。爆風によって焼けた体からは煙が立ち上り、焦げ臭い匂いが試験会場中に漂う。
これで何人目だろうか、褐色のダークエルフの女はその妖艶な姿とは裏腹に大勢の男達を次々と倒していった。ダークエルフの正体はメルーサという女性の兵士で、ギルティークラウンと呼ばれ、ギルディアの勇敢な兵士の中でも隊長クラスの称号を有するほどの実力者だった。
今年のギルティーの入隊試験の試験官を行うことになった彼女は先程から入隊志願者の男たちを容赦なく倒していった。
「おいおい。これじゃ、試験にならないぞ」
「あの女、本気で一人も合格させないつもりかよ」
「今年の入隊希望者はついてないな」
他の試験官もボヤくほどメルーサは徹底的に入隊志願者を血祭りにあげていた。大勢の男たちは攻撃する暇もなく逆にメルーサの一撃で再起不能になるため、すぐカイトまで順番が回って来るだろう。
カイトは試験会場に入っていく男たちが、すぐに叫び声を挙げた後にボロボロになってタンカーに乗せられて出てくる光景を横目に見ながら、会場の外にある椅子に座って緊張していた。
(俺も、もうすぐあんなふうになるのか?)
嫌な光景が頭をよぎるため、頭を左右に激しく振りながら、最悪な妄想をかき消していると、試験会場の扉が開いた。
「次、カイト! 試験会場に入れ」
「は、はい!」
カイトはすぐに立ち上がると緊張したまま試験会場に入った。会場の中はかなり大きな広場のようで、天井は無く青空が広がっていた。周りには観客席があり、数人の試験官らしきエルフが座っていた。広場の中央に平らな舞台があり、その舞台の中央にメルーサが立っていた。
コロシアムのような形の試験場の舞台にカイトが上がると試験官の一人が近づいてきて、槍と弓矢と木刀を差し出してきた。好きな武器を持って戦え、ということだろうと思ったカイトは木刀を持つとメルーサの前に立った。
メルーサはカイトを睨みつけると声を荒らげた。
「お前もタンカーで運ばれていく男たちを見ただろ?」
「そ、それがどうした!」
「逃げ出さずに来たことは褒めてやるが、お前は兄と違う道を進むべきだ」
「お、俺は今すぐにギルティーになりたいんだ!」
「そうか……諦める気は無いか……、ならば仕方ない。合格の条件は知っているな?」
「あ、あんたに攻撃を当てれば良いんだろ!」
「声が震えているぞ!」
「う、うるさい! む、武者震いだ!!」
「ふん! 二度とギルティーになろうなんて気を起こさないように、少し思い知らせてやる」
「や、やれるもんなら、やってみろ!」
「よし! カイト! 全力で来い!」
「うおぉおーーー!!」
カイトは手にした木刀でメルーサに向かって飛び込んだが、目の前が光ったと思った瞬間、気がつくとメルーサの爆裂魔法によって体が吹き飛ばされていた。
コロシアムの石壁に全身を打ち付けるとそのままうつ伏せに倒れた。手にした木刀は粉々に砕け散り原型をとどめていない。
メルーサは一撃でボロボロになったカイトを寂しそうに見つめた。
(これで終わりだ。マルクス、最愛の弟を痛めつけて悪かったな。後で謝っておくか)
メルーサは近くに待機している試験官に早くカイトを救護するように目で合図をすると、急いでタンカーを持った試験官がカイトのそばに近寄っていった。メルーサは少し休もうと舞台の上から降りようとしたところで、試験官の声が聞こえてきた。
「お、おい! お前! 何をしている! もうやめろ!」
試験官の声にメルーサが振り向くと、カイトが血まみれで立っているのが見えた。大人の男でも一撃で戦闘不能になるメルーサの爆裂魔法の直撃を受けたはずなのに、カイトはフラフラになりながらも立っていた。
「おい! 大丈夫か?」
カイトはタンカーに載せようとする試験官を手で制した。メルーサがカイトを見るとは今にも倒れそうな体だが、その目にはまだ戦う意志のあることが、はっきりとわかった。
「立ち上がったことは褒めてやるが、そんなボロボロの体では、私に攻撃を当てることなんて、できないぞ」
「う、うるせ……、ど、どうしても……お、俺は……ギルティーに、ならないと……」
「お、お前がギルティーになったらマルクスはいなくなってしまうかもしれないんだぞ! それでも良いのか!」
「い、いいわけ……、ないだろ……、たった一人の肉親なんだ……、で、でも、それで兄ちゃんが幸せになってくれるなら……お、俺は……」
カイトの真剣な眼差しにメルーサの心は乱された。
「つ、次で終わらせてやる!」
メルーサはそう叫ぶと、カイトに向けて火球を放った。火球はカイトの目の前まで飛んでいくと大爆発した。カイトはまるで木の葉のように吹き飛んでボロボロになった体を再び石壁に叩きつけた。
「カイト!!!」
客席から叫び声が聞こえたので、メルーサが見るとそこには大勢の試験官に取り押さえられているマルクスが居た。
「マルクス!」
「メルーサ!! やめろ!! これ以上、弟を攻撃するのはやめてくれ!!」
「わかってる、もうカイトは起き上がることはない……?」
メルーサはそこまで言うと言葉をつまらせた。あれ程のダメージを与えたにもかかわらず、ゆっくりとカイトは立ち上がった。
「な、何だと! そんなはずはない!」
「う、うう……」
カイトは腕を抑えながら全身血まみれのままその場に立っていた。何度攻撃しても立ち上がるカイトにメルーサは激怒した。
「も、もう諦めろ!! 死にたいのか!!」
「あ、諦めろ……だと…………、諦められるわけないだろーーーー!!!!」
カイトは大声で叫んだ。
「兄ちゃんはこれまで俺のためにいろんなことを諦めてきたんだ! 本当は料理人になりたかった夢も俺のために諦めてくれたんだ。こんな俺なんかを養うためにいろんな物を犠牲にしてくれたんだ」
カイトはフラフラになりながら、必死の形相でメルーサを睨んだ。
「そんな兄ちゃんが初めて自分の意志で望んだことなんだよ。ミラさんと一緒になることが、兄ちゃんの夢なんだよ! 兄ちゃんの願いなんだよ! ここで俺がギルティーにならなかったら、兄ちゃんのその夢も俺のために諦めるかもしれない」
いつの間にかカイトの目からは大粒の涙が流れていた。ここまで育ててくれた兄に対して何もしてこなかった自分が情けなくて、今にも倒れそうな自分を鼓舞するために、必死で叫んだ。
「あ、諦めるわけにはいかねーーんだ!! ここで俺は倒れるわけにはいかねーーんだよ!!」
カイトの叫び声にマルクスは弟が、入隊試験を受けている理由がわかった。
「カイト、お前、俺のために……」
マルクスは大勢の試験官に取り押さえられながらカイトの元に近づいた。今にも倒れそうな姿になっても自分のために立ち上がる弟を見て目頭が熱くなるのを感じた。
その時、空がみるみる厚い雲で覆われ始めた。まだ昼間だと言うのにあっという間に空が薄暗くなっていった。
「ど、どうしたんだ? 空が……」
試験会場に居た数人の試験官が急に変わった空を見上げて驚いていた。
『ピカッ』
『ゴロゴロ』
空は厚い雷雲で覆われた。
「こ、これは? まさか?」
「あ、あれを見ろ!!」
雷がカイトの周りに落ちてきた。いくつもの稲妻がカイトに降り注ぎ始めた。
「間違いない。この力は雷帝だ! あの少年は神格スキルの一つ雷帝のスキルを開眼したぞ!」
試験官たちが驚く中、カイトは無数の稲妻を体に身に纏うとメルーサに向けて雷撃を放った。
「ヒッ!」
メルーサは無数に降り注ぐ雷を避けることができず、雷撃の直撃を受けると倒れて意識を失ってしまった。それを見た瞬間、カイトも力を使い果たしその場で倒れた。
「カイト!!」
マルクスは客席を乗り越えてカイトの元に向かった。ボロボロになったカイトに近づき優しく体を抱きかかえた途端、涙が溢れた。
「カ、カイト! 大丈夫か?」
「に、兄ちゃん。どいうしてここに?」
「バ、バカヤロ。む、無茶しやがって……」
「俺はギルティーになったよ」
「な、なんで? そんなことを?」
「これで俺は一人前だから……、もう兄ちゃんに面倒見てもらわなくても生きていけるよ」
「お、お前。本当に俺が居なくなっても良いのか?」
「何いってんだよ。今まで俺のためにいっぱい自分を犠牲にしてきただろ、これからは自分の幸せのことだけ考えてよ」
「な、何いってんだよ。お前が居たから……、お、俺はずっと幸せだった」
「う、うん……。兄ちゃん今まで一緒に居てくれてありがとね」
「バ、バカ……す、すぐに戻ってくるからな……」
「うん。でも、俺のことは心配しなくていいからミラさんと幸せに暮らしてね」
「あ、ああ。わかったよ……」
そう言うと二人の兄弟は抱き合って泣いていた。
◇
試験会場の医務室でカイトはベッドに横たわっていた。雷帝のスキルを使用したことにより、魔力を使い果たしたため、しばらくは起きないだろう。マルクスは、寝ているカイトの顔を見ていた。まだ幼いと思っていた弟が、いつの間にか大人の戦士の顔になっていることに改めて気付かされた。
「カイト。何かあればすぐに戻ってくるからな。それまで元気でいろよ」
その安らかな寝顔に別れを告げるとマルクスは医務室から出て行った。
医務室から出るとドアの横でメルーサが立っていた。マルクスはメルーサを見ると声をかけた。
「もう傷は大丈夫なのか?」
「ああ、あれぐらいの雷撃で傷つく私じゃない」
メルーサは横っ腹を抑えながら答えた。医療班の話では肋骨が数本折れているらしいが、そんなことは口にしないのが、メルーサらしいとマルクスは思った。
「弟はギルティーになれるのか?」
「ああ、悔しいがこの私にこれだけの傷を負わせて、雷帝の神格スキルまで持っているんじゃ、合格させるしか無い」
「そうか。くれぐれも弟を頼んだぞ」
「ああ。任せろ。でも兄は勇者で弟は雷帝かよ。全く恐ろしい兄弟だな」
メルーサが毒づくとマルクスは少し笑って横を通り過ぎようとしたとき、何故かメルーサの口から待て、と出てきた。マルクスはその言葉を聞いて振り返ると立ち止まった。メルーサはなぜそんな言葉を言ってしまったのか、自分の口から出た言葉なのに分からなかった。
「あ、あの…………、げ、元気でな……」
気が動転した彼女はそれだけをなんとか言い終えると恥ずかしくなり目をそらした。
「ああ。メルーサも元気でな。それじゃ」
マルクスは微笑むと試験会場から出て行った。おそらくこれからミラのいるルーン大国へ旅立ってしまうのだろう。メルーサは去っていくマルクスの背中に向かって幼い頃に救われたことの感謝の言葉を心のなかで呟いた。しかしこの時、直接本人に礼を言わなかったことを後々、後悔することになるのだが、そんなことは今の彼女には知る由もなかった。
◇
グラナダについたマルクスは早速秘密のトンネルを使って、ルーン大国に渡ろうと森の中にある倉庫へ向かった。森を抜けて倉庫に到着すると、倉庫のドアの前に人影が見えた。マルクスが警戒しているとその人影は自分を見つけると慌てて近寄ってきた。
「マルクス!」
近寄ってきた人影はルディーだった。ルディーは慌てて自分に近づくと思いがけないことを告げた。
「大変だ! マルクス! ロビナス村にまたモンスターの大群が現れたぞ!!」
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