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32.ガンドール

 クリスが馬車の窓を開けると強い日の日差しとともに爽やかな風が馬車内に広がった。


「ほら見てティアラ。あそこがガンドールだよ」


 私はクリスが指を指した方向を窓から身を乗り出して見た。


 木々の間から巨大な女神像が見えた。


「あれは?」


「アスペルド教団が信仰している女神像だよ」


 馬車がガンドールに近づくにつれて、その巨大像は全体の姿を表した。


 女神像は小高い丘の上に建てられていてその隣にはこれまた巨大な神殿のような教会があった。


 丘の下に街が作られていて、小さな町には似つかわしくないような頑丈な城壁に囲まれていてすごく感心した。ふと視線を移すとガンドールの町の後ろ側の山間から虹色の光が天に向かって伸びているのが見えた。


「あれは? なにかしら?」


 私はクリスに指差して聞いてみた。


「ん? どこだい? なにか見えるのかい?」


「ほら、あの山頂のところから光が伸びているでしょ」


「いや? 僕には見えないよ」


「え? ほら、確かにみえるわ。エリカもレンもアルフレッド様も見て!」


 私は光を指差してみたが、私以外の人には何も見えないようでしばらくすると光は消えてしまい私にも見えなくなった。


 このときの光の正体に気づくのは少し先の話で、私の特殊スキルであることは、この時はまだ知る由もなかった。



 ガンドールの城門に着くとすぐに案内役が現れて私達は裏門から中に通された。ガンドールの町は明日から行われる生誕祭の準備で人がせわしなく働いていた。すごく活気に満ちていたが私は何故か違和感を感じていた。


「どうした? ティアラ?」


 レンが私を心配して声をかけてくれたが、私は自分が感じている違和感の正体がわからず、なんでもない、とレンに答えた。


 私達は大きな神殿のような大聖堂の中に通された。中に入るとミネルバ公王がいた。この若い女性はアスペルド教団の最高責任者だった。この人のおかげでアークガルドとアスペルド教団との戦争が回避されたので、私としては命の恩人と言っても良い人だった。


「ティアラ待っていましたよ。よく来てくれましたね」


「お久しぶりです。この前は戦争を止めてくれてありがとうございます」


 まずは救ってくれたお礼をした。


「良いのよ。そんなことは。それで? 準備は良いですか?」


 資料の準備はできていたが、まだ心の準備はできていなかった。でもこればっかりは同仕様もないので、無難にはい、とだけ答えた。


「明日はこの大聖堂で演説してもらいますからよろしくね」


「こ……ここで行うんですか?」


「ええ。そうよ。何か問題でもありますか?」


「い……いえ。大丈夫です」


 私は大聖堂を見渡した。教会の形になっているので演説を行うのにはもってこいの会場だとは思うが、かなり広い空間なのが気になってミネルバに聞いてみた。


「明日はここに何人くらい来るんですか?」


「んーー。そうね。とりあえず席は全席うまるから千人程はいるんじゃないかしら」


「せ……千人ですか……」


 会場を見渡してここにある席がぎっしりうまる中、前に立って一人で演説をしなくてはならないと思うだけで背筋が寒くなるのを感じた。


(気を失わず立ってられるのか?)


 不安な気持ちが湧いてきたが、その記憶を振り払った。以前の自分を忘れよう、そう自分に言い聞かせた。私はこの世界で生まれ変わると心に決めたんだ。


 私はミネルバにしばらくの間、この大聖堂で一人にしてほしいと頼んだ。ミネルバは快く了解してくれて大聖堂から出ていった。


 私はクリスとレンとアルフレッドにも話をして先に宿泊する宿に行ってもらった。


 前世の会社員時代に先輩から、どんなに資料が頭に入っていても実際に演説を行う会場で声に出して発声しないとうまくできない、と言われたのを思い出した。


 私は一人になると夕方まで演説のリハーサルを行った。


 ◇


 夕方に宿屋の部屋に入った時は長旅と緊張でどっと疲れた。しばらくの間ベッドに座ってボーッとしていると、誰かが部屋のドアをノックしてきた。ドアを開けるとそこにはクリスが立っていた。


「お疲れ様。少し気分転換に外に行かない?」


「え? で……でも」


「いいから、ほら、行こうよ。街中がお祭り気分で珍しい出店がいっぱいあって楽しいよ」


 そう言うとクリスは半ば強制的に私を部屋から連れ出した。


 クリスの言ったとおり、街中がお祭り気分で出店がいっぱいあってすごく賑わっていた。私は久々にお祭り気分を味わった。思いつめていた気分が薄れて心が軽くなっていくのを感じた。


「ありがとうクリス」


「ん? 何が?」


「私のことを思って連れ出してくれたんでしょ」


「気分転換になったかい?」


「うん。こんなに楽しいのは久しぶりだわ」


「じゃあ、この選択は間違ってなかったってことだね」


「……選択?」


「そうだよ、昔、祖父に商売人に最も必要なことは選択を間違わないことだ、と言われてきたからね」


「選択を間違わない?」


「ああ……、レンは力で君を守ってやれるし、アルフレッド王子は王族の権限を使うことができるけど、頑張っている君に僕ができるのは、君がどんなことをすれば喜んでくれるのか選択をしてあげることぐらいしかできないからね」


「そ……そんなことないわ……、クリスはいつも私のそばにいてくれて……いつも私を支えてくれているわ。クリスがいなかったらペストを治すこともできなかったし、私がみんなから愛されるのもクリスがそばに居てくれてたおかげよ」


「ありがとう。君にそう言ってもらえただけでも嬉しいよ」


 気がつくとクリスは私の肩に手をおいてゆっくりと顔が近づいてきた。この前みたいにまたキスされると思い私は恥ずかしくなり周りを見た。


 周りを見たときなにか物足りなさを感じた。その時、私はこの町に来たときから感じている違和感の正体に気がついた。


「やっぱり変だわ!」


「ど……どうしたの? ティアラ?」


 クリスは急に私が叫んだのでびっくりした顔をしていた。


「子供が居ないのよ」


「え? そ……そういえば? ここに着いて一人も見てないね?」


「こんなお祭りの出店がいっぱいあるのに子供が一人も居ないのはおかしいわ」


 私は近くの出店の店主に子供が居ないことを聞いた。


「あ……あの、子供の姿が見えないんですけどなにか理由があるんですか?」


「!?」


 出店の店主は私の問に驚いた表情をして私を見ていた。


「あ……あの……何か?」


「…………」


 相変わらず店主は黙ったままだった。次の瞬間、若い男に罵倒された。


「お前らバカか?! そんなことも知らないのか?」


 いきなり声をかけてきた男を見ると髪がひまわりイエローで皮膚は透き通るよう白く緑色の目をした男だった。イエローのきれいな髪から尖った耳が見えていたので、よく漫画や小説で言うところのエルフという種族なのだと分かった。


「あ……あなたは子供が居ない原因を知っているの?」


「だから。お前はバカか! こんな人が見ているところでそんなことを聞くな! それが答えだ!」


「聞いては行けないことなの?」


「当たり前だ! アスペルド教団に喧嘩を売る行為だぞ、間抜け!」


 きれいな整った顔立ちからは似合わない汚い言葉を使う人だな、と思いながらここにレンとアルフレッドが居ないことに安堵した。あの二人が居たら間違いなくこの人と喧嘩になっていただろう。クリスだったから良かったと思ってクリスを見ると男を睨んでいた。視線を落としてクリスの拳を見ると小刻みに震えていた。


 このままだとクリスも怒ってしまう、と思った私はすかさずクリスの腕を掴んで強引にその場から逃げ出した。


「行きましょう、クリス。ご忠告ありがとう、じゃ、さようなら」


 エルフの男は面白くなさそうにフン!、と言って去っていった。


「冷静になってねクリス」


「ぼ……僕はいつでも冷静だよ」


「そ……そう? なにか今にも掴みかかろうとしていたように見えたから」


「君のことを悪く言っているように聞こえたから……、明日君がみんなの前に立って話をしなければすぐに手を出していたかも知れないね」


「私のことを思って我慢してくれたの?」


「さっき話しただろ、選択が大事だって。騒ぎを起こすと君の印象が悪くなるだろ」


「ありがとうクリス、私のことをそこまで思ってくれているのね」


「あ……当たり前だよ」


 クリスはそう言うと私の腕を掴んで、ずっと君だけを思っているんだよ、と私の目を見つめながら言ってきた。


「「俺達と一緒だな」」


 私とクリスはびっくりして声の方を見るとそこにはレンとアルフレッドが立っていた。


「き……君たちは? ど……どうしてここに?」


 クリスがそう言うとレンとアルフレッドはクリスの顔に近づいて小さい声で何やら言い合っているようだった。


「どうしてだと? 一人だけ抜け駆けはさせねぇよ」


「いい度胸だなクリス。ちょっと目を離すとこれだから……」


 私に聞こえないようになにか三人でコソコソ話していた。何か私だけのけものになっている気がしたので帰ろう、と言うとアルフレッドが折角だから聖女の祭壇を見に行こう、と言い出した。


「そ……そうだな……」


「うん! いい考えだね。見に行こう」


 三人ともつい先程まで険悪になっていたのに嘘みたいにすごい乗り気だったので、私も仕方がなく付いていくことにした。


 しばらく歩いて祭壇の前に着いた私達は唖然とした。聖女の祭壇の上に様々な種類の花がたくさん飾ってあった。どうやら生誕祭の期間中は聖女の祭壇は献花台になっていて、生誕祭の一週間はこのままの状態になっているようだ。


「なんだよこれは! これじゃ使えないじゃないか!」


「使えない? アルフレッド王子はここで何をするつもりですか?」


 クリスがアルフレッドに聞いた。アルフレッドは私を見て、そ……それは……、と言ったまま口籠った。


 私はエリカが馬車の中で言っていたことを思い出した。


「そう言えばここでプロポーズすると二人は結ばれると言っていたわね」


「お……おぉーー、そ……そう言えば言ってたかな?」


「え? そ……そんなこと言ってたっけ?」


 三人はエリカの言っていた事を覚えていないようだった。


「とりあえず今日は遅いから部屋に戻りましょう」


 私がそう言うと三人とも残念そうに、そうだなもう戻ろう、と言って歩き出した。


「でも……、一週間後には花はなくなるそうだぞ」


 アルフレッドが目をキラキラさせながら言ってきた。


「一週間もここにはいませんよ、明日討論会が終わったらすぐに帰ります」


「そ……そうだな……、一週間もこんなところにはいないか? そうだよな……」


 アルフレッドは残念そうにつぶやいた。

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