3:温泉宿の虐殺 その1
「あー、ヒマ……」
頭の下で指を組んで、ぼそっと吐き出す。
濡れた服は囲炉裏という炎の周りに吊り下げておいたら完全に乾いていた。それでも雨は止みそうもない。仕方がないので、案内された部屋でボーッとしているわけだ。
「ジェイくん、ヒマー! ヒマー! ヒマー!」
雨が止むより、ファミが反乱を起こすのが先かもしれない。
「お嬢ちゃん、宿の中を探検してきてもいいんじゃよ?」
お茶を持ってきたバアさんがそう言うと、ファミの目が輝いた。
「行ってくるー! 探検!」
次の瞬間には姿を消していた。
まあ、魔王も一緒なので万が一なにかあっても問題はないだろう。
「セイルは行かないのか?」
「ジェイトとしっぽり過ごす」
ドキッとするようなことを答えると、トトッと近づいてきて俺の脇に座る。こいつのしっぽりはこう言うことらしい。いや、期待したわけじゃないぞ。
「ジェイト、手を出さない?」
「お前らには出さねーよ」
「なぜ? 嫌い?」
「……なんか、そういうんじゃないんだよな」
「ジェイト、立たない?」
「立つけど立たねぇの!」
「立たせる?」
「いや、いいから!」
股間に手を伸ばしてきたセイルから離れようとした時、
「うきゃ――っ!」
いきなりファミの妙な悲鳴が割って入った。セイルが小さく舌打ちする。おいおい。
すぐにファミが廊下を駆けて飛び込んできた。
「ジェイくん、でででででたーっ!」
「ジェイトは出してない」
「ジェイくんが出たんじゃなくて、出たのっ!」
「だから何が?」
「オバケ!」
「「「は?」」」
俺とセイルとニャオウが同時に声を上げた。
「う~あ~お~」
べちょっ……べちゃっ……
ファミがやって来た廊下をよろけながら歩いてくる姿を見て、俺はファミに諭した。
「ファミ、あれはオバケじゃなくてゾンビだ」
「ゾンビはオバケじゃないの?」
「そうだな」
「じゃあ怖くないー」
泥まみれで蛆が湧き、首がおかしな方向に捻れて、ドロッとした赤黒い血がにじみ出している姿を前にして怖くないも何もあったもんじゃない。怖いだろ。しかも動いてるんだぞ。なんで動くのかわからんのは怖いだろ。
「ゾンビならばワレの出番だな」
「任せた、魔王」
魔王が、と言うかファミが不敵な笑い声を放ちながら、ゾンビの前に立ち塞がった。
「復活したワレの元に馳せ参じるとは殊勝なゾンビであるな! よかろう! 我が配下にしてやろう。光栄に思うがよいぞ!」
が、ゾンビの動きは変わらない。
「おい、どうなってる?」
「む? こやつ、ワレの命令に応じぬ。光のゾンビだ」
「光のゾンビ!? なんだそりゃ?」
「光の陣営の魔術によって死体が動けば光のゾンビだ」
当然のように魔王が言う。当然じゃないから!
「こんなえげつないのって魔族の専売特許じゃないのか!?」
「そう感じるのは人間の感覚であって、教会の連中もこれくらいの魔術を使うぞ」
「ええ? 教会ってのは癒し専門じゃないのか?」
「治すも殺すも生命を自在にしているのは同じだ。光とか闇は単なる属性の問題だ。片方に出来ることはもう一方にも出来る。当然のことだ」
「じゃあ、光と闇ってどう違うんだよ?」
「天秤の両極端というだけのことよ。本質はさして変わらぬわ」
今まで信じていたことがあっさりひっくり返されて、俺は戸惑う。同時になんとなく納得している自分に驚く。なんだろう。ファミとセイル、魔王と勇者に接していたせいだろうか。
「ははあ、つまり、こいつは教会の連中の仕業って事か。なんか気に食わん感じがしたぜ」
「いや、勇者は光の側だろ?」
「おう。しかし、教会は気に食わんのだ。がめついし、善だ悪だと押しつけがましいし。そういえば、昔誰かと意気投合して朝まで飲み明かしたことがあったな……」
その時、床から突き上げるような震動を感じた。フワッと一瞬体が浮くような感覚。
「ぶわっ!? なんだこりゃ?」
「ジェイくん、なにか来るよ!?」
何かって何だよと訊き返すより早く、床板が派手に跳ね上げられた。すぐ下の地面が湧き立ち、泥が噴き出す。囲炉裏の炎が泥にまみれて消え、白煙をたなびかせる。
次に出てきたのは腕だった。
「うごごご……ぶももも……」
「あぐ……えぐ……」
えずくような声を上げながら、ゾンビの群れが地面から這い出してくる。
「い、いやーっ!」
ファミが悲鳴を上げる。さすがに怖いか。
「また汚れちゃう~っ!」
「そこ!?」
「そこは大事」
セイルも大きくうなずいた。女の子から断言されてしまったら反論も突っ込みも出来ないな。
「汚れる前になんとかしよう」
「任せておくがよい」
魔王が尊大に言い放つと、呪文を唱える。
一瞬にして吹き出した泥がゾンビ諸共凍ってしまった。まるで彫像のように這い出してくるゾンビが固まる。
「これで大丈――」
得意満面の魔王の顔が凍りついた。
氷が沸き立ち、さらに多くのゾンビが這い出してきたのだ。
「ゾンビごときがこの魔王に刃向かうなど小癪な!」
さらに広範囲が凍りつき、ゾンビの氷像がさらに増える。
が、すぐさま地中深くから押し上げてくる泥によって氷像は崩れ、新たなゾンビが這い出してくる。
「きりがないぞ」
「一旦逃げるにゃ!」
「ニャオウ、たまにはいいこと言うな!」
「人間のくせに失礼だにゃ! あ、いや、お褒めにあずかり恐悦至極だにゃ」
俺に叫んだところでファミとセイルににらまれ、慌てて言い直す。いや、いいけどさ。
その間にもゾンビは増え続け、部屋からあふれんばかりになっていた。もはや部屋と言えるかどうかも怪しい。なんせ床は完全になくなり、壁も突き崩されていた。柱が折れたら終わりだ。
「これ、弁償しなくてもいいよな?」
「ファミのせいじゃないよ?」
「俺のせいでもないしな」
「セイルでもない」
「よし。逃げるぞ」
満場一致で逃亡決定。
部屋を出ようとした瞬間――




