36.スキルの覚醒
「テ……ティ……ティアラ……ティアラお姉ちゃん……起きて……」
小さな手が私の肩を優しく揺すっていた。気づくと上半身だけベッドにうつ伏せになっていた。ベッドの脇で男の子を看病している間にいつの間にかそのまま寝てしまっていた。
私は目をさますと顔を上げた。
「ティアラお姉ちゃん。おはよう」
目の前には昨日まで高熱に侵されてグッタリしていた男の子がこちらを見て笑っていた。
「ティム、もう起きて大丈夫なの?」
私はそう言うとティムの額に手を当てて熱がないか確認した。昨日までの高熱が嘘のように下がっていた。
「うん。もう大丈夫だよ」
「よかった。おなかすいてない? 何か食べるものを持ってくるわね」
「うん。ありがとう」
私はそう言うと部屋から出た。廊下に出るといろいろな部屋から私を呼ぶ声が聞こえてくる。
「あっ! ティアラ様!」
「ティアラおねえちゃんだ!!」
「ティアラ様、見て! 見て!」
元気になった子供たちが皆一斉に私の方に駆け寄ってきた。
私達が砦に来て一週間が経過していた。ペスト菌の抗体のおかげでここに来た日以来、亡くなった子供はいなかった。ここに来たときとは見違えるようにみんな元気になった。
この砦の殆どの子供たちは親元から離されて子供たちだけで連れてこられていた。
クリスとレンとアルフレッドやエリカはそんな子供たちが寂しく無いように朝から晩まで元気になった子供たちと一緒に遊んでいた。
クリスは子供たちにいろいろなことを教えていたので、今ではみんなからクリス先生と呼ばれて慕われている。
レンは子供たちに剣術を教えていて、多くの子供たちがレンに一太刀浴びせようと挑んでくるが、誰もレンの体に剣を当てることができないのでみんなから師匠と呼ばれて尊敬されている。
アルフレッドはもとから精神年齢が低いのか子供たちと同じように朝から晩まで転げ回って遊んでいる。子供に付き合っているというよりは一緒に遊んでいるといったほうが良いだろう。子供たちと一緒に泥だらけになっている姿を見るととても一国の王子には見えない。
私とエリカは女の子たちに囲まれておままごとしたり、〇〇屋さんごっこ遊びをしている。昔を思い出してとても懐かしい気分になった。
私の持ってきた食事を平らげるとティムはお腹が一杯になったのか、私の手を握って寝てしまった。
「さっき起きたばかりなのに……でも、元気になってよかったわ」
私はティムのふっくらしたほっぺを指先で突きながら笑っていると、部屋にシスターが入ってきた、シスターの名前はロザリアと言った。
ロザリアは私の横に座るとティムの寝顔を見て笑った。私はロザリアの笑う横顔を見てドキリとした。ティムを見つめる眼差しが前世で亡くなった母親とそっくりだった。
「可愛い寝顔ね」
「え……ええ。本当に元気になってくれてよかったわ」
「貴方のおかげよ」
「いえ、みんなが頑張ったから……」
「そんなことないわ、あの地獄からここにいるみんなを救ってくれたのは紛れもなく貴方よ」
私はロザリアに言われてすごく嬉しかった。まるで母親に褒められたようでなんだか懐かしい感じがした。
「そろそろ帰るの?」
「ええ。子供たちも元気になったようだから、明日にはここを出ます」
クリスのパープル商会が馬車を用意してくれたので、最後のティムが元気になったところで子供たちをガンドールに連れていく事になっていた。
「寂しくなるわね」
「ロザリアさんは? 一緒に来ませんか?」
「私はここに残ります。亡くなった子供たちが寂しがるわ」
「そ……そうですか。残念です」
私が部屋から出ようとした時、そうそう、と言って話してきた。
「今日は何の日か知ってる?」
「今日? いいえ、知りません」
「今日はアスペルド教の送霊祭の日なのよ」
「そうれいさい?」
「そうよ今日は死んだ者の魂が天に還る日なのよ」
「天に還る? ここで亡くなった人も天国に行けるのね」
「そうよ。ちゃんと行く先を示すためにも今夜はみんなでお祈りしましょう」
私はロザリアに分かったわ、と言って部屋を出た。
◇
私達は夜になり砦の中庭に集まった。ここで亡くなった者たちを中庭に埋葬していたからだった。
ロザリアが祈りを捧げるとみんなも手を合わせて祈りを捧げた。
長男と次女を亡くした夫婦も出席して涙を流しながら生き残った長女とともに祈りを捧げていた。
「シリウスとジュリアは二人で仲良く天に逝ったかしら?」
夫婦は心配そうに天を眺めていた。
「大丈夫だよ、シリウスは面倒見の良いお兄ちゃんだったから妹の手をしっかり握って逝っているよ」
「そ……それだと良いんだけど……」
そう言うと母親の方は心配そうに真っ暗な夜空を見つめていた。
ロザリアの祈りも終盤に差し掛かったところで、お墓の一つが光りだした。光った?と思った瞬間光は虹色になって空まで一直線に伸びていった。
「なに? この光?」
「ん? どうしたの?」
「この光は何?」
「え? どこに光があるの?」
クリスが周囲を見回しながら何のことかわからないといった様子で言ってきた。
「え? この光が見えないの?」
「何も見えないよ。松明の光ぐらいしか僕たちの周りには無いよ」
クリスと話している間にも子供たちのお墓から一本・二本と次々に光の線が暗い夜空に伸びていった。だれもこの不思議な光景を見て騒いでないところを見ると、どうやらこの光は私以外には見えていないようだった。
その時何故か全身から魔力がこみ上げてくるのを感じた。ドンドンと湧き上がる魔力を制御できない。私はその場で跪くと手を合わせて目を閉じて魔力の流れを感じて湧き上がる魔力を一気に開放した。
どうしてそうしたのかわからない、それが何故できたのかもわからなかったが、その時はそうすることが当然のような感覚に襲われた。
私の体から出た魔力はお墓の光と混ぜ合わさって段々と人の形を形成していった。
「シリウス!! ジュリア!!」
夫婦は信じられないといった表情で目の前に立ってる死んだ二人の子供を見ていた。
「こ……これは……」
剣聖エナジーが信じられないといった表情で私の魔力で次々に浮かび上がる人々を見て言った。
「ま……、まさかこれは……ロ……ローレライか?……」
「ローレライ? 何だそれは?」
「昔、ローレライという魔女だけが使用できた超レアスキルだ。未練や伝えたいことがある死者の魂を具現化して一度だけ生者と交信ができる」
「交信? 話すことができるのか?」
「ああ、そうだ。俺も長年生きているがこの目でこのスキルを見るのは初めてだ……」
夫婦は目の前に現れた二人の子供に手を伸ばしたが、体をすり抜けるだけだった。
「シリウス……、ジュリア……」
夫婦は何度も子供の名前を呼んでいた。
「パパ……、ママ……。心配しないで……」
「シリウス?……お……お前なのか!?」
「ジュリアは僕が守るから……心配しないで……。パパ……、ママ……」
「シリウス!! シリウス!!」
夫婦は泣き叫びながら子供の名前を何度も呼んだ。
「パパ、ママ。メアリーお姉ちゃんと仲良くしてね。いつまでも元気で暮らしてね」
「ジュリア!! ジュリア!!……分かったよ。ありがとう……」
「パパ、ママ。それじゃ僕たちもう行くね」
「シリウス! ジュリア! 二人ともあっちの世界に行っても二人で仲良くするんだよ。いつまでも二人で暮らすんだよ」
「うん。大丈夫だよ。パパとママとメアリーも幸せに暮らしてね」
そう言うと二人の兄妹は消えた。残された三人の家族は寝きながらいつまでも子供の墓に手を合わせていた。
私は目を閉じて祈っていると袖口を誰かに引っ張れた。目を開けると初日に救えなかった幼女が居た。ロザリアは幼女を見ると泣き崩れた。
「シェリー……、助けてあげれなくて……、ごめんね……」
「お父さんとお母さんには会えた?」
私が泣きながら聞くとシェリーはあっち、と言って指を指した。そこには亡くなったシェリーの父と母が二人立っていた。私が二人を見るとゆっくりと近づいて来た。
「お子さんを救えなくてごめんなさい……」
私が謝ると二人は首を横に降った。
「いいえ。これが運命だったんですよ。あなた達は精一杯、この子を救おうとしてくれた。それだけで十分です」
「でも……」
「これで家族三人で一緒に逝ける。シェリーを残して行くのは心配だったから……あなた方には感謝しかありません」
「そんな……感謝なんて……」
「いいえ。この子の最後に寂しくないように手を握ってくれた。シェリーはすごく寂しがり屋だから、それだけが心配だった。亡くなる間際に一緒に居てくれてありがとう。おかげでシェリーは最後まで寂しくなかった。それだけで私達は救われた」
私はシェリーを見て聞いた。
「寂しくない?」
「うん。寂しくないよ。パパとママといっしょだもん」
シェリーの家族はそう言うと消えた。
亡くなった子供たちもその場に居たみんなに別れを告げるとみんな消えてしまった。
「みんな笑っていたね」
私が言うとロザリアは声にならない声で、ええ……、とだけ言った。
私は溢れ出る涙を抑えようと光が消えて真っ暗になった夜空をいつまでも眺めていた。
読んでいただきありがとうございます。
あと数話で第二章が終了します。
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