25.さよなら
私は通常の学園生活に戻っていた。
あの日なぜ?ダンジョンにゴブリンソルジャーが二体も現れたのか学園側が調べてもわからいようだった。こうして私達の事件は不幸な事故として処理されようとしていた。
私の魔法試験については、アルフレッドが学園に抗議をしてくれたおかげで退学は免れた。
そんなことよりも私はあの日、洞窟であったゴブリンロードのことが頭から離れなかった。あの優しい目をどこかで見たことがあるような気がした。あの吸い込まれそうになる目を思い出すと何故か懐かしい感じがした。
私がもやもやした日を過ごしていると、ある日先生に声をかけられた。あの日の事件をもう一度調査したいので当事者三人から事情を聞きたいとのことだった。その先生が言うには一人ひとりに事情を聞きたいとのことで休み時間に一人で学園の北側にある古びた校舎に来てほしいと言われた。
私は快く返事をして、言われた通り休みの時間にその先生と校舎に入った。建物の二階に連れてこられて部屋で待っていると先生が紅茶とお菓子を出してくれた。
「申し訳ないね。せっかくの休み時間に来てもらって、よかったら紅茶でも飲んでくれたまえ」
「あ……ありがとうございます」
私はそう言うと紅茶を飲んだ。飲んだ途端に強烈な眠気が襲ってきた。私がこの日覚えているのはここまでだった。
◇
学園の周りは深い森に囲まれていた。その森の中の大木の脇でゴブリンロードは隠れていた。
森の中に入ると誰もゴブリンロードを認識することはなかった。顔は醜い怪物でも中身は二十歳になったばかりの青年なのでいきなり見知らぬ人から怪物と怖がられるのは耐えられなかった。ゴブリンロードになってしまった神宮勇也は今日も森の中に潜んで少女を監視していた。
ティアラという少女と会った日から咲子のことが頭から離れなかった。あの少女を見張っているといつかは咲子にたどり着くのではないか? そんな淡い期待をしながら勇也はじっと少女を見張っていた。
その日もいつもどおり森の中からティアラという少女を見張っていると男と一緒に建物に入る姿が見えた。しばらくしても建物から出てこなかったので、彼女とコンタクトをとるのは今がチャンスなのではないかと思った。
勇也はそう思うと建物に近づこうと森から出た。ゆっくりと建物に近づいていると建物の中から先程の男が慌てて出てきた。咄嗟に物陰に隠れると出てきた男は瓶から液体を撒き散らしながら出てきた。
勇也の嗅覚は鋭く男の撒き散らしている液体がガソリンであることが瞬時に分かった。すぐに駆けつけようとしたが次の瞬間、勇也は自分の目に写った光景が信じられなかった。男はガソリンを撒き終えると魔法を唱え火を放った。
あっという間に建物は炎に包まれた。勇也は大声を上げながら建物に向かって走った。勇也に気づいた男はすぐに逃げて行った。男は許せなかったが今は中にいるティアラを助けることが優先だと思い炎に包まれた建物に勇也は飛び込んでいった。
建物に入ると炎は激しい勢いで燃えていた。ティアラと言ったか? あの少女の匂いが二階から臭ってきたので二階の部屋に急いだ。
部屋に入ると少女がグッタリと横たわっていた。それを見た時背筋が寒くなる思いがした。また、救えなかった、その思いに押しつぶされそうになった。
勇也はすぐに少女に近づくと体を揺すって起こした。体を揺すると少し、う……うん…と言って反応があった。少女に息があるのを確認して少しホッとしたのもつかの間、火の勢いが強くなり建物全体を包もうとしていた。
前世の記憶が蘇ってきた。また、自分には救えないんじゃないか? ここでまた死んでしまうのではないか? そう思うと怖くなって体が震えた。勇也が怖がっていると少女の口が微かに震え声が聞こえてきた。
「ゆ……勇也……」
その声を聞いた時、全身の震えが止まった。その声を聞いた時、懐かしい光景が走馬灯のように勇也の脳に浮かんできた。間違いない、この少女は、このティアラという少女は、咲子だ!
(さ……咲子は生きていたんだ!! 咲子はこの世界で生きていた!! 俺の最愛の人は……ここで、この世界で生きてくれていた)
そう思うと目から涙が溢れ出した。
(絶対に! 今度こそ絶対に助けてやるからな!! 絶対に死なせない! 死なせてなるものか!!)
勇也はすぐに着ている上着を脱いで焼けないように咲子の全身を包んだ。咲子を両手で大事に抱えると燃え盛る炎の中に飛び込んだ。全身が焼かれ焦げ臭い匂いが鼻を突いた。全身に刃物が刺さったような激痛が走り気を失いそうになったが耐えた、業火の中をひたすら痛みに耐えて前に進んだ。
燃え盛る建物から出た時には何人かの人が近くに集まってきていた。俺の姿を見た人の中にはパニックを起こす人もいたがそんなことはお構いなしに開けた草原に咲子をそっと寝かせた。勇也は全身が重度の火傷を負っていて全身に針が刺さったように激痛が走っがそんなことは気にならなかった。
咲子を見ると息をしていた。勇也は心底ホッとした。
(良かった。本当に良かった。今度こそ俺は君を助けることができたんだね)
そう思うとまた目から涙が出てきた。
「お前、ティアラを助けてくれたのか」
アルフレッドはティアラに駆け寄ってきた。勇也がアルフレッドの方を見るとその視界の先にあの男が居た。ガソリンを撒いて火をつけた男がアルフレッドの後ろに居るのが見えた。
気がつくと勇也は咆哮を上げて男目掛けて走っていた。勇也は許せなかった。自分が大事に思っていた咲子をあの男は殺そうとした。重度の火傷にもかかわらず剣を抜いて斬りかかった。男の首をはねたと思った瞬間
『ガキーーーン!!』
勇也の剣が男にあたる直前、横から剣が飛び出てきて勇也の剣を防いでいた。剣を防いだ剣士はあの洞窟で勇也と互角の戦いをした漆黒のレンだった。
「やめろ!」
レンはそう言うと勇也と対峙した。
「お前はティアラを二度救ってくれた。お前とは戦いたくない」
勇也はそこを退け!と言ったがレン達人間には咆哮としか聞こえなかった。しばらく二人は対峙していたが、段々と人が増えていった。勇也も相当重症を負っていたのでこの状態でこの男には勝てないことは分かっていた。
「たのむ、ここは退いてくれ。早くしないとこれ以上、人が増えるとここから逃げられなくなるぞ」
勇也はそう言われて周りを見た。レンの言う通り建物から次々と人々が出てきてどんどん人が増えてきた。そいつらは勇也とレンが対峙しているのを確認すると次々と剣を抜いて勇也を取り囲もうとしていた。
その視界の先に咲子の姿が見えた。まだ気を失っているようだったが、多くの仲間達が咲子のことを心配そうに周りを囲んでいるのが見えた。
(咲子……、前世の君はコミュ障で僕以外の友人は居なかったのに……この世界で多くの友人に巡り合うことができたんだね)
勇也は咲子の幸せを一番に願うと誓ったことを思い出した。咲子が一番幸せになる世界に自分は必要ないと思った。
(咲子……こんな怪物として転生した自分を許してくれ。こんな怪物がそばにいては君は幸せになれないよね……。咲子、俺はずっと君の幸せを心から願っているから、だから絶対に幸せになってね。さようなら…………咲子)
ゴブリンロードは剣をしまうと目から涙を流しながら森に帰って行った。
ゴブリンロードが逃げたことで男はホッとしてレンに感謝した。
「ふう。危ないところだったよ、レン、助けてくれてありがとう。それにしても醜い怪物のくせに忌々しい」
「醜い怪物だと?」
レンはそう言うと刀を抜いて先生の首元に突きつけた。
「な? 何をするレン! 正気か?」
「互いに剣を交えるとな、言葉以上に相手の思いが伝わってくるんだよ。あいつはな、ただティアラを守りたい一心で剣を振り続けるやつなんだよ!!何の理由もなしに人間を襲うようなやつじゃないんだよ!!ただティアラを真剣に愛して、彼女の幸せのためなら身を引くようなやつなんだよ!!あいつは醜い怪物なんかじゃない。本物の騎士なんだよーーー!!!」
「な……何を言ってるんだ! 貴様どういうつもりか説明してもらうぞ!」
今度は後ろからクリスが来て先生の方を掴んだ。いつもの温厚なクリスとは思えないほど殺気立った顔がそこにはあった。
「先程から先生の体からガソリンの匂いがしていますが、それも説明してもらえますか?」
「な……なんで……」
先生が狼狽しているとアルフレッドがやってきて襟首を掴むとそのまま頭上に持ち上げた。
「お前とティアラが校舎に入っているのを見たやつが居るんだがどういうことだ? 貴様ー! もしお前が犯人だったらただじゃ済まないからな。八つ裂きにして死んだほうがマシと思えるまで拷問してやるからな覚悟しておけよ。こいつを連れて行け!!」
「ひっ……ひ…」
先生はそのまま衛兵につれて行かれた。
◇
ラボの前を通りかかると彼女が居た。俺はコーヒーを持ってラボのドアを開けて彼女に声をかけた。
「まだ残っているのか?」
「ん? ああ……勇也……」
「ああ、勇也じゃないよ。何だよ死んだ魚のような目をして、ほらこれでも飲んで休憩しよう」
俺は手に持っていたコーヒーを咲子に渡した。
「んん。ありがとう」
「まだ時間かかるの?」
「ええ。年越しまでには終わるかな?」
「ふふ、何だよそれ、咲子が言うと冗談に聞こえないよ」
「ふふ、ねえ、勇也。前から不思議に思っていたんだけどなんでこの会社に入ったの?」
「え? なんで?」
「そうよ勇也の実力だったらもっといい会社に入れたんじゃないの?」
(お前が居るからだよ)俺はそう言いたい気持ちをぐっと抑えた。
「い……いやぁ。俺もここしか入れなかったんだよね」
「そうなんだ……お互いツイてないよね」
俺はポケットに仕舞っている指輪を掴んだ。今なら渡せるんじゃないか? 何気なく自然に渡せば受け取ってくれるかも知れない。俺はそう思って指輪を出そうとした時、咲子が喋りだしたので、指輪を掴む手が止まった。
「シンデレラって灰かぶりの少女っていう意味なの知ってた?」
「え? そ……そうなんだ?」
「そうなの。シンデレラは最後に素敵な王子様と結ばれるけど、私はずーっと灰をかぶったまま死んでいくかも知れないよね」
「な……何度よそれ……」
「咲子って名前なのに死ぬまで咲かずに終わるのかなって思ってね」
「…………」
(咲子……君は蕾じゃないよ。少なくとも俺の中では出会った頃からずっときれいな花を咲かせ続けているんだよ)
俺はこの思いを伝えたいと思い声に出そうとした時、咲子に名前を呼ばれてびっくりした。
「勇也。このまま最後まで咲かないで終わるのは嫌だから、そしたら勇也が私をもらってくれる?」
「な! なにを……」
俺は咲子にそう言ってもらえて嬉しかった。顔が赤くなるのを悟られないように顔をそらした。鼓動が早くなり聞こえてしまうんじゃないかと思った。
「ははは、冗談だよ。冗談。じゃ私実験の続きをしなくちゃいけないからまたね」
咲子はそう言うとラボに入って行った。
俺は咲子の後ろ姿を見ながら今日も告白できない自分を情けなく思った。
◇
その日以来、森に消えたゴブリンロードの姿を見た人はいなかった。
読んでいただきありがとうございます。
後少しで第一章が終了します。
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