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メル―サの憂鬱

『ガタン!!』


「はぁ〜〜」


 執務室の重い扉を閉めると思わずため息がでた。


 ため息の主はメル―サだった。いつもは戦闘服に身を包んでいるが、今は正規の軍服を着ていた。それというのも、彼女は中央司令部に呼ばれてギルディアの首都ガルダニアにいた。


 来る日も来る日も司令室に呼ばれては、質問攻めに合っていた。聞かれることは決まって新しくギルティークラウンとして赴任してきたマルクスのことだった。


 だがその退屈な日々も今日で終わった。明日はまたボルダーに帰れる、そう思うと彼女は意気揚々(いきようよう)と司令部の廊下を歩いた。


「メル―サ隊長?」


 いきなり声をかけられてメルーサは驚いた。


「ん? ああ。ダリアさん」


 後ろを振り返ると秘書官のダリアが立っていた。ダリアは少し年をとった女性のエルフで、人間の年齢でいうと40歳ぐらいの容姿をしているマダムのような女性だった。


 メル―サはこの女性はあまり得意ではなかった。人懐っこい性格でやたらとおしゃべりな女性なので、この人に話しかけられると話が長くなると思い。あまり饒舌(じょうぜつ)でないメルーサは苦手意識を持っていた。


「メル―サ。また、局長たちから質問攻めにあっていたのね」


「え? あ、はい。でも今日で終わりですので、ホッとしているところです」


「えーーーー! 今日でお別れなの? 寂しいわ〜〜」


「は、はい。そうですね。私も寂しいです」


 メル―サはこころにも無いことを言ってみた。


「メル―サ、それじゃこれから時間はあるかしら?」


「え?」


「よかったら一緒にお茶でもする?」


 ダリアに誘いを受けて(あせ)ったメル―サは思わず時間が無いとダリアの誘いを断った。


「ごめんなさい、これから用事があるので……」


「あら! そうなのね、ごめんね引き止めちゃって、じゃあねまた司令部に来たら顔だしてちょうだいね」


 ダリアはそう言うとニッコリと笑って手を振ってきた。メル―サも思わず笑顔になると別れを告げた。かなり引きつったような笑顔だっただろう。これでやっと一息つけると思ったとき、背中からダリアの声がして再びメル―サに緊張が走った。


「あ、そうだ! せっかく中央司令部に来たんだから、あそこには行った?」


「? あそことはどこですか?」


「何いってんのよ。叡智(えいち)(もり)よ。中央司令部といえば叡智の杜というほど有名でしょうが」


 叡智の杜とは、中央司令部にある資料館のことで、内部にはこれまでの何億年というギルディアの歴史が資料として保管されている。


「いえ。まだ行っていないです」


「え〜〜。それはもったいないわ。何も調べるものがなくてもあそこには絶対行くべきよ!」


 ダリアはそう言いながら詰め寄ってきた。メルーサは顔をひきつらせながらわかりました。と言って約束するとその場を逃げるように去った。


 メル―サはダリアと別れた後、トボトボと廊下を歩いていると『叡智の杜』と書かれた扉の前で立ち止まった。


(ギルディアの歴史が何でもある資料館か……)


 ダリアに絶対に行くように勧められて返事をした手前、このまま寄らずに通り過ぎるのもなにか後ろめたい感じがした。


(そう言えば……)


 メル―サは以前からマルクスのことで気になっていたことがあった。それはルーン大国の兵士達はマルスクの姿を見て口々にイスリの悪魔と呼んでいたが、その事実がギルディアに伝わっていなかった。


(イスリで何が起きたのか? マルクスはルーンの兵士たちに何をしたのか?)


 メルーサはイスリで何が起こったのか調べるために叡智の杜のドアを開けた。


 叡智の杜の中は草原が広がっていた。見上げると天井はなく青い空が見えた、部屋の中だと思っていたが、外の世界に飛び出したような感覚に驚きを隠せない。草原の先には本当の森が果てしなく続いていた。


(なんだ? ここは?)


 草原にぽつんと立っていることしかできない。まだ状況がはっきりと認識できていない中、上から声が聞こえた。


「なにかお探しの資料はありますか?」


 メル―サは上を見上げると老人がゆっくりと降りてきた。


「え? あ、あなたは?」


「私はこの叡智の杜の館長を仰せつかっています。ロニと申すものです」


「こ、ここは外の世界ですか?」


「いえ。ここは無限回廊(むげんかいろう)という魔法で異空間(いくうかん)につながっています」


 異空間と言われてもあまりわかっていないが、とりあえず、はあ~、と気のない返事を返した。


「あの、資料を探したいんですが、あなたが見つけてくれるのですか?」


「ええ。そうですよ。これだけの資料の中からお望みの資料を探すのは不可能ですから」


 メル―サは少しホッとした。


「あの〜〜。イリス村のことを知りたいんですけど?」


「ん? イリス村? あのルーン大国に滅ぼされた村ですか?」


「はい。ありますか?」


「ええ。もちろん。少し奥になりますが、私に着いて来てください」


「はい。わかりました」


 ロニはメル―サの返事を聞くと振り返って目的地に行こうとしたところで立ち止まった。メル―サはどうしたのかロニの方を(いぶか)しげに見るとロニは一点注意があります、と言った。


「私とはぐれないようにしてくださいね」


「え?」


 メル―サはなぜか分からず、ロニの言葉の意味を考えているとロニは真面目な顔をして付け加えた。


「私とはぐれると一生ここから出られなくなりますので、注意してください」


 そう言うとロニは再び歩き出したので、メル―サはすぐに後ろを着いていった。


 森の木々はどれも直径10メートルはあるような、大木が生えていてその幹に大小様々な本がびっしりと並べられていた。広大な森の木々一本一本にこれと同じように大量の本が隙間なく並べられているのを見て改めて資料の膨大さに感心した。


 ロニはそのまま、森のずーっと奥まで進んで行くとこれまた大きな(かし)の木の前で止まった。


「少しここで待っていてください」


 ロニはそう言うと浮遊魔法(ふゆうまほう)をかけて上空に浮かび上がると大木の上の方に上がっていった。30メートルほど登ったところの幹にあった本を取り出すとゆっくりと降りてきた。


「この本にイリス村のことが書かれています」


 メルーサはロニから本を手に取るとイリス村の記事を探した。そこには確かにイリス村のことが書かれていた。ルーン大国によって村人が全滅させられたこと、生き残ったのは二人の幼い兄弟だったことが記載されていた。次のページをめくると破られた後があり、それ以上の情報が無くなっていた。


「これは?」


「ん? そんな……、一体誰がこんなことを」


「ここには何が書かれていたんですか?」


「そ、そこまでは私には……、わからない」


「そんな……」


 メル―サが残念がっているとロニは思い出したように言った。


「長老に聞いてみましょう。長老ならば知っているでしょう」


「長老ですか?」


「ええ。この叡智の杜のすべてを知るものです。すぐに転移するので私に(つか)まってください」


「え? 転移ですか?」


「そうですよ。歩いていくと一週間は掛かってしまいますので」


 メルーサはその言葉に驚いたが、ロニはそんなメル―サなど気にもとめずに転移魔法を唱えた。次の瞬間、二人は(まぶ)しい光に包まれた。


 光に耐えられず、目を閉じていたメルーサの(ほほ)を心地よい風が撫でた。ゆっくりと目を開けると目の前に大きな(みずうみ)が広がっていた。二人は湖の(ほとり)に立っていた。沖の方に大きな木が一本立っていた。青々とした枝を大きく広げてこの世のものとは思えないほどの神々しい(たたず)まいに息を飲んだ。


「あれがこの叡智の杜の長老です」


「あの大木にいるのですか?」


「ええ。そうです」


「あそこにはどうやって行くのですか?」


 メル―サが周りを見渡しても船がないので、ロニに聞いてみた。


「その必要はありません」


 ロニはそう言うとそのまま湖に入っていった。わけが分からずメル―サも急いでロニの後に続いた。慌てて着いてきたけど、ロニが船は必要ないと言った意味がすぐに分かった。それは、どれだけ湖の中に入ろうが、水深はくるぶしが浸かる程度の深さしか無かった。自分たちが水面に入るたびに波打つ波紋(はもん)がどこまでも広がっていく姿がとても神秘的で心地よかった。


 やがて二人は長老がいる大木に近づくと目の前で立ち止まった。


「長老。お久しぶりです。ロニです」


 ロニは大木に向かって叫んだ。メル―サはどこに長老がいるのかキョロキョロして探していた。上を見上げて青々とした枝の間を凝視(ぎょうし)しているといきなり目の前の大木の幹が横に大きく開いた。


「ロニか? およそ1000年ぶりだな〜〜〜」


 上から降りてくると思っていたのに、目の前の大木から声が出てきた時には心臓が飛び出るほどに驚いた。どうやら長老はこの大木そのもののようだった。左右に大きく割れたのはこの大木の口だった。


「ここにいる、メル―サという女性がイリス村のことで聞きたいことがあるようです」


 ロニに言われてメルーサは大木を見た。


「ん〜〜。イリス村のことが知りたいのか?」


「はい。資料の一部が無くなっているので、ここに何が書かれていたか知りたいんです」


 ロニはメル―サが話し終わると破れたイリス村の資料を長老に見せた。


「おお、本当に誰がこんなことを……ん〜〜」


 長老はそう言ってしばらく考え込んだ後、思い出したように口を開いて話し始めた。


「そうそう、そこには確か生き残った二人の幼い兄弟がその後、ローゼンブルグの親戚の家族に引き取られたと書いてあったな」


「ローゼンブルグ?」


 メルーサはそう言うと固まった。彼女も小さい頃にローゼンブルグに住んでいた。


「あの〜、それ以外の情報はありますか?」


「ん〜〜、いや、それだけだな」


「え? それだけですか?」


「ああ。それだけだ」


「そ、そうですか。わかりました」


 メル―サは少しガッカリしたが、お礼を長老に言うとロニと一緒にもとの草原に帰ってきた。


「あまり役に立たなくて申し訳ない」


「い、いえ。こちらこそ親身に探してもらって頂いてありがとうございます」


「それではまた、いつでも来てくださいね」


「はい。お世話になりました」


 そう言うとメル―サは叡智の杜を後にした。部屋のドアを開けるとダリアが立っていた。


「あら、メル―サ探しものは見つかった?」


「あ、ダ、ダリア? え、ええ。おかげさまで立ち寄ってよかったわ」


「そう、それは良かったわ」


 彼女はそう言うとすぐに立ち去っていった。用事があると彼女との会食を拒んでいたので、いろいろ突っ込まれ無いかヒヤヒヤしたがダリアはそんなことは覚えていないようで助かった。


 メル―サは中央司令部の建物を出ると宿舎に向かった。歩きながら先程の長老の言っていたことを思い出した。


(マルクスと弟はローゼンブルグに居たのか。そうだ! ボルダーに帰る前にローゼンブルグに寄ろう。何かマルクスのことが分かるかもしれない)


 次の日の早朝、メル―サはローゼンブルグに向けて出発した。

読んでいただきありがとうございます。


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