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命をかけた治療

 セナの家で私達を待っていたのは最悪の光景だった。


 夫婦二人と子供三人の五人が高熱に侵されていた。五人とも鼠径部(そけいぶ)のリンパが腫れているのが確認できた。


(間違いない。ペストの症状だ)


 五人とも重度のペストの症状を発症していたので、一刻も早く治療をする必要があった。


(血液が足りない)


 瞬時にそう思った。


 家族五人を救うためにはあと500ccの血液が必要だったが、先程マチルダの家族を救うために200ccの血液を採取していたので、この短期間で合計700ccの血液を採血することになる。


 一般的に人体に流れる血液の量はおよそ体重の13分の1だった。


 私の体重は30kgなので体に流れる血液の総量は2.3kg、この内人間は血液の20%を失うと出血性ショックという重い症状になる。2.3kgの20%は460ccなので700ccの血液は私の体に流れる血液量の30%以上ということになる。


 命に関わる量であることが容易に想像できた。


 しかし現状は一刻の猶予もままならない状況であることに変わりはない。苦しそうに苦痛に歪んだ子供の顔を見ると私の取る行動は一つしか無かった。


 すぐに腕を出すと先ほどと一緒に注射器の針を打って採血を開始した。


 300ccを超えたところでいきが苦しくなってきた。頭がボーッとして血の気が引くとはこういう事を言うんだろうと、何故か自分のことなのに他人事のように考えていた。


 かなり苦しそうにしていたみたいで、見かねたカイトが心配になって声を掛けてきた。


「おい、大丈夫なのか?」


「ええ、ハァ……ハァ……、だ……大丈夫……ハァ……よ……」


「本当か? 本当に大丈夫なんだな?!」


「だ……大丈夫……ハァ…ハァ……。し……心配しないで……」


 私は構わず残りの200ccの血液を採取しようと手に力を込めたが、手に力が入らなくなっていた。目もかすれて注射器の目盛りが見えなくなった。


「カイト……。お願いがあるの……」


「ん? どうした?」


「あと……、200cc……こ……この矢印まで血を……取ってほしいの……」


「お……お前顔が青白くて冷たいぞ! 唇も紫色で死人の顔じゃないか!」


 一気に血液を失ったことで出血性ショックを起こしていた。


 カイトは私の顔や手を触りながら言った。


「だめだ! これ以上はできない! お前が死んでしまう!」


「だめよ……。ここで……食い止めなければ……」


「なに?」


「ここでペストを完全に封じ込めないと……この病は……感染力が強いの……ここで食い止めないと、また他の人に感染ってこの国が消えてなくなるかもしれないの」


「で……でも……」


「良いの……こ……これが今の私達にできる最善の方法よ……」


「どうして? 君はそこまで自分を犠牲にして種族の違う者を助けられるんだ?」


 私はカイトの手を掴むと最後の力を振り絞って泣きそうになっている顔に向かって力強く言った。


「誰かを助けるのに理由が必要なの? 種族が違うからと言って見殺しにするようなこと、私にはできないの……、カイト……。多くの仲間を助けたいなら私の血液が必要なの……お願い……」


 カイトは泣きながら私の血液を抜いてセナの家族に投与した。私はそれを見届けると気を失って倒れてしまった。


「ティアラ! ティアラ! しっかりしろ!」


 カイトは血の気が無くなって冷たくなった私を抱きしめた。


「絶対に死なせない! しっかりしろ! 俺が助けてやるからな! うぅ……神様お願いだ! ティアラを連れて行かないでくれ! お願いだ!! こいつは……こんなところで死んで良い人じゃないんだ!」


 カイトは私がガンドール砦で多くの子どもたちの命を救ったことを知っていた。ガンドールで助けた子供達の家族に囲まれて嬉しそうに微笑んでいたのを遠くから見ていた。そんなことができる人間がこの世に存在するのが信じられなかった。今まで下等な種族と思っていた人間に対して初めて尊敬の念を抱いた。


(この人は殺してはいけない)


 カイトはその時心に誓った。そのために殺したふりをして逃してやったのに……。


「神よ……、こいつはこんなところで人知れず死んで良いやつじゃないんだ……、多くの人を助けて……、今も俺たちエルフの危機を救ってくれた……」


 カイトは泣きながら冷たくなっている私を抱いて自分の体温で温め続けた。


「頼む……ティアラ……死なないでくれ……お願いだ……俺を置いて逝かないでくれ……」


 ◇


 私は裸足で白い靄がかかった河原を歩いていた。川の流れは早くとても泳いで向こう岸には渡れそうもなかった。河原には老若男女問わず様々な人がいた。川原の石を無表情で積み上げている者、焚き火を焚いて濡れた服を乾かしている者、向こう岸に渡る船の順番を待っている者、様々な人が河原に居たが全員の目的は同じだった。


(川の向こう岸に行かなくてはならない)


 どういうわけか、それだけはみんな分かっていた。


 渡し船を見ると船の上は人がぎっしり乗っていた。渡し船の順番を待つ列はずっと遠くまで続いていた。


(もう少し列が空いてから並ぼう)


 そう思うと急に体が冷えていることに気がついたので、フラフラと焚き火の近くに行って体を温めようとした。


 焚き火の近くに行ってみたが、冷え切った体は少しも熱くならなかった。私はブルブルと小刻みに震えながら川の向こう岸を見ると見たこともない花や草木が咲き誇っていた。


 私達が居る河川敷はゴツゴツとした岩だらけなのに対岸はとても居心地が良さそうに感じた。楽園とはああいう所のことを言うんだろうなと思っていると向こう岸に小さいこどもを連れた夫婦が立っていた。


 誰だろう? 何故かその家族の姿に見覚えがあった。家族の姿から目が離せなくなった私は何故かその人達と話をしなければならないという衝動に駆られた。


 焚き火を離れ川岸に着いたところで、そのままゆっくり川の中に入っていった。川は思ったほど深くなくて(くるぶし)ほどの深さだった。


 川の中央付近に来たときその家族が首を横に降っているのが見えた。顔もなんとなく分かった。その家族はシェリーの家族だった。


 ガンドールの砦で亡くなった家族が立っていた。あと少しで向こう岸に着くと思ったとき、シェリーが首を横に降って話しかけてきた。


「ティアラお姉ちゃん。こっちに来ちゃダメだよ」


「え?」


「貴方はまだこちら側に来てはダメなんです」


「貴方にはまだやり残したことがあります」


 シェリーの両親はそう言うと手を前にかざした。その瞬間、急に川の水嵩(みずかさ)が増していきあっという間に足が着かないほど深くなりそのまま川に呑まれた。


 私は真っ暗な川底に沈んでいった。

 


 どれぐらい時間が経っただろうか? 光が全く届かない暗黒の川の底までゆっくりとゆっくりとどこまでも沈んでいった。


 その時、微かに声が聞こえてくるのが分かった。しばらく耳をすましていると小さくではあるがはっきり聞こえてきた。


「テ……ティ……、ティ……アラ……」


 声に気づくとゆっくり目を開けた。真っ暗な中から光の点が現れた。やがてその小さな光は徐々に大きくなって私を包み込んだ。


「ティアラ……」


 光は徐々に人の形に変化していった。その人形のものは私を優しく包むと耳元で囁いた。


「ティアラ……ティアラ……、絶対に死なせない」


 優しい声で囁かれて声が全身に浸透していく感覚に心地よさを感じた。


「ここだよ……、ティアラ……、ここに帰ってくるんだ」


 ◇


 私は目を覚ました。


 あれだけ冷たかった体がポカポカしていた。誰かに抱きしめられていた。目の前に黄色い髪が見えた。カイトだった。


「?……。カイト?」


「?! ティアラ?……テ……ティ……アラ……」


 カイトは目に涙をいっぱい浮かべて私の名前を呼ぶと力いっぱい抱きしめてきた。


 私はカイトに抱きしめられていた。多くの血液を失った私はそのまま気を失ってしまったようだった。 


 カイトは私を抱きしめるとありったけの毛布や布団を引っ張り出して上からかぶせて私を温めていてくれていた。


「カイト……」


 カイトにお礼を言おうとした時に、カイトの体温がやけに伝わってくることに気づいた。


「ん?」


 カイトの体を見ると服を来ていないことに気づいた。


「キャ!」


 びっくりしてカイトから離れた。


「あ…離れると……」


 私は布団から飛び出ると自分の体を見て唖然とした。服を着ていなかった。すぐに毛布を掴むと体を隠した。


「み……見たんですか?」


「し……仕方がないだろ……お……お前を助けるためだよ……」


「うぅーーー」


「な……なんだよ……」


 泣きそうな顔でカイトを睨んだ。


「帰る…」


「え?」


「もう帰ります」


 傍にあった服を着てフードを深々と被ると部屋から出ていこうとした。しかし一歩足を踏み出したところで目の前が暗くなりその場で倒れたが、瞬時にカイトが支えてくれた。


「まだ完全に治ってないんだから無理するな」


「う……うぅ……」


 意識が朦朧としている私をカイトは抱きかかえて、そのまま家に帰った。



 私は抱きかかえられながらカイトの横顔を見ると何故か鼓動が早くなっている自分に気がついた。これ以上顔を見ると、この鼓動をカイトに気づかれてしまうのではないかと思った。赤くなった顔を見られたくない気持ちとこれ以上顔を見ると耐えられないと思ったのでフードを深く被ったがしばらくドキドキが止まらなかった。

読んでいただきありがとうございます。


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