3:温泉宿の虐殺 その2
「お客様、お帰りですか?」
バアさんがどこからともなく現れて手のひらを差し出した。
「ご休息料金を頂戴致します」
「ただじゃなかったのか!?」
「とんでもございません。うちはご休息所ですので、1時間からいただきます。それとも延長なさいますか?」
「え……?」
「それと、お客様、3Pで激しいのはよろしいが、お部屋を破壊してはいけませんねえ」
「さ……3P?」
「ジェイくん、ファミがいない間にそんなことしてたんですか?」
「ややこしいことを言い出すな! 大体、おまえ入れないと3Pにならねぇだろ!」
「セイルちゃんとニャオウ?」
「ネコを襲う趣味はねぇ!」
「ネコをモフモフする趣味は?」
「それはいいが……ニャオウは嫌だ!」
「好き嫌いしちゃダメですよー!」
「そういう問題じゃ――」
「なんですかね、これは!?」
いきなりバアさんの叫びが部屋に響いた。
「これはお壊しになったお部屋の修繕費もいただきませんといけませんねえ」
「ゾンビが湧いて出る部屋に案内しておいて何を言うか」
「ゾンビ……ですか?」
バアさんが不思議そうに首を傾げる。
違和感を感じて振り返ると、穴の空いた床しかない。ゾンビの残したウジや血の固まりすらない。
「お客さん、ワケのわからないこと言うて、料金踏み倒ししはる気どすか?」
急に圧力を放って迫って来るバアさん。
「いや! 確かにゾンビが出たんだぞ。廊下は? ファミが見たヤツ」
「なんもありまへんが? 下手な芝居どすな。恩を仇で返しはるんどすか」
「そんなバカな!」
「ずっと泊まってもろてもかましませんえ。なんでしたら、永遠でも」
バアさんはニヤリと口の端を歪めて笑った。
このバアさんはヤバい。
「とっとと逃げるぞ!」
「逃がすか!」
バアさんがそれまでのお客様扱いをかなぐり捨てた。
「メディア様のご威光を軽んじる愚かな者たちよ! 神の御力を思い知るがよい!」
「うわ、出た。神の威を借る信者! 反吐が出るな!」
「神の意志に刃向かう者どもよ! 消え去るがよい!」
「女神の意志などにワレが忖度するわけがなかろうが! ワレを誰だと思っておる!?」
「おう、オレはその女神とか言うのにこき使われた挙げ句、ひでぇ目に合ったぜ?」
「ななななんという罰当たりな者ども!」
「「やかましいっ!」」
魔王の魔法と勇者の腕力が炸裂した。
「珍しく気が合ったな、おまえら」
「メディーナ教と聞いたらついやってしまった。反省はしてない」
「メディアの気を感じたらついやってしまった。反省はしてない」
とにかく、魔王も勇者も女神メディアとなんかあったらしい。
バアさんが吹っ飛ばされて突き破った壁の向こう側からゾンビが現れた。
「殺っておしまい!」
攻撃を食らっても元気なバアさんの叫びに応じて、ゾンビの群れが迫って来る。
「わっ、ゾンビが凄く元気だよー!」
「新しいタイプだな、こりゃ」
「色々いるんだねー」
「基本グロ」
「まあ、爽やかなゾンビってのは見たことないよな」
押し寄せてくるゾンビの群れ相手にのんびり論評している間に、元気いっぱいのゾンビが突進してくる。
「ワレに触れるものに炎を!」
「わははははっ! 成敗っ!」
「装着! そして、パンチ!」
魔王と勇者と俺が魔法と肉弾と拳を同時に放った。
ゾンビは燃えつきて炭と化し、粉砕され、四肢をバラバラに吹っ飛ばされた。
「ジェイくん、虐殺だねー」
「いや、元から死んでるから、ただの死体損壊だよな」
次から次へと湧いて出るゾンビを倒していると、なんだか気分がハイになってきて、ついつい笑みが浮かんでくる。
「ははははっ! さあ、ドンドン来い! うわはははっ!」
勇者は前からこんな感じだったな。
「お前たち、なんなんだ!?」
バアさんがうごめくゾンビの残骸にまみれながら悲鳴を上げた。
「ただの通りすがりの魔王と勇者と村人だ」
「ふざけるなーっ! メディア様の御光を食らうがよいわっ!」
バアさんが懐から何かを取り出し、高く掲げる。
「む? あれは……」
「見覚えがあるな?」
勇者と魔王がバアさんがかざした丸い球を凝視する。
「なんかわかんねーけど、させるか!」
俺はバアさんに跳びかかった。
「メディア様の御下へ参ります!」
叫んだバアさんの姿は白光と共に消え失せた。ドンッと光が甲冑に叩きつけてきたと同時に弾き飛ばされる。
「どへっ!?」
何がどうなったのかわからないまま、無茶苦茶振り回され、クルクル回り、地面か何かに叩きつけられる。
ようやく動きが止まった時、兜のスリットから見えるのは真っ白い煙だけだった。
「おーい、大丈夫か?」
「おう……」
「無論だ」
「にゃんとか……」
俺が無事だったんだから、魔王や勇者なら問題ないだろうと思っていたが、全員返事があってほっとする。
白い煙だけの世界で立ち上がって、声の方へ進む。
「待て。風よ、ワレの視界を晴らせ!」
魔王の魔法で突風が吹き、煙が一瞬で吹き流されていった。
宿の姿は跡形もなくなっていた。どんだけ強力な魔法だったんだ、あれ。
「あれ? 雨が……止んでるよ?」
「そうじゃねぇ。雨なんか降ってなかったんだ」
「へ?」
「地面、濡れてない」
「あーっ! ホントだ!」
雨だけじゃない。もう夜だと思っていたが、まだ夕方になったばかりのようだった。
「やられたな。どこからたぶらかされておったのだ?」
「多分、あの店を出たところからだろうな」
「ローネを掠った連中の罠か」
「相当組織立った連中のようだな、教会ってのは」
「昔から厄介なのは変わっておらんな。時間の無駄をさせられたか」
「時間稼ぎが目的だったと言うことか。小賢しいな」
「魔王も騙されてたか。案外、頼りにならねーな」
「……くっ」
魔王が心底から悔しそうな顔をする。ファミは悔しいとかそういう感情とは無縁なので、新鮮ではある。
「いつまでも悔やんでいても無駄だし、時間がもったいない。とっとと歩くぞ」
「今に見ておれ!」
「おれーっ!」
魔王とファミが意気投合するのをしり目に、歩き出す。
森を出て、温泉街から街道へと戻ると、ファミが目敏く何か見つけた。
「あー! なんか見えてきたよ?」
ファミの指は街道の彼方を示していた。




