2:大神殿へ
「うおー! ヒマだむぐぐぐぐぅ……」
ファミがいきなり大声を出したので、俺は慌てて隣に走って抱き寄せて口を塞いだ。
「ひゃふっ!? ジェイくん、昼間っからファミの体を乱暴にしないで」
「違う! おまえなぁ敵地のど真ん中にいるのに、ヒマだなんてケンカ売ってるのか?」
「ケンカ売れるの?」
「今なら買い手市場だぞ。なんせ周り全部信者だからな。巡礼がヒマなんて言ったらタコ殴りになるぞ」
そう、俺たちはディアーナ教の聖地巡礼にまぎれ込んで、元魔王の城に潜入しようとしていた。というわけで、周りには同じ巡礼服を着た教徒たちばかりなのだ。
「ヒマなだけでケンカ買ってくれるなんて凄いねー」
「神聖な行為をしてると思い込んでるのに、それがヒマなんて言われたら怒るだろ」
「えー、お祈りだってヒマだよー」
「本人は真剣に忙しいと思ってるからな」
「貴様はメディーナ教が嫌いなのだな。ワレも気に食わんが」
「だいたいメディーナ教の連中は人の話なんぞ聞かねーし、二言目には寄付だ浄財だって守銭奴なんだよ」
「お金は大事だよねー」
「それにメディアってのが女神のクセしてろくでもないんだ。男をとっかえひっかえしてエロいことしてるって」
「へー! へー!」
ファミは膝を連打して感心した声を上げた。それだけじゃなく、魔王に切り替わってもまだ膝を打っている。
「ほう、詳しいな、貴様」
「ん? これくらい常識じゃないのか?」
「今のは内部情報に精通しておらんと出てこないのではないか?」
「そうか? う~ん、なんで知ってたんだろ? 誰かに聞いたかな」
思い出してみるが、村にはメディーナ教の教会はなかったし、旅の商人から噂話を聞いたか、酒場に潜り込んだ時に耳に挟んだか、そんなところだろうか。
「しかし、メディアはいまだにそんなことをしておるのか……」
「1000年前も同じだったのか?」
「うむ……愛の女神だかなんだか言っておったが、男も女も手当たり次第にやっておったな。ワレも手当たり次第に食っておったが」
「食うな!」
「食うってなにー?」
「ファミは知らなくていいの」
「えー、ファミも食いたいー!」
「そんなこと言ってると食われるぞ」
「ファミ美味しいのー?」
「美味しいと思うヤツもいるだろうな」
「じゃあじゃあ、ジェイくんは食いたくないのー?」
そう言いながら密着した胸を押しつけてくる。意味わかってるのかどうなのかわからないところがファミの天然だ。
と、反対側にもささやかな胸の感触。
「ボクもジェイトにくっつく」
セイルが対抗意識満載で腕をからめてきた。
左右の腕に当たる感触がはっきりわかるほど違うな。俺よりゃやわっこいけど。そして、首筋にモフモフが……。
「ニャオウ、何してる?」
「なんか対抗心的にゃ?」
「おまえは熱いから離れてろ」
首根っこをひっつかんで放り投げると、ニャオウは見事な宙返りをしてスタッと降り立った。まるでネコだ。いや、ネコではあるんだが。
「おまえらを食うつもりなんかないからな」
「肉欲がないのか。若いのにつまらぬヤツだな」
「食欲と肉欲しかないような魔王とか女神と一緒にするな」
「じゃあ、ジェイくんは何欲でいっぱいなの?」
「お、俺か? 俺は……知識欲だな!」
「エッチな知識?」
「どこでそんな言葉を覚えてくるんだ、ファミは?」
「ファミだって色々知ってるよぉ? ジェイくんにも教えて上げるね、体を使って」
「止めなさい!」
「セイルちゃんともしてるんだよ?」
「いつのまにそんな仲になったんだ、おまえら?」
「ずっと前だよ? こうやってねぇ、お尻とお尻を合わせて……ふんっ!」
「負けた……ファミのお尻は反則」
無邪気に尻相撲をしている幼馴染みを見ていると、自分が穢れた大人になったような気がしてきた。
ファミ、いや魔王が首を傾げているのに気づいた。
「ん? どうした?」
「なんだか、以前にもこんなやりとりをした覚えがあるな」
「オレもそんな気がするぞ」
魔王と勇者が唸り始めた。転生すると記憶力が悪くなるのか。
「そんな昔に尻相撲の話をしてたのか?」
「尻相撲ではない。その前だ」
「前? おっぱい相撲か?」
「そういう意味ではない! 欲がどうしたという話だ!」
「そんな前から欲の話をしていたのか。欲深いヤツだな、魔王ってヤツは」
「我だけではない! 勇者と、それにもうひとりだ」
「女神か?」
「あいつではない。もうひとり……」
「ああ、くそ。思い出せねぇ!」
魔王と勇者が顔をしかめて腕を組んで考え込んでいる。
「やっぱり転生すると記憶力が老人並みになるのか?」
「そうではないっ! これは……」
「封じられているな」
勇者がいつになく真剣な声で応じた。セイルの顔だけに説得力がある。ファミが言ったところでギャグにしかならない。
「転生する時に呪いでもかけられたのか? 魔王ならありそうだけど」
「俺まで呪われる意味がねぇだろ?」
「品行方正な勇者ならそうだろうけど、あんたはそうじゃないよな?」
「……う……いや、俺は多少はアレだったかもしれんが、そんなに酷いことはなかった……はずだぞ? 多分……なあ、魔王?」
「これほど心許ない自己弁護は初めて聞いたぞ。というか、魔王に同意を求める勇者ってなんだよ」
「そうは言うが、記憶があやふやで自信が持てなくなる時だってあるだろう?」
「酔っ払って記憶が飛んだみたいな感じなのか、転生って」
「あながち間違ってはおらんな。ワレもモヤがかかったようにはっきりせぬ部分がある」
「酔っ払ってなくした記憶を探し歩くのに同行する俺ってなんなんだよ」
「ジェイトはぶつぶつ言うけど面倒見が良い」
「ただのお人好しかよ」
「ねーねー、ジェイくん、着いたよ」
ファミが元に戻ってはしゃいだ声を上げる。見れば視界いっぱい灰色の壁だった。首を上に向けると、なかなか壁の天辺が見えてこない。反り返って腰が限界になったところで、ようやく見える高さの壁がそそり立っていた。元魔王城の白い塔はその向こう側でまったく見えない。
「これが聖都の壁ってわけか」
壁の一部にアリが食った跡のような穴が空いていて、そこから出入りするらしい。巡礼者はそのまま見とがめられることなく入っていく。
くだらない話をしている間にやっと着いた……。無駄に時間かかったぞ。
こうして、大神殿の麓にようやくたどり着いた俺たちだった。




