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悲しい決意

 ミラはロビナスの家でボルダーのエルフ達に渡す食料を袋に詰めていた。


(今夜は何を作れば喜んでもらえるかしら?)


 ミラの(ほほ)の傷もマルクスの回復呪文により、かなり目立たなくなってきた。おそらく今日あたりには完治できるだろう。だが完治してもミラはボルダーに通うことを決意していた。最近のミラとマルクス二人の関係はマルクスがミラの頬の傷を治す代わりに、ミラはマルクスにルーンの家庭料理を教えるという関係が続いていた。


 そのため傷が治ったからといって、マルクスに会えなくなるという考えは微塵(みじん)も感じていなかった。


(早く会いたい)


 あと少しで、またマルクスに会えると思うと嬉しくてたまらなかった。上機嫌でボルダーに向かう準備をしているときに、家に誰かが訪ねて来た。


「ごめんください」


「はい」


 ミラは家の玄関に行くとロビナス村の村長が立っていた。村長は白髪交じりの初老の男だった。とても優しい人で両親のいないミラとダンテを何かと気にかけてくれていた。二人もそんな村長を心から(した)っていた。


 ミラは村長の顔を確認した途端(とたん)、何をしに尋ねてきたのか分った。


「ミラさん。この前の返事を聞かせてほしんだが?」


「村長さん、私はまだ結婚する気はありません」


 数日前から村長は何度もミラの家に来ては、知り合いの男性との結婚を勧めてきた。隣村の男でダンテと同じルーンの兵士に従事(じゅうじ)している(いさ)ましい男だった。


「悪い話じゃ無いと思うんだが、ダメかい?」


「ええ。私はまだ結婚するつもりはありません」


「彼と結婚すればダンテの出世も早くなるかもしれないよ」


「え? どうしてですか?」


「彼の父親はルーン大国の重役を努めていて、彼自身も若いのにルーン大国の兵士長を務めている将来を約束された男だよ。彼と親族関係となればきっとダンテもすぐに軍に認めてもらえるようになるぞ」


 ミラはダンテの将来を思うと少し気持ちが()らいでしまった。ミラから見てもダンテは早く出世したいと常々呟(つねづねつぶや)いていることを知っていた。その思いの根幹(こんかん)は早くミラを楽にさせてやりたい、自分の給金(きゅうきん)だけでミラを養いたいと思うダンテの心優しさからきているのだが、そこはミラにはあまり伝わっていなかった。


「で、でも……」


「何を迷うことがあるんだい? まさか? 誰か他に好きな男がいるのかい?」


「そ、それは……」


「なんだよ水臭い。それならそうと言ってくれればいいのに、じゃ、この見合い話は白紙にしよう」


「は……はい」


「わっはっはは、そうか、ミラさんにもやっとそう思える人ができたんだね。それでその幸せな男性はどこの誰だい?」


「そ、それが……」


 ミラは村長に真実を言うか迷った。昔から私たちを自分の本当の子供のように接してくれた親代わりの人に嘘を言うのも忍びないと思い、本当のことを告げた。


「実は、マルクスというギルディアのエルフなんです」


「なに! ギルディアだと!!」


 村長は急に(けわ)しい顔をするとミラを(にら)みつけた。


「し、正気なのか? ギルディアは敵国だぞ!」


「は、はい」


「だ、ダメだ! ダメだ! よりによってギルディアの奴を好きになるなんて! そんなこと軍に知れてみろ、それこそダンテの兵士としての立場も(あや)うくなるぞ!」


「そ、そんな……」


 村長は喜んでくれるに違いないと思っていたミラは悲しい顔で村長を見た。


「そんな顔で俺を見ないでくれよ。いいかいミラ。これ以上ギルディアの奴らに近づくのはやめるんだ」


「ど、どうしてですか?」


「これ以上奴らに会って、もし軍にロビナス村の者がギルディアにつながっていると、知られたらどうなると思う?」


「そ、それは……」


「これ以上関わると君だけじゃない。このロビナス村の者全員が敵国につながっていると疑われてしまう。いいか今日で会うのは最後だと奴らに説得するんだよ」


「今日で、最後ですか……」


「そうだ。奴らに逆恨みされて、この村を襲撃(しゅうげき)させないようにもう行かないと、話して納得してもらうんだよ」


「そんな、彼らが村を襲撃するようなことは、絶対にしません。その逆で彼らが……」


 そこまで話してミラは思いとどまった、リュウ一味を倒したのはマルクスやルディーのギルディアのエルフだと知っているのは、ミラとダンテの二人だけだった。そのためロビナス村の人達はダンテがリュウ一味を倒したと信じていた。その後ギルディアの基地でマルクスとルディーにあったとき、二人からは絶対にあの日のことを口外しないように、ミラはお願いされていたのを思い出した。ミラの話が途切れて怪訝(けげん)な顔をしながら村長は再び言い聞かすように話しだした。


「いいかい絶対に村のみんなには迷惑を掛けないように頼んだよ」


 村長に言われて、ミラは村人全員に迷惑をかけるわけにはいかないと思い渋々(しぶしぶ)はい、と返事をした。


「君たちのおかげでリュウ一味をこの村から追い出すことができて、二人には深く感謝しているんだ。いいかいそのエルフのことは忘れて隣村の男と結婚するんだよ」


「え? そ、それは……」


「大丈夫だよ。これからも私が責任を持って君たち二人を幸せにしてあげるから、私を信じてくれ」


 村長は悲しそうな顔をしているミラの顔をこれ以上見ることはできないと思ったのだろう、それだけを言うと家から出ていった。村長が出ていってしばらくしたところで、入れ替わるように弟のダンテが帰ってきた。


「ただいま……?」


「おかえりなさい」


 ダンテは姉のミラの顔が曇っていることを不思議に思った。


「家の前で村長さんとすれ違ったけど、何かあった?」


「え? ああ、大丈夫よ。あなたが気にすることじゃないわ」


「そう? なら良いけど……」


 ダンテは疲れていたのでそれ以上は深く考えなかった。それにもうすぐ今夜もボルダーに行けば姉の機嫌は良くなるだろうと思った。それほどミラはマルクスに会えるのを楽しみにしていることが弟のダンテにはわかっていた。


 二人は夜になってボルダーに向かった。ミラは今日で会うのが最後だと思うと、初めてボルダーへの足取りを重く感じた。


 ◇


 ルディーは朝起きると食堂に向かった。ミラとダンテが毎晩食料を運んで来てくれるおかげで食料庫は潤沢(じゅんたく)になった。食堂につくとマルクスが思いつめた顔で席に座ってじっと朝食を(にら)んでいた。かなりの時間そうしていたのだろうせっかくの温かいスープはすっかり冷めきっていた。


 食事も喉を通らない、そんな様子だった。


「マルクスどうした?」


「ああ、ルディーか?」


 うつろな目をしたマルクスがルディーを見た。


「どうしたんだ? 顔が死んでるぞ」


「じ、実は。ミラのことが頭から離れないんだよ。寝ても覚めても彼女のことをずっと考えて夜も寝られない。俺は病気になったのか?」


「はあーーー?」


「やっぱり変だよな?」


「マルクス……お前……」


「これはどうすれば良くなるんだ?」


「彼女のことは忘れるんだ。それがいい」


「な、なぜそんなこと?」


「お前は彼女のことを愛してしまったんだよ」


「愛だと? これが人を好きになるという感情なのか?」


「ああそうだ。彼女のことが好きで、好きでたまらなくなっちまったんだよ」


「お、俺はどうすれば良いんだ?」


「俺達はギルディアでミラはルーン大国の人間だ。一緒になっても絶対に幸せにはなれない」


「そ、そんなことはやってみないとわからないじゃないか?」


「分かるんだよ。俺の両親がそうなのを知っているだろ」


 ルディーの父親はルーン大国の人間で、母親がギルディアのエルフだった。そのためルディーはハーフエルフで小さい頃から随分(ずいぶん)と辛い目にあってきた。


「俺は両親を見てきたからそれが嫌というほど分かるんだ。俺の両親が結ばれたときは、まだ二国間の戦争もこれほど激化していなかった。それでもひどい迫害(はくがい)を俺たち家族は受けてきた。今はそれよりもずっと悲惨なことになるだろう」


「そ、そんな……、彼女を(あきら)められない」


「諦めるんだ! ミラのことを思うならそれが良い。彼女の幸せを願うならこれ以上彼女と関わらないようにするんだ」


「それが本当に彼女の幸せになるのか?」


「ああそうだ。悪いことは言わないから、そうしたほうがお互いのためだ」


「そうか……」


 マルクスはそう言うとかなりの時間思いつめた表情でじっと下を向いて考えた後、顔を上げると悲しそうな表情で少し笑った。


「わ、わかった。今夜で彼女と会うのは終わりにするよ」


 マルクスはそう言うと食堂をあとにした。食堂を出ていくマルクスの寂しそうな背中を見てこれで本当に良かったのか。ルディーは焚き付けてしまった自分の言動を少し後悔した。


 ◇


 マルクスはボルダーの基地の屋上で外を見ていた。ボルダーの基地は小高い丘の上にあり、周りが遠くまで見渡せる。敵の侵入を遠くから察知するための作りだが、ミラの到着を今か今かと待ちわびている自分にとってこの立地は都合がいいと思った。


 しばらくすると遠くから台車を押しながら近づいてくる影が見えた。今すぐにでも駆けつけたい衝動を抑えながら二人を見ていた。二人の影の一人はダンテでその後ろで台車を押しているのはミラだった。ここからでも美しい黒髪が風で揺れているのが見える。


(早く会いたい)


 逸る気持ちをグッと押し殺そうとするも、ミラが近づくにつれて愛しい気持ちが抑えられない。これが人を愛するという気持ちなのか。マルクスは自分がこんなにも情熱的に人を愛することができることに驚きを感じていた。


(本当に今日で最後にできるのだろうか? この気持を抑えて彼女に別れを告げることができるのだろうか?)


 マルクスはルディーの言った『彼女の幸せを願うならこれ以上彼女と関わらないようにするんだ』という言葉が頭に浮かんできた。本当にルディーの言う通りだろう、彼女の幸せを望むならこれ以上、彼女と関わるのは良くないだろう。これ以上ミラを愛すればますます別れるのが辛くなる。


(今日で終わりにするんだ!)


 マルクスは愛する気持ちを押し殺して、再び今日で最後にすることを心に誓うとミラに会うため基地の門に向かった。

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