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メル―サの危機

「な、なんだと!! ダリア、それは本当か?」


 デミタスの恐ろしい形相(ぎょうそう)に年配の女性エルフは震えながら、はい、とだけ答えた。叡智の杜(えいちのもり)から出てきたメル―サとたまたまドアの前で鉢合わせたことを話しただけなのに、なぜかデミタスは普段穏やかな態度を急に一転させるとダリアに詰め寄った。


「叡智の杜でメルーサは何を調べていた?」


「そ、それは……、私にはわかりません」


「チッ!」


 ダリアの返事に舌打ちをするとデミタスはそのまま執務室を出て行った。


『バタン! ドン!』


 デミタスは叡智の杜のドアを勢いよく開けるとそのまま力任せに閉めた。叡智の杜は異空間につながって、そこは広大な草原が広がっていた。青空に吹く風が(ほほ)をなでて心地よい。しかし今のデミタスにはそんなことはどうでも良かった。デミタスは大声で館長のロニの名前を叫んだ。


「ロニーーー!! 居るか? 出てこい!!」


「何事ですか? デミタス様」


 ロニは空中から姿を表すとゆっくりと地上に降りてきた。


「メル―サがここに来たと聞いたが本当か?」


「ええ。確かにメル―サ様は半日ほど前にここを訪れました」


「メルーサは何を調べていた?」


「確か、イスリ村のことを調べていました」


「なんだと!! イスリ村だと!!」


 デミタスはイスリ村と聞いて激しく動揺(どうよう)した。


「あの何か? 不都合はありましたか?」


 ロニの問いかけを無視して再びデミタスは高圧的な態度で聞いた。


「それであの女はイスリ村の何を調べていた?」


「イスリ村で何が起こったのかを調べていましたが、あまり情報が無くてガッカリしていました」


「そ、そうか……」


 デミタスは少しホッとした。


 イスリ村の資料を破いたのはデミタスだった。デミタスはマルクスが勇者のスキルを開眼したことを知る唯一のエルフだった。デミタスは数年前、あることがきっかけで暗黒邪神アルサンバサラに魅了(みりょう)された。位の高いエルフが邪神に魅了されることを悪魔憑(あくまつ)きといい、昔から国を滅ぼすとされてきた、この悪魔憑きをこの世界で唯一倒すことができる者が勇者のスキルをもつマルクスか聖女のスキルを持つ者だけだった。


 何十年も昔にイスリ村を訪れたデミタスは、そこでたくさんのルーン大国の兵士の死体の中で立っている一人の少年を見つけた。勇者にしか召喚できない魔獣をその時初めて目の辺りにしたデミタスは、この少年が伝説の勇者の称号を持っていると確信した。幸いに村に訪れたのはデミタス一人だったので、周りに自分以外の目撃者がいないことを確認すると、そのまま少年を殺そうとしたが、それはできなかった。まるで雷のバリアが張っているかのように、少年に近づくと、稲妻が体中に走り指一本触れることすら叶わなかった。


(これが噂に聞く神の御加護(ごかご)か?)


 勇者のスキルを持つ者を悪魔憑きは直接手にかけることはできない。吹けば飛ぶような幼い命をどうすることもできない歯がゆさだけが残った。その幼い少年こそがマルクスだった。マルクスはまだ赤ん坊だった弟を必死で守っていた。


(さて、どうするか?)


 この少年をこのまま見過ごすと、近い将来必ず自分の(わざわい)になるだろう、このまま放置して勇者のスキルを持っていることが世間に広まると、祭り上げられてなかなか手が出せなくなる。幸いなことに周りには自分とこの幼い兄弟だけしかいない。


 デミタスはこの少年が勇者のスキルを開眼していることを必死で隠蔽(いんぺい)した。大人になったマルクスを自分以外の誰かが、殺害できるように仕組んだ。そのため、マルクスがギルティに入隊した直後に、最前線の危険度が一番高いボルダーに配属したのはデミタスだった。


 デミタスは先程から(ほう)けた顔をしているロニに腹が立って、ものすごい形相でロニをにらみつけた。


「それでメルーサに何を教えたんだ?」


「はい。それがイスリ村の資料の一部が無くなっていて、長老にメル―サ様を会わせました」


「な、何だと! 長老に合わせたのか?」


「は、はい……」


「それで! 長老は何と答えた」


「はい。長老はイスリ村で生き残った兄弟はローゼンブルグに住んでいると教えていました」


「なんだと!! そ、それで、メル―サはどうしたんだ?」


「さあ? その後のことはわかりませんが、メル―サ様も幼少の頃、ローゼンブルグに住んでいたと言っていましたので、おそらくローゼンブルグに向かわれたと思います」


「ローゼンブルグだと……、それだけか? メル―サが聞いたことは?」


「は、はい。それだけです」


「そうか、わかった邪魔したな」


 デミタスはロニにそう言うと叡智の杜を出て行った。廊下を歩きながらメル―サの行動を推測(すいそく)した。


(おそらくローゼンブルグに行ったとしても何もつかめないだろう……!? だが、待てよ……、弟のカイトは俺の顔を知っているし、俺とマルクスの(つな)がりに気づいてしまうかもしれない)


 自分の執務室のドアを開けると、イスに深く座り込んだ。


 今からローゼンブルグに向かっても、半日先に発ったメル―サに追いつくことは不可能だった。しばらく考えた後、あることを思いついた。


(そうだ! ローゼンブルグからグラナダへ向かう街道で待ち伏せしてモンスターに襲撃させよう)


 デミタスには暗黒邪神アルサンバサラに魂を捧げた際に特殊なスキルを二つもらっていた。一つはモンスターを自由に呼び出すことができる、モンスター召喚と二つ目は、モンスターを凶暴化することができるバーサークだ。


(私の呼び出すモンスター達で、メル―サを殺害して、忌々(いまいま)しい口を封じてやる) 


 デミタスはそう決心すると背もたれに背中を押し付け、天井を見上げながら不敵な笑みを浮かべた。


 ◇


 真っ暗な森の一本道を一台の辻馬車(つじばしゃ)が走っている。この道はローゼンブルグとグラナダを結ぶ街道で昼間はそれなりに往来が激しいが、今は夜中なのであまり街道を通るものはいなかった。季節は春先だったが、夜になると肌寒い風が吹いてきた。幌をかけただけの辻馬車の荷台の隙間から夜風が容赦なく入ってきて人々は互いに体を温めるように肩を寄せ合って乗っていた。家族と思われる人々もいて中には小さなこどもの姿もあり、そこにはメル―サの姿もあった。


 メルーサはルーン大国にあるボルダーと呼ばれるギルディアの前線基地に向かっていたが、ギルディアとルーン大国は戦争状態なので、直接ボルダーに行くことができない。そのため一旦グラナダという町に向かっていた。ボルダーに行くためにはグラナダにあるヒロタ川と呼ばれる川を渡らなければならない。このヒロタ川から向こう側がルーン大国になっている。そのため対岸にいるルーン大国の兵士に見つからないように、真夜中の夜影(やえい)にまぎれてひっそりと渡らなければならない。


 乗客達は、ゆらゆらと揺られる辻馬車の荷台でいつの間にかウトウトしていると突然、馬が唸り声を挙げると、急停止した。寝ていた人々は一気に前方に吹っ飛んで何人かは頭を荷台の壁に強打した。


「どうしたんだ!?」


 男が馬車の運転手に聞いた。


「す、すぐに逃げろ!! 前方にモンスターの大群だ!!」


「なんだと!!」


 運転手が前方に持っていたランプを(かか)げると遠くの木の陰からぞろぞろとゴブリンの影が出てくるのが見えた。


「畜生! 逃げろ!」


 乗客の男はゴブリンの姿を確認するなり、馬車の後ろの荷台の(ほろ)を跳ね上げてそのまま後ろに逃げだした。男の姿はあっという間に闇に飲み込まれたように消えていった。


「ウワァーーーー!!!」


 先程逃げた男の悲鳴が聞こえてきたので、男の姿を確認するように荷台に乗っていた人々が後ろの幌を跳ね上げると、ゴブリンよりも大きなモンスターが手に持った剣を男に突きつけた。


「ギャーーーーーー!!」


 断末魔(だんまつま)とともに男はその場でぐったりと倒れた。


「駄目だ馬車の周りをモンスターに囲まれたぞ」


「「キャー―ーーー!!」」


 女性は悲鳴を上げて子どもたちは震えていた。


「どうしよう神様」


「パパ、ママ怖いよう」


「大丈夫だ神様に祈ろう」


 馬車の荷台はたちまちパニックになった。その光景を見たメル―サは冷静に立ち上がると怖がって泣き叫んでいる子供達に近づくと優しく言った。


「大丈夫! 心配するな。お姉ちゃんがモンスターなんか蹴散(けち)らしてやるから、もう少しここでじっとしてるんだぞ」


 子供たちは泣き顔を上げてメル―サを見るとコクリとうなずいた。

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