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絶対絶命

 ロビナス村の小さな一軒家でミラと弟のダンテは姉弟で暮らしていた。


 この日のミラは朝から上機嫌だった。今夜は月が綺麗に見える夜なので、また愛しのマルクスとヒロタ川で会うことができる。彼女はそう思うだけで、嬉しくて仕方がなかった。まだ日が高いうちから丹念(たんねん)に化粧をしている。弟のダンテはウキウキと上機嫌の姉を見ていた、マルクスと会えるといっても大きなヒロタ川の対岸でお互いの顔もよく見えないのに、なぜ化粧をして、小綺麗(こぎれい)な身なりに着替えているのかわからないと言った表情で、姉の身支度を冷ややかに見ている。


(それほどあいつに会うことが嬉しいんだろう。けどな〜〜、はあ〜〜)


 今夜も姉を護衛するために夜明け近くまで、ヒロタ川の近くで見守るのかと思うと少しうんざりしていた。月の輝く夜にダンテは姉を守るために一緒にヒロタ川まで、毎回一緒に来ていた。今夜もまた明け方近くまで待たされるのかと落ち込んでいると、誰かがミラとダンテの住む家の扉を叩いた。


『ドン! ドン!!』


「ダンテ! 大変だ! 早く来てくれ!!」


 ダンテが急いで扉を開けると、村人が勢いよく家の中に飛び込んできた。遠くから急いで走ってきたのだろう、苦しそうに肩で息をしていた。


「どうした? 何があったんだ?」


「ダンテ! む、村に魔物が、は、早く来てくれ」


「何だと! どこにいる!」


「こっちだ! 案内する」


 村人とダンテはそう言うと家を飛び出した。


 ダンテは村人に連れられて村の中央広場に着いた。遠くの方にゴブリンやオークの大群が村人を襲っているのが見えた。村人達は突如として現れたゴブリンに慌てふためいていた。


 ダンテが前方を見ると幼い子どもを連れた家族がいた、逃げ遅れたのだろうゴブリンがすぐ後ろまで迫って来ているのがわかった。ゴブリンは容赦(ようしゃ)なく手に持った斧を振り上げると幼い子供に向けて振り下ろした。


(危ない!!)


 ダンテは走りながら勢いよく飛び上がると、体を回転させながらモンスターに突っ込んだ。


『グシャ! ザシュ!』


 回転しながら腰に差した剣を引き抜くとそのままゴブリンの首をはねた。


 ゴブリンの首が転がり、頭の無くなった体から勢いよく鮮血(せんけつ)が吹きだす。


「早く! ここから逃げろ!」


 ダンテは叫びながら逃げ遅れた家族を助けようと、ゴブリンたちの前に立ちふさがった。ゴブリンやオーク達が周りを取り囲んで、一斉に襲いかかってきたが、幼い頃から剣豪と呼ばれてきたダンテの敵では無い。あっという間にモンスターの死体がゴロゴロと転がり始めた。目にも止まらない速さで次々にモンスターを両断して、ダンテの周りにはゴブリンやオークの死体で溢れかえった。


 戦いは激しさを増していき、村人たちはダンテの身を案じたが、そんな村人の心配をよそにダンテは一人で、大勢のモンスターを撃退してしまった。


 モンスターの返り血を浴びながら、まだ周りにモンスターが潜んでいないか気配を探っていたが、居ないことを確認するとホッと息をなでおろした。


 これほどの多くのモンスターを相手にしたことは初めてのことだった。本当に自分一人でやり遂げたのか今でも信じられなかった。これもボルダーでルディーというエルフの男と戦ったことで、自分に自身がついたのだと思った。


(あの男は俺を殺そうとしていたが、皮肉にもあの男のお陰で俺は逆に強くなってしまったのか)


 ルディーもかなりの剣の使い手だったことを思い出すと少し可笑しかった。周りにモンスターの気配が無いことを確認して帰ろうと振り返った時、右足に鋭い痛みが走り、その場で倒れた。倒れてすぐに右足を確認して愕然(がくぜん)とした。右足が黒く変色していた、まるで足の細胞が壊死(えし)しているように、動かそうとしてもピクリとも動かなかった。


(攻撃された? 敵の気配は無かったのに? 一体どこから?)


 ダンテは後ろを振り返ったが、そこには誰の姿も無かった。


「だ、誰だ! どこにいる!!」


 ダンテが叫ぶと前方の空間が徐々に歪んで見えて、かすかに黒い塊が飛んでくるのが見えた。


(何だ? あれは?)


 動かなくなった右足を引きずるように這いつくばって必死で飛んでくる黒い塊から逃げたが、そいつは無惨にもダンテの左足首に直撃した。


「ぐあぁあああああ〜〜〜!!」


 鋭い痛みに失神しそうになるのをぐっとこらえて手にした刀を構えた。痛さで額からは脂汗が吹き出した。前方に意識を集中させると何もないと思っていた空間から黒い人影がゆっくりと姿を表した。


「お、お前は? 何者だ!!」


 黒い人影はダンテに姿を見られたことに気づくとゆっくりと歩みを止めた。


「ふん! お前こそ何者だ! こんな田舎の村にお前のような剣士がいるなんて聞いてないぞ。お陰で、この私自らが手を下す羽目になったではないか」


「だ、誰だ? お前は?」


「これから死にゆく者に名乗る名など無い」


 黒い(もや)を全身にまとったような男は傲慢(ごうまん)な口ぶりでそう言うと、手から再び黒い塊をダンテに向けて放った。


「うぉーー!!!!」


 ダンテは剣を掴んで地面に突き刺すと、そのまま動かない足を引きずりながら、腕の力だけで前転をするように飛び上がった。空中で一回転して人影に切り込んだ。


「な、何を? ぐあ〜〜〜!」


 黒い人影は叫び声を上げながら後ろに飛んだ。人影の腕から血が滴り落ちる。


 なんとかダンテの振り下ろした渾身の一撃が影の腕をかすめた。


「き、貴様、こ、この私に……」


 ダンテはボロボロになった足でフラフラになりながら立って剣を構えた。人影は腕を抑えながら悔しがった。


「も、もう許さんぞ。貴様は次で終わりにしてやる!」


「やれるもんならやってみろよ。この村のみんなを、姉のミラを守るのが、死んだ両親に誓った俺の使命なんだよ。お前みたいな奴にやられるわけ無いんだよ!!!」


「ふん! バカが! お前のような者が私に敵うわけが無いだろう、冥土の土産に格の違いを見せてやる」


 黒い影はゆっくりと宙に浮くと、呪文を唱え始めた。するとダンテの立っている地面に魔法陣が浮かび上がってきた。


(やっぱりそうか)


 ダンテは謎の影が魔法を唱え始めたところで、相手がギルディアのエルフであることを確信した。ダンテ達ルーン大国の兵士は入隊すると同時にギルディアのエルフが使う魔法についての講義(こうぎ)をみっちりと学ばされる。そこでは魔法が使える者はエルフであることを学んだ、ルーン大国の人間には魔力がないので魔法はほとんど使えない。稀に魔法が使える人間もいるが、それは聖女や勇者と言った神格スキルを持つもので、ごく一部の人間だけだった。


 ダンテは相手がエルフと知ると少し楽になった。なぜなら戦い方を知っていたからだ。ルーン大国の兵士がエルフと戦うときに、まず最初に教わるのが、エルフと戦うときは呪文を唱え始めたところで攻撃を仕掛けろというものであった。魔法の呪文を唱え始めたら唱え終える前にかならず仕留めるのが鉄則だった。


 ダンテは最後の力を振り絞って影に近づき、なんとか間合いに入ろうとしたが、体が鉛のように重くなって行くのを感じた。全身の力が吸い取られているように重くなった。


「く、くそ、こ、これは?」


「ガハハハ、無駄だ。ピファイ(麻痺(まひ))の呪文をかけたから、もはや指一本も動かせないだろう」


「ち、畜生ーー!」


 ダンテは魔法陣から離れようと必死で体を動かそうと力を込めたが、力を込めれば込めるほど吸い取られるのがわかった。


「貴様は私の逆鱗(げきりん)に触れた罪を償え。エグソーダス(地獄の業火(ごうか))でこの世から灰も残らないように消してやる!」


 黒い影がそう叫んだ瞬間、魔法陣が炎のように赤く輝き出したかと思うと、地面から火の粉が吹き出してきた。ダンテは急激に自分の体が熱くなるのを感じた。


(畜生! こいつはダブルキャスターだったのか!!)


 ダブルキャスターというのは二重詠唱(にじゅうえいしょう)のできるエルフの事を指している。二つ名の通り二つの魔法を同時に詠唱できるエルフで、この人影のエルフの場合ピファイ(麻痺)とエグソーダス(地獄の業火)の魔法の二つを同時に詠唱している。講師の話ではダブルキャスターと対峙した時は、仲間が10人以上いないのであれば、すぐにその場から逃げろと教わっていた。ダブルキャスターはそれほど恐ろしい存在だったが、その数は非常に少なくギルディアの隊長クラスのギルティークラウンの中にも数人しかいないと教わった。


(だとするとこいつはギルディアの隊長クラスかそれよりも上の存在? なぜそんなやつがこの村に?)


 徐々に体が熱くなり意識が朦朧(もうろう)としていく中、これで俺も終わりか、とダンテは死を覚悟した時、空を切り裂く音が聞こえ、黒い影から叫び声が聞こえた。


「ぐあ〜〜〜!!」


 黒い影は叫びながら体制を崩して地上に落下した。


「クッ! 貴様ら〜〜!」


 黒い影は地面に頭を打ち付けると泥だらけになった頭でダンテを(にら)んだ。ダンテはいつの間にか自分を取り囲んでいた魔法陣が消えて体が自由になったことに気づくと後ろを振り返った。そこには村長のおじいさんと姉のミラの姿があった。その脇に床弩(しょうど)と呼ばれるルーン大国が開発した強力な武器があった。空を切り裂いた音の正体はこの床弩という武器だった。


 この床弩という武器は巨大な弓矢を台座に取り付けた兵器で、大人の男が二人がかりでやっと(げん)を引くことができるほど強力な弓矢で2メートルもある矢を400メートルも遠くに飛ばせる事ができる殺人兵器だった。少し前にロビナス村のリュウというならず者の(かしら)をしていた男が、ダンテを殺そうと所持していた武器だった。


 村長とミラが放った矢は黒い影の脇腹をかすめたようだった。直撃はしていないものの、かすめただけでかなり深手を負っているのがわかった。


(これでこいつを倒せるかもしれない)


 ダンテが喜んだのもつかの間、黒い影の腕が光ったと思った瞬間、稲妻が走り床弩に直撃すると、床弩は跡形もなく砕け散った。村長とミラはその衝撃でふたりとも吹き飛んだ。二人は吹き飛ばされて倒れ込んだまま、動かなかった。おそらく意識を失っているようだった。


「ミラーー!! 村長ーー!!」


 ダンテは動かなくなった足を引きずりながら、必死で二人に近づこうとした。


「うぅ〜〜! 貴様ら〜〜、もう許さんぞーー!! この私を二度もコケにしやがってーーー!!


 黒い影はそう叫ぶと立ち上がって呪文を唱え始めた。その瞬間、ダンテと村長とミラの倒れている場所に魔法陣が浮かび上がった。ダンテは再び体中の力が無くなっていった。


(ち、畜生! 今度こそ駄目かも知れない)


 辺りはすっかり日が暮れて真っ暗になっている中、三人の魔法陣だけが激しく光っていった。


「まずはこの俺に傷を負わせた、忌々しいそこの女と爺をお前の目の前で跡形もなく消してやろう!!」


 黒い影はそう言うと再び呪文を唱え始めた。村長とミラの倒れている場所の魔法陣が激しく光り輝き出すと、地面から火の粉が激しく吹き出してきた。


 光り輝く魔法陣を見ながら、ダンテは、兵士になったばかりの頃の事を思い出していた。若いダンテは講師の話をつまらなさそうに聞いていた。その頃のダンテは魔法の講義よりも剣の稽古をするほうが何倍も面白いと思っていた。講義に飽きたダンテは面白半分に講師に質問をした。


「魔法を打ち消すにはどうすればいい?」


 講師はその質問に、ほぼ不可能だ、と答えた。


「ほぼ、ということはできなくは無いということか?」


「呪文を詠唱している者よりもは遥かに高い魔力を有している者しか打ち消すことはできない。しかし我々ルーン大国の人間には魔力は無いからできる者がいるとすれば、ギルディアのエルフということになるだろう」


「ギルディアのエルフの魔法は同じギルディアのエルフにしか解除できないということか?」


「ああ、まあ、そういうことになるだろう」


 ダンテは昔の光景が頭をよぎった。その時の講師の顔は忘れてしまったが、この講師の話だけは印象深い出来事だったので、よく覚えていた。


(この影のエルフはダブルキャスターの使い手だから、この魔法を打ち消すには、この化け物よりも魔力が上回るエルフということになる。そんなことができるエルフはこの世に存在しないだろう)


 ダンテは改めて自分達の置かれた立場に絶望した。


 ミラの周りを包む魔法陣の光がますます眩しく輝きを放ち、徐々にミラの顔が苦痛に歪んでいくのが見えた。


「や、やめろーーーーー!!!!」


「いい気味だ! 死ね〜〜〜!!」


「ゼルドロック(呪文解除)」


 ダンテは自分の後ろでかすかにその声を聞いた。ダンテと影の間にいつの間にかその男は立っていた。ダンテは男の顔を見たが、初めて見る顔だった。男は呪文のようなものを唱えた瞬間、自分と村長とミラを包んでいた魔法陣が跡形もなく消え、体から熱も無くなった。


 ダンテはその顔も知らない男の背中を見て、以前も同じような光景を思い出した。ロビナス村のリュウという盗賊の頭をしている者に姉のミラを人質に取られ、絶体絶命のときに助けに現れたエルフの背中にそっくりだった。


「ダンテ。これはどういうことだ?」


 知らない男に自分の名前を呼ばれてダンテは驚いた。しかしその声でその男の正体がわかった。


(やっぱり! この人はマルクスだ! マルクスが再び俺たちを助けに来てくれた!)

読んでいただきありがとうございます。


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