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歪みといわれた わたしの恋   作者: 人野かどで
私は恋をしない
9/37

お母さん

 笑顔がたいへん引きつっている、母の顔がそこから覗いていた。動揺しているのは見て取れる。この状況はあまりよくない。私は慌てて美咲の体を引きはがした。なんだか美咲が不満そうに頬を膨らましているが気にしている場合ではない。


「ただいま、お母さん!」

「あっちゃんが挨拶を返した……。ええ、その子は?」


 いつも無視してごめんって! 今はそれどころじゃないから! 


 お母さんが私の肩越しに美咲を観察する。友達、と呟いたので、私は全力で頷いた。なお、美咲は未だに私の背中に槍のような視線を突き刺してきている。


「なんだか、お友達怒ってるみたいよ?」

「いや、まあ……」

「愛彩! なんで離れたの! もうちょっとだけ! もうちょっとだけぇ!」

「お、落ち着いて美咲!」


 振り向いてつかみかかってこようとする美咲の両手を押さえるが、思った以上に腕力がすごい。救いを求めてお母さんの方を見ると、いつの間にか光の速さで玄関から離れていた。廊下の向こうに見えるリビングのソファで、テレビを眺める様子が見える。あの母……。


「あーやー!」


 先が思いやられる。どうしてこんなに素直に感情を表現できるのか。私は魂を吹き出すように、諦めのため息をついた。



 いつもより華やかな食卓。単純に人数が増えたので、お母さんがおかずを一品増やしてくれたからそう見えるだけかもしれないけど。この部屋は私とお母さんの二人暮らし。でもいすが四つも配置されている机がリビングにあるので、美咲は私の隣に座っていた。お母さんは向かいに座って食事をする私たちを面白そうに眺めている。なんだか食べづらい。


「お母さん、そんなに見ないで」

「あ、ごめんね……。なんだかうれしくてね」


 必要以上に申し訳なさそうに顔を背けるお母さんに、私は罪悪感を覚えて会話を続けた。


「なんで?」

「……あっちゃんが、お友達を連れてきたのよ。こんなの初めてじゃない」


 屈託のない、満面の笑みでお母さんが笑っている。私は驚いて目を丸くした。お母さんのこんな顔、生まれて始めてみたかもしれない。恥ずかしくなって私は白米を大量に口にかき込んだ。頬が熱くなっているのを感じる。


 美咲の方をちらりと見れば、小さな子どものように目を輝かせて、お母さんの作った唐揚げをさくりさくりと頬張っている。


「お母様! これとってもおいしいです! 感動ですぅ!」

「あら、お口にあってよかったわ。私、そんなに料理が上手じゃないから」

「ええ!? お母様で上手でなかったら……私なんて泥水をすすった方がましなレベル」


 どんな料理だよ、と突っ込みたかったが、口に白米を詰め込みすぎてできない。ていうかお母様って呼び方どうにかならないのかな。


 とはいえ、本当にお母さんの料理は決しておいしくないわけじゃない。学校の給食なんか圧倒できるくらいだ。それなのに、こんなに謙虚な姿勢をずっと保っているのは、私のせいだ。私がまだ小さかった頃、お母さんの料理をまずいって、言ってしまったから。あの頃は、すべてのことに反抗していたから、思ってもいないことを言ってしまった。少し思い返しながら、お母さんをちらりと見る。


 美咲と楽しそうに話しているお母さん。お母さんも、ほんとは美咲のような人なつっこい娘がほしかったに違いない。私はとっても迷惑をかけてきたから。ああ、気持ちが沈んできたな……。


「美咲ちゃん、あっちゃんって、学校ではどんな感じなの?」

「クールでかっこいいですよ! いつも堂々としてて、風紀委員に突撃されても動じなくて!」

「へえー。あっちゃんのお話、もっと聞きたいなー」

「いくらでも語れます!」


 いったい何の話をするつもりなのだろうか。私はしばらく学校に行ってなかったし、それはお母さんも知っているはずなんだけどな。そう思って、ちらりとまたお母さんの方を見ると、目が合った。お母さんがほほえむ。私の心臓がはねた。なんでそんなにうれしそうなのよ……意味分かんない。


 それは嘘だ。分かってる。お母さんがこんなに喜んでる理由くらい、分かってる。私は泣きたい気持ちでいっぱいになって、涙が出てはいないかと目元を少しこすった。美咲とお母さんは私についてのお話に花を咲かせている。私も、もしかしたらうれしいのかも。お母さんの笑顔が見れて。



 お母さんの促しで、夕食後すぐに美咲が鼻歌を歌いながら風呂場に向かった。布がこすれる音が聞こえてきて、美咲が服を脱いでいるのだと分かる。美咲が、内にいるって不思議な気分。対してお母さんは私たちが食べ尽くした食事がのっていた食器を手際よく洗い始めた。こちらも本当に上機嫌。首が左右に揺れている。


「お母さん」


 私の何気ない呼びかけに、お母さんの動きが一瞬止まる。すぐに皿洗いは再開されたが、私の方を振り向こうとはしない。


「どうしたの? あっちゃん」


 なんだか、声が震えていた。それを聞いて、事態は深刻なんだと俯いてしまった。行き場のない気持ちを、いすに座っているせいで浮いた両足をばたつかせることで表現する。あー、私が悪い。私が悪いの!


「いままで、さ。ごめん。無視とかして」


 お母さんはしばらく沈黙していた。食器と食器がぶつかり合う音と、激しい水音がこの空間に広がっているのを感じながら、お母さんの言葉が私に向かってくるのを待つ。あ、今お皿についた洗剤を洗い流してるんだなって音を聞いて思ったとき、泣き声のように甲高い、食器が床にぶつかって割れる音が聞こえた。私は方をびくりと震わせて、お母さんに駆け寄る。


「何してるの!」


 飛び散った破片を拾い集めて、動かないお母さんの顔をのぞき込むと、お母さんは泣いていた。大粒の涙をこぼして、唇を大きくゆがませて。大人の人がこんなにないているところを、私は初めて見たかもしれない。いやでも、お母さんが泣いた顔は二回目かも。


「ありがとう……」

「え?」

「ありがとう……あっちゃん」


 お母さんは、それから何度か「ありがとう」と繰り返した。何に対してのありがとうなのか分からないけれど、私は数年ぶりに触れる母の手を握って、頷きながらそれを聞いていた。


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