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歪みといわれた わたしの恋   作者: 人野かどで
私は恋をしない
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親友だから

 告白にもいろんな形があるものだ、と目の前で頭を下げる女子生徒を見ながら私はわざとらしくため息をついた。目にかかるほど伸びてしまった前髪をいじりながら、突き出された手紙を受け取ってしまう。仕方ない、学校に来ればいつもこんなお願いをされるんだ。わかってたこと。私は恋愛なんてできないけれど、人の恋愛には巻き込まれてしまう。


「じゃあ渡しておくけど、これ以上のお膳立てはしないからね」

「あっりがとー愛彩! 助かるぅー」


 媚びた笑顔。言い換えればイン○タ映えする美少女の満面の笑み。小柄な身体に、下へ結った細いツインテールが揺れる。なるほど、同学年の男子中学生ならいくらでも落とせそう。彼女の美貌なら加工はいらない。こんな殺風景な教室も、彼女がいるおかげで、広大なダンスホールになっている気がする。嘘だけど。


 私は髪の毛が短いし、背も高くて彼女のように異性を引きつけることは出来ない。はあ、彼女は十分すぎる素材だ、同じ女として嫉妬する。……まあ嘘だけど。


「よろしくねぇー! 拓人に私の愛を届けて!」

「ういー」


 ロミオもドン引きなジュリエットの言葉を叫んで、彼女は女子生徒集団の元へ帰って行く。あれは一応、学年一の美女である。確か名前は紫苑といったはず。……まあ興味ないけど。


 夕方の教室で、私は一人座っている。担任からここで待てといわれてしまったのだ。わがままにさんざん振り回してしまったし、そのくらいは聞いてやる気になった。


 学校に来るのも、なんだかんだで久し振りだしね。



 別に、体調が悪くて休んでいたわけでも、社会を恐れて部屋から出られないひきこもりだったわけでもない。


 ただ、学校に行く気持ちが起きなかっただけ。義務教育だかなんだか知らないけれど、あんまり学校に行くということが大切だとは思えない。……就職とか、難しくなるって言うのはわかってる。でも、なんだか学校のない日というのは、癖になって楽しいのだ。母も私が休むことを止めないし、まあいいかって感じ。


 校庭から陸上部の掛け声が聞こえる。結局走るときの応援なんて効果があるのか?


 窓から小さなグラウンドを眺める。所謂、都会に位置する中学校なので、眺めはよくない。屋上から飛べば木っ端微塵になりそうなほど高いビルに囲まれ、学校との間には緑の網が設置されている。まるで牢獄のよう。


 他校の奴らはこの中学校に野球部がないことをイジるらしいけど、こんなところでホームランでも打ったら、ビルの一室に風穴を開けて涼しくしてしまう。だから、グラウンドを使っているのは陸上部とテニス部くらいなもので、他はすべて屋内で活動する部活だ。


 タイムを競い合う陸上部。あんな風に、夕日に身を染めながら青春を送る部活も、まあ興味が無い。でも、他にしたいことがあるわけでもない。ああ、いいタイムが出たのだろう。抱きあう男女。寒いのに薄着で走っているから、肌と肌が触れあう。うらやましい、あんな恋愛がしたいものね……嘘だけど。



 さて、何故私は今日、大切だと思えない学校に来ているのか。それを頭で整理しようとしたところで、私の個室となっていた教室の扉が無造作に開かれる。


「おう、影内」

「……やっときた?」


 ぶっきらぼうに私が返事をしたこいつは、筋肉ゴリゴリ教師である担任だ。みなからは愛称として、『ゴリ』を拝名されている。先生の呼び方としてそれはどうなんだとも思ったが、本人も気に入っている感じだから、まあいいんじゃないかと思う。上下真っ赤なジャージ。1キロ先から見てもゴリだってわかりそう。


「教師にむかってそりゃ無いだろ。年上には敬語使えよ」

「先に生まれただけで何を威張ってるの」

「おいおい、年功序列って言葉を知らないのか。お前も後輩から敬語くらい使われるだろ」

「後輩なんていないし。敬語使われるのも嫌いだし」


 敬うのも、敬れるのも嫌いだ。私はたいした人間じゃないし、年上ってだけで威張る奴なんて、つまらないと思う。ゴリは私の強気な言葉に頭を掻き、困ったような顔をしたが、「まあいい」と吐き捨てて隣に座った。こめかみを押さえながら疲れを込めたため息をつき、私を見てくる。


「ったく、学校に来てくれたと思ったらこれだ」

「学校に来たのは、美咲のためよ」

「はいはい、俺のためなんかじゃないってわけね。俺が来るように頼んだのによ」

「ゴリのためなんかに来るわけない」


 冷たく言い放って、私はまた窓の外を眺める。あ、なんだかランニングついていけてない陸上部員がいる。顧問に叱られてかわいそう。


 すると、ゴリが「影内」と私を呼び、ようやく本題に入ろうとしているのがわかったので、陸上部を眺めるのはやめた。なんだか真剣な顔つきだ。ゴリは真面目な教師だが、こんなに告白でもされそうなくらい真剣な眼差しは初めて見る。もし告白ならやめて欲しい。


「花月についてなんだが……」

「美咲のことね、それが聞きたかったの」


 そう、私はこの話が聞きたかったから、わざわざつまらない授業時間を過ごし、放課後まで待ったのだ。朝おしえてくれたらそのまま帰ることが出来ていたのに。


 美咲は私の親友だ、もっとも仲の良い友人という意味で。私の生活態度故、古くから私を知っている人以外で会話を好んでしてくれるのは美咲だけ。長い髪の毛がくせっ毛でかわいらしく、幸せなオーラを周囲に振りまく彼女は誰からも好かれていたと思う。そんな彼女がひと目私を見ただけで、何に惹かれたのか分からないが仲良くしてと欲求してきたのだ。


 私が学校に来なくなっても、彼女は偶に出歩く私を見つけては遊びに誘ってきた。犬のような女子だと最初は面倒くさく感じて軽くあしらっていたが、幾度となく話しかけれるうちにいつの間にか心を許していた。


 そんなふうに私が回想しつつゴリの返答を待っていても、目の前でなんだか話しにくそうにモゴモゴしている。これ以上待てないとしびれを切らして私は単刀直入に聞いた。


「美咲に近づくなって、どういうこと?」


 ゴリをにらみ付ける。なにをそんなに黙っているのか。そっちから呼び出しておいて、ゴリらしくなくはっきりモノを言わない。この時間のために私は1日我慢したのだ。苛立ちがどんどん胃を締め付けて、耐えきれず私は立ち上がった。


「なにを黙ってるの!」


 思わず怒鳴りつけた私に、ゴリが申し訳なさそうに「すまん……」と口にする。なにそれ、謝って欲しいわけじゃない。イライラが更に強くなる。頭が痛い。


「あんたがうちに連絡してきたんでしょ? 美咲が学校に来てないって。でも、近づくなって。説明は学校でするって。ねえ!」

「詳しくは話せん」

「は?」


 どういうこと? 詳しく聞きに来たんだけど。でも、ゴリの顔を見てると、私もだんだん冷静になってきた。悔しさを噛むように、強く唇を閉じ、机の上に置かれた拳は震えている。

ゴリは、悪い教師じゃない。学校になかなか来ない私にだって、こうやって話をしてくれるんだから。少々厳しいところもあるが、それはコイツなりに生徒を思ってのことなんだろうな。


 私はドカリと再度椅子に腰かけた。苛立ちを落ち着かせるために深く深呼吸する。数回それを繰り返して、じっとゴリを見つめる。するとゴリもようやく口を開いた。


「花月の家で、不幸があったそうだ。お母様が亡くなったと」

「……それで?」

「花月はさ、その不幸に大きく関わってるみたいなんだ。それで、精神的にも不安定だから、誰も会っちゃ駄目だと医者からは言われてる」


 馬鹿だなあ、ゴリ。


そんな話なら、そこまで言いにくそうにすることは無かったんじゃない? 

私が話を聞いてショックを受けるかも、とか心配してたならわかるけど、あんたの様子を見てると、そんなわけでもなさそうよ。ゴリ自身には、全然人を心配する様子なんてなさそうだもの。

妙に心が落ち着いて、苛立ちの名残りも感じずに、私は席を立った。ゴリが呆けた顔で私を見てきたので、笑顔で手を振ってやった。そのまま流れるように教室を出ようとすると、ゴリが突然立ち上がって走り寄ってきた。「まてっ」と呼びかけて私の左手を制服の上からつかむ。


「ッ!?」

「あっ、すまん! 強くつかみすぎた」


 ゴリはすぐ手を放したけれど、私の腕にはまだピリピリとした痛みが走っている。ああちくしょう。余りの痛みに声を上げてしまった。弱みを見せたみたいで嫌。


「……じゃ、私行くから」

「あ……」


 呆けたゴリを置いて教室を出た。まだ痛む左手の二の腕をさすりながら、ビルの影のせいで暗い廊下を一人で歩く。誰もいない。私はそう確信して女子トイレに入った。やはり誰もいない。


 洗面台に備え付けられた大きな鏡の前で私は左手の袖をまくり上げる。まだ痛みは消えない。鏡に映った自分を見て、私は辟易した。まるでカビが生えたパンのようになっている二の腕。広く内出血を起こし、皮膚はズタズタに破れている。ああ、痛い。ほんとに痛い。あのゴリ、ほんとありえない。


 でも、この傷は私が自分でつけたんだ。自分で、かきむしったんだ。


 右手が自然に伸びる。その二の腕に。ハッとして、なんとか掻きたい気持ちを抑えた。ほとんど無意識なのだ。これはリストカットみたいなものですと、以前カウンセラーの先生が言ってた。


 リストカットが手首を傷つける行為なのに対し、私のこれは自傷行為の中でもアームカットというものに該当するらしい。する理由は様々だったが、いくらカウンセリングを繰り返してもわたしの症状は改善することはなかった。今現在まで。


 こんなことをする自分が嫌いだ。そして、そんな自分を嫌う衝動から、また二の腕がかゆくなってしまう。めんどくさい、めんどくさい女だ、私は。ポケットの中から、カサリと音が聞こえる。ああ、そういえば手紙を預かったんだっけ。


 手紙を取り出して、眺めてみる。次に鏡を見ると、まるでラブレターを今から私に行く自分の姿が映っていた。


「キモ、似合わなすぎでしょ」


 手紙を再びしまい、袖を下ろす。今は10月で、だんだん冷えた空気が漂い始めて、校内は長袖を着ている人がほとんど。私はこの腕を隠すために、年中長袖だから目立ってしまう。一種の珍獣扱いだ。あんまり学校に来ない上に、真夏でも長袖の女子生徒といえば、私しかこの学校にはいない。だから、寒い季節は歓迎する。


 女子トイレを出ると、教室を出てきたゴリと目が合ってしまった。でも無視して私は階段へむかう。ごめんねゴリ。申し訳ないとは思ってる。……それは嘘だけど。


 私は美咲に会いに行く。親友だから、助けたいと思うのは自然でしょう。


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