ロビナス村のミラ
エルフの住むギルティア国にグラナダという町があり、そこの南にあるヒロタ川から先は人間の国、ルーン大国が広がっている。そのルーン大国に少し入った先にボルダーと呼ばれる場所があり、そこにギルティアの前線基地があった。敵の陣地にある基地ということもあり度々ルーン大国の兵士に襲撃を受けていたが、ボルダーにいるエルフは精鋭揃いのため、なんとか持ちこたえていた。
そのボルダーの近くにロビナス村という大きな滝のある人間の住む小さな村があった。村の住民はルーン大国の村人でルーン大国の兵士のダンテの実家もそのロビナス村にあった。
ダンテはロビナス村の家に帰るとグラナダの戦いで何もできなかった自分を悔やんだ。ヒロタ川にいたドラゴンを見た瞬間、自分では敵わないと怖気づいて戦おうともしなかった。
(あいつは一体何者だったんだ?)
川の中で立っていた髪の長い金髪のエルフの男を思い出した。ダンテは召喚魔法を見たのは二度目だった。召喚魔法は召喚獣を召喚した際は、ずっと呪文の詠唱が必要となる。川の中に居たエルフはずっと呪文を唱えていたので、あいつが召喚魔法を使用したエルフだろう。
ダンテはずっとあのエルフの顔が頭から離れなかった。
「どうしたの? そんなにイライラして?」
姉のミラが声を掛けてきた。
「ああ、姉さん。なんでも無いよ」
ダンテの両親は数年前に他界していたので、今は姉と二人で暮らしている。今回の戦で恩賞をもらうような活躍をして出世して姉に楽をさせてあげたいと思っていたので、敵前逃亡しかできない自分を呪った。
(あいつを倒せばすぐ出世できたかも……)
ダンテがイライラを一層つのらせていると『ガタ――ン!!』と家の扉が勢いよく開いた。
「誰ですか? あなた達は?」
ミラの叫ぶような声が聞こえてきて、普通じゃない雰囲気を感じ取ったダンテはすぐに立ち上がると玄関に向かった。ガラの悪い男たちがぞろぞろと家の中に入ってきた。
「リュウさん。また来たのか?」
「ダンテ、考え直してくれないか?」
「何度来ても一緒だよ。俺はあんたの仲間になる気はないよ」
リュウと呼ばれたこの男はこの村の実力者なのだが、裏で山賊とも繋がりのあると噂される男だった。もちろんダンテはそのことは知らないが、何か良からぬことをしているとの噂は耳にしていたので、リュウ達の仲間になる気はなかった。一方でリュウの目的は優秀な剣士を集めて他の村々を襲撃することだったので、ダンテの剣の噂を聞きつけて度々勧誘に来ていた。
「なぜだ、ダンテ。こんな辺鄙な村で兵士をやっていても大した稼ぎにはならんぞ。俺達の仲間になれば金も女もなんでも望み通りにしてやるぞ」
「何を言われようが、悪党の片棒を担ぐつもりはないよ」
「なんだと! この小僧が人が下手に出てればつけあがりやがって!」
「なんだ、やるのか?」
リュウはダンテを睨みつけると、後悔しても知らねえぞ、と捨て台詞を吐いて家から出ていった。
リュウたちの後ろ姿を見ながらダンテは少し妙な胸騒ぎを覚えた。
◇
「ハア〜〜。腹減った〜〜〜!!」
「補給部隊はどうなってんだ?」
ボルダーの前線基地でエルフの戦士たちが愚痴を言い合っていた。その理由はグラナダからの物資が一週間届いておらず、兵士たちは一週間何も口にしていなかった。
「このままでは、士気が下がって洒落になんねえぞ!」
ルディーは隊長のマルクスに言った。
「こんな状態で敵に攻撃されたらまずいな……、よし!」
「マルクス。何か、いい案があるのか?」
「ああ。この近くの村で物資を補給しよう」
マルクスは満面の笑みで答えた。
「なんだと? 敵に施しを受けるのか?」
「施しを受けるんじゃない。村人から購入するんだよ、ルーンの兵士から奪ったこの国の通貨があるだろ。それで食べ物を購入しよう」
「ルーンの村が我々に協力するのか?」
「フードをかぶって耳を隠してエルフと思われないようにすれば良いだろ」
「う〜ん。危険じゃないか?」
「このままグラナダからいつ来るかわからない物資の到着を待つよりも良いだろ」
「そ、そうだな」
「よし、その作戦にかけるか。で? 誰が交渉に行くんだ?」
「ん〜〜。そうだな〜〜?」
マルクスが誰を選ぶか隊員の顔を見渡していると、俺が行くよ、と言ってルディーが手を挙げた。
「ルディー? 良いのか?」
「ああ。俺にはとっておきのアイテムがあるんだよ」
ルディーはそう言うと真っ赤な宝石の付いたネックレスを取り出した。
「何だ? それは?」
「アバタ宝石だよ」
「アバタ宝石?」
「これを付けると見た目を人間に変身できるんだ」
「え? そんなの嘘だろ?」
「本当だよ、嘘だと言うなら見てみろよ」
ルディーはそう言うとアバタ宝石のネックレスを首に掛けた。するとすぐに耳が短くなり目も青色から黒色になり、エルフの面影は消えてルーン大国の人間に変身した。どこからどう見ても誰もエルフとは思わないだろう。
「おおお!!」
周りにいたギルティー達はその光景を見てざわめいた。
「すげ〜〜な〜〜! こんな物持ってたのかよ」
「なんでこんな物をお前が持ってんだ?」
「これはうちのお袋が親父と付き合っているときに使っていた物だよ、当時はまだギルティアとルーン大国は戦争状態ではなかったが、徐々に関係が悪化していったから、周りの目が気になって付けていたらしい。親父は付けるのを反対していたみたいだが」
「へえ〜〜! そんな良いもんがあるなら絶対にバレないな」
「じゃあ、俺が行ってくるぞ」
「待て」
マルクスがルディーを止めた。
「なんだよ? マルクス?」
「俺も一緒に行く」
「え? なんでだよ?」
「作戦は不測の事態でも対応できるようにツーマンセールが基本だ!」
「んー、そうだな。じゃ、一緒に行こう。でも、絶対にバレないでくれよ」
「任せろ! それで、どこに村があるんだ?」
「なんだよ、そんなことも知らずに行こうとしてたのかよ」
ルディーはやれやれと言った仕草でこの付近の地図を取り出して広げた。
「ん〜、そうだな〜。この大きな滝のあるロビナスという村が良いんじゃないかな」
ルディーは地図に大きな川と滝が書いてある、ロビナス村と書かれている箇所を指差した。
「そうだな、大きな川が流れていて食料がたくさん調達できそうだな。よし、そこに行こう!」
マルクスとルディーはルーン大国のロビナスという村に向かった。
◇
ロビナス村の昼下がりミラは一人で村の近くの裏山の畑で自分の育てた野菜の収穫をしていた。太陽をたっぷり浴びてまるまると大きくなった野菜たちに、大きくなりましたね〜、と優しく声を掛けながら収穫をしていた。
『パキッ!』
ミラの後ろで木の爆ぜる音がしたので、振り返るとガラの悪そうな男たちが立っていた。
「あの〜? 何か御用ですか?」
ミラは少し後ずさりをしながら男たちに声を掛けた。辺りを見回しても自分とこの男たちだけで誰も居ない。ミラは背中にゾクゾクとした恐怖を覚えた。この眼の前の男の人達はただ道に迷っていて、私に帰る道を訪ねてくるだけだと強く思った。
だが、ミラの願いは裏切られた。男たちはミラを逃さないように周りを取り囲んできた。
「あ……、あの〜。何か? ん……!」
男たちはミラを羽交い締めに抑えると大きなゴツゴツとした手で大声を出せないように口を塞いできた。ミラは怖くなって叫ぼうとした瞬間、下腹部に鈍い痛みを感じた。
男たちはミラの腹を殴って失神させた。
「うっ!!」
ミラはそのまま意識を失った。ミラは薄れゆく意識の中で、弟のダンテの身を案じた。こんなときでも自分の心配より弟の心配をするほど優しい女性だった。
男たちはそのまま意識を失ってぐったりとしているミラを担いで急いでどこかに消えていった。
誰も居なくなった畑の近くの木陰から、その一部始終を見ていた少女がいた。少女は男たちが居なくなるのを最後まで見届けるとすぐにミラの家に急いだ。
(大変だ! ミラお姉ちゃんが変な男達に連れて行かれた。早くこのことをダンテお兄ちゃんに知らせないと!!)
少女はミラとダンテの家の近くに住む顔見知りだったこともあり、急いでダンテに話そうと二人の住んでいる家に向かった。
◇
少女が居なくなってしばらく立った頃、誰も居ない畑にマルクスとルディーの姿があった。まるまると大きく育った野菜が辺りに散らばっている光景を見ながら二人は立ちすくんでいた。
村人に見つからないように山の上から村を見渡しているときに、二人は女性が連れ去られている一部始終を見ていた。助けに行こうとマルクスが立ち上がろうとした時、木陰に隠れている少女の姿を確認したルディーが止めた。他に人が居る可能性が高いと判断したマルクスは渋々その様子を見守るしか無かった。その後誰も周りに居ないことを確認した二人は女性が連れ去られた畑に降りてきた。
「マルクス、これからどうする?」
「決まってるだろ! あの女性を助けよう」
「本気か? 我々の任務は食料を村から持ち帰ることだぞ、この畑の野菜を持ち帰れば任務は達成できるのだが……」
「ルディー、悪いが、俺はあの女性を見過ごすことはできない」
「ハア〜、あなたのことだから、そう言うと思ったよ。本当はあまり騒ぎを起こしたくないんだが、しょうがないな……」
「そうと決まればすぐに、彼奴等を追いかけよう!」
「わかったよ。じゃ、なるべく隠れて人に見つからないように追いかけよう」
「ああ!」
二人はすぐに雑木林に隠れて、さらわれた女性を助けるために男たちを追いかけた。
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