田舎に飛ばされたので家を買いました 〜白猫とまったりスローライフ〜(短編版)
矢崎一郎32才(無趣味彼女なし)は今日も定時に会社を出る。
取引先との揉め事で営業の出世コースから外され、地方の出荷・商品在庫管理事務部に飛ばされた。それまでの深淵ブラックからは考えられない、残業・休日出勤ゼロのピュアホワイト勤務に戸惑う一郎。
出世は多分もう見込めない。ブラックを生き残る為に大切に育ててきた『ヤリ貝』君もいなくなってしまった。
だが悪いことばかりじゃない。地方特産の食料品サンプルは定期的に持ち帰れるし、海産物が豊富で美味い。部長は引退直前の静かな置物じいさんで、あとは全員パートのおばちゃん達。人間関係のストレスはゼロ。それなりに幸せかもしれないと思い始めていた。
そんな彼が家を買った。古民家と言えば聞こえはいいが、住人が居なくなった田舎の一軒家。本当は借家を探してたのだが、不動産屋のおばちゃんの手違いで内見した売り家が気に入ってしまったのだ。
都会で借りてたアパートの金額を考えれば、田舎の一軒家のローンは決して高くない。趣味もなく、貯金だけはそれなりにあったし、一応大手商社勤なのでローンもすんなり通った。
トントン拍子に引っ越したその家を気に入った理由は、少し広めの居間と磨き上げられた縁側、そしてそこから見える庭だ。小さいながら池と築山もある。そしてその横には小さなお社。前住のお婆さんがよく手入れしていたので、これから空き家が続いて朽ちるのが悲しいと聞かされ、それがどうにも気になった。
引越しも終わり、家の掃除も終えて縁側に座ってお茶を飲む。買って良かったとしみじみとしていると、お社の上で一匹の白猫が眠りこけているのに気がついた。近所の猫かと思ってほっこり。これは楽しみが増えたと思う反面、お供えは油揚げより猫まんまの方が喜ばれるだろうか?などと思う。
翌朝、仕事に行く支度をして窓の外を見ると、同じ白猫がお社の上をソワソワと行ったり来たり。ちょっと考えて、夕飯の残りで猫まんまを作ってお供えすると、白猫喜んで飛び出してきた。最初は一郎を警戒しつつも、食べ終わると物足りなそうに擦り寄ってくる現金な猫である。
三日もそんなことが続けば一郎もおかしいと思い始める。
この猫、もしかして前の住人が飼っていたのか?
ならいっそ家に入れて家猫にすべきか?
32才の一郎は、まだ見ぬ彼女より先に猫との同棲を真剣に悩みだす。
週末、猫を家に引き入れようと、猫タワーを購入。猫じゃらしもセットで買って、チャラチャラするが、一向に見向きしてもらえない。ならばと必殺チュー○をチラつかせると、物凄い勢いで食いついてきた。でもお社のすぐ前で困ったように鳴き続ける。いっそ抱えて連れ出してはっと手を伸ばすと思いっきり引っ掻かれた。
気落ちして会社に行けば、職場の上司に心配されて相談してみる。
「気になる子(猫)が出来たんですが、家に入ってくれないんです」
「どんな娘?」
「ふわふわしてて、ちょっと心配で。どうも家がないみたいなんです」
家出少女を連れ込もうとしてる!
超絶誤解した上司に誘拐監禁は犯罪だからと諭されるが、誤解に気づかず、やはり無理やりは良くないと反省。
それからもせっせと食事を運ぶ日々。会社では犯罪者ギリギリ発言が続き、上司もパートのおばちゃんも不安を募らせる。そんなことは露知らず、一郎は彼女(猫)を引き込む(喜ばせる)手段(餌)の相談を毎日続ける。転勤以来どこかよそよそしく、お客様的な扱いだった一郎も、彼女(猫)の一件以来新しい職場に馴染み、無事要注意社員扱いに格上げされた。すれ違いな食談義と猫の癒しの日々が続く。
転勤3ヶ月目、ちょっと気が抜ける梅雨の6月。一郎が風邪を引いてしまい会社を休んで引きこもる。だが流石田舎、コンビニまで歩くにも二十分、スーパーは車じゃなきゃとても行けない。自分は買いだめたパックのご飯と佃煮でしのげるが、猫の餌がそろそろ切れる。
そんな心配をするうちに熱は夜に四十度を越え、朦朧とする意識の中、白い猫が咥えてきたタオルを頭に載せて看病してくれる夢をみる。
朝目が覚めれば、枕元には白猫が。
自分の病気も忘れて寝姿を堪能。スマホが手元になくて写真が撮れない。人生最大の難関。起こさずにベッドを出られるか、さもなきゃこのままずっと見つめているか。でも腹を出した白猫を見て、猫吸いという禁断の薬があると聞いたことを思い出し、思わず呻いて猫を起こす一郎。
猫、実はお社の守り主。社を出てしまったので神格が下がり、実体化(でも猫)してしまったという。
猫はしょげてるが、話を聞けば、衣食住が今より必要になる以外ほぼ問題ないらしい。実際には寿命やら神託やら繁殖やらと問題はあるのだが、それは一郎には関係ないし、見捨てられた社の主ならそれも別にいいかと白猫も諦めている。
職場で一度は同居を誤解されるが改めて紹介し、無事家出少女監禁の誤解は解け、より濃密で甘々な同棲生活が続くのであった。