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対岸の恋人

 ロビナス村の近くに大きな滝があり、人々はその滝をグレートフォールと呼んでいた。その滝から川を少し下ってくると急に川幅(かわはば)が広くなり流れが緩やかになる場所がある。何年もの間、山から流れ出した栄養(えいよう)の豊富な土が堆積(たいせき)しているのだろう、一年中花が咲き誇る場所があり、マルクスとミラはその場所が好きで二人はいつもここで会っていた。


 今日もミラと二人で待ち合わせをしていたが、マルクスの顔からは笑顔が消えていた、それというのもギルディアの司令部からボルダー撤退(てったい)の命令が出されたためだった。


(どうして撤退させるのか? ミラに幸せにしてやると言っておいて今更どうしたものか?)


 まだ幼い弟を一人で置いていけないもどかしさに、マルクスはボルダー撤退の指令書をくしゃくしゃに握りしめた。


 (おだ)やかな川の水面(みなも)を眺めていると視線の先に彼女が手を振っていた。こちらに早く気づいてほしいのか、小さい体に必死で手を頭の上に伸ばして大きく弧を描くように左右に振る仕草がとても愛おしく思えた。キラキラと輝く笑顔を見るだけで心が穏やかになる。こちらをまっすぐ見つめる瞳はまるで宝石のように輝いて見えた。


「待った?」


「いや、全然だよ」


 笑顔で答えたが、顔が曇っていたのだろう、ミラはすぐにマルクスの様子がおかしいことに気づくと心配そうな顔で訪ねた。


「どうしたの? 元気がないように見えるけど?」


「ん? あ、ああ、全く。ミラに隠し事はできないな」


「ふふふ、あなたのことならすべてお見通しですよ」


 マルクスは仕方ない、と小さな声で言うとミラを真剣な顔で見た、ミラもマルクスの様子で何かを感じ取ったのか顔から笑顔が消えた。


「実はボルダーからの撤退命令が出された」


「え?」


 ミラはマルクスの言葉に頭が真っ白になった。


「撤退? どこに行くんですか?」


「グラナダだ」


「グラナダって? ヒロタ川の向こうの?」


「ああ、そうだ」


 ルーン大国の人間にとってグラナダに行くということは、ギルディアに帰ると言うことに等しかった。そのことはミラもすぐに理解した。


「ギルディアに帰ってしまうんですね」


 マルクスは真剣な表情でああ、と返事をした。


「そうですか……」


 ミラはそれだけ言うと押し黙ってしまった。しばらく二人の間に沈黙が流れた。マルクスは何か声に出そうとしたが何も出てこない。せっかく愛している人が目の前にいるのに、沈黙がこれほど辛い時間に感じるとは思っても見なかった。しばらく経った頃に沈黙を破るようにミラが話し始めた。


「いつかまた会えますよ」


「そ、それはわからない……」


 ミラはマルクスだったらそうだねと元気づけてくれると思っていたので、少し悲しかった。


「大丈夫ですよ……、きっと……」


「なぜ、そんなことが言えるんだよ」


「え? あの、私……」


 マルクスはミラの言葉に苛立(いらだ)った。自分はミラを心の底から愛しているのに、ミラは自分のことを愛していないのでは?と、この瞬間、不意に思ってしまった。


「ミラは、俺のことをどう思ってるんだ?」


「私は……」


 そのまま、ミラは押し黙った。その態度がマルクスを一層不安にさせてしまった。


(自分はこんなにもミラを思っているのに、ミラは俺を愛していないのじゃないか?)


 そう思うと絶望感がマルクスを襲った。


「別れよう」


「え?」


「やっぱり、ルーン大国の人間とギルディアのエルフでは結ばれることは不可能なんだよ」


「そ、そんな……」


「良いんだよ気を使わなくて、俺は君を忘れるから、君も俺のことは忘れてほしい」


「マルクスそれは本気で言っているの?」


「ごめん、さよなら」


 それだけを言うとその場にいるのが耐えられ無くなったマルクスは逃げるようにミラの前から姿を消した。すぐにマルクスの心は寂しさでいっぱいになった。


 ◇


 その日から数日かけてボルダーからギルティーたちの撤退が行われた。いよいよマルクスたち最後の隊員が撤退する日の朝、マルクスがボルダーの門をくぐると年老いた人間が門の前で立っていた。老人はマルクスを見るとすぐに近寄ってきた。


「マルクスさん」


「ん? あなたは確か? ロビナス村の村長さんか?」


 ロビナス村はミラの住んでいる村で、この老人はそこの村長をしていた。


「どうしてあんたがここに?」


「いや、村を救ってくれた恩人にせめてものお礼にと思って、これを受け取って欲しい」


 村長はそう言うと袋から丸い石のついたネックレスを差し出した。


「これは?」


「ロビナス石と言って月の光を浴びると光る燐鉱石(りんこうせき)というものです」


「燐鉱石?」


「はい。陽の光をあびてその光の一部を蓄光(ちくこう)と言って貯めておくことのできる石です」


「その貯めた光が月の光を浴びると光りだすのか?」


「はい、きれいな青い色で光り輝きます。ロビナス村の特産品ですよ」


「そうか」


 マルクスは弟のカイトのお土産に丁度いいと思い石を村長から受けとった。


「それじゃ、さようなら」


「あの。ミラとは本当に別れて良いんですか?」


「それは……、どういうことだ?」


「いや、ふたりとも愛し合っているのになぜ、別れるのかと聞いているんです」


「愛し合っている? 俺は愛していたが、ミラはそうじゃないみたいだ」


「フッフッ……」


「何かおかしい?」


「いえ、失礼しました。本当にマルクスさんは女心がわかっていないと思いまして」


「なんだと!」


「本気でミラがあなたを愛していないと思っているんですか?」


「そ、そうだ」


「あなたにはまだ幼い弟が居ますよね」


「どうしてあなたがその事を知っているんだ?」


「ミラから聞きました」


「ミラから? 俺はミラに弟のことは教えていないはず」


「ミラはルディーさんから聞いたと言っていましたよ」


「ルディーから? まあ良い、俺に弟がいることがどうしたと言うんだ?」


「まだわからないんですか?」


「なんだ?」


「あなたに来てほしいと言えば、弟を見捨てられないあなたは自分と弟のどっちを選択するか悩んでしまうと思ったから、あえてそっけない態度をとってあなたを苦しめないようにしたんですよ」


「う、嘘だ!」


「嘘を言うために私がわざわざここに来ると思いますか?」


「そ、そんな……」


「これだけは信じてほしい。ミラは本当にあなたが好きで好きでいつまでも一緒に居たいと思っていましたよ」


「そ、そんな……わ、私は……な、なんてことを……」


 マルスクは自分が許せなかった。なんでミラの事を信じてやれなかったのか後悔した。気づくとロビナス石を握りしめていた。


(そうだ!)


 マルクスは村長にロビナス石を見せながら言った。


「ミラに伝えてほしいことがある。ミラを疑った俺を許してほしい。もし許してくれるなら明後日(あさって)の満月の夜にヒロタ川のほとりで待っているから来てほしい」


 村長は必ずミラに伝えると約束するとロビナス村に帰っていった。


 ◇


 夜のヒロタ川に満月が登っていた。静かな水面に反射して満月の美しいシルエットが浮かび上がる情景(じょうけい)は幻想的だった。マルクスは川沿いを一人歩いていた。夜風が心地よく吹き抜け澄み切った空気と静かな水面を見ていると時間がゆっくりと流れている錯覚(さっかく)を起こしてしまう。 


 ボルダーから撤退して2日が経ち、ミラと落ち合う約束した日になりヒロタ川の川辺に来た。


 ロビナス村の村長が言った通り、ロビナス石は満月の光を浴びて綺麗(きれい)な青い光を放っていた。月の光よりもはるかに(まぶ)しいその光は、川の対岸にいる人にも届くほどだった。


(これなら対岸に来たミラにも気づいてもらえるだろう)


 マルクスは対岸のルーン大国の方をずっと見ていたが、対岸に人影は無く真っ暗で静まり返っていた。


(やっぱりミラは俺のことを許してくれないのだろうか?)


 ミラのことが信じられなくなり、一方的に別れを告げてしまった自分を悔やんだ。


(どうしてあの時、彼女のことを信じてやれなかったのだろうか? どうしてもっと話をしなかったのだろうか)


 あの日から何十回、何百回と繰り返し後悔してきた。


 マルクスは誰もいない対岸をこれ以上見続けることが耐えられなくなり、うつむいてヒロタ川の水面をじっと見ていた。満月に照らされた水草たちが波に揺られているのを見ていると情けない自分を笑っているように見えた。


(こんなにも自分は愚かだったのか、このまま消えてしまいたい)


 マルクスが何百回目かの後悔に(さいな)まれていると遠くの水面にうっすらと青い光が見えた。まさかと思い顔を上げて対岸に目を向けると、左右に大きく揺れる青い光が目に止まった。小さな体を左右に目一杯振って遠くの自分に見えるように必死で振っている人物像が想像できた。それはいつも二人で会う時にミラが行っていた行為だった。


(ミラだ! 俺を許してくれるのか!)


 満月の光に照らし出された光に応えるようにこちらもロビナス石を左右に降ると向こうも負けじと力一杯左右に振って答えてくれた。そのしぐさを見て紛れもなくあの光の主は彼女だと確信すると涙が溢れてきた。たとえ間近で触れ合うことができなくても彼女の心はすぐに近くにいるように感じることができた。


 ヒロタ川の対岸でミラは同じことを思いながら目一杯マルクスに向けてロビナス石を振っていた。


(マルクス。私の心はいつまでも変わらずあなたのそばにいます)


 二人は夜が明けて薄っすらと互いの姿が確認できるようになるまで、ずっとその場から離れなかった。 

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