1:おっぱい怖い その1
「真剣に死んだと思ったわっ!」
おっぱいで窒息しそうになったが、かろうじて生死の境から生還した俺は、凶器の持ち主を前に説教していた。
「ごめんね、ジェイくん……。おっぱいに飢えて死にそうになってるなんて気づかなくって。ファミのでよければ思う存分――」
「そっちじゃねーっ! おっぱいから離れろ!」
ファミの脳天に手刀を見舞うと、ファミは口をとんがらせて言う。
「でも、王女様のおっぱいが好きなんだよねー?」
「どんだけ説明してもわからんのか……」
「ジェイトはただのおっぱいが好きではなくて、模様のあるおっぱいが好き?」
「……もういい」
胸をはだけて模様を描こうとするセイルを止める。
どっと疲れて、もうこいつらを理解させるのは諦めた。
王女の言った紋章の形をしたアザは確かにあった。俺の甲冑が王家の先祖というのは、まあ、多分、本当なんだろう。だからと言って、俺が王家のものとは断じてならないが。
それよりも、今はもっと面倒なことになっていた。
その王女がファミとセイルをまじまじと見ていた。
「それで、この者たちが噂の美女か?」
「まあ、疑問もあるだろうが、そう言うことらしい」
「はい、ファミが噂の美女です!」
「ボクも多分そう」
「それはいいから、なんで来たんだ?」
「だって、ジェイくんが遅いから心配してのぞきに来たんだよー」
「大丈夫。誰にも見つかってない」
「そうか……」
ここまではいい。それ以上しゃべるなよ!
「どうも勇者っぽい臭いがすると思えば、貴様、勇者の末裔か?」
「だーっ! しゃべるな!」
ファミに跳びかかって口を押さえようとしたが、時遅し。王女が聞きつけてしまった。
「勇者の臭いとはなんだ? それにその声音はなんだ?」
「気にするな」
こっちは王家と勇者の話が聞きたいってのに、魔王がしゃしゃり出てこられると面倒なんだ。そう思っていると、
「ねーねー、勇者の末裔って事は、セイルちゃんのご先祖?」
「ボクの先祖じゃなくて勇者の先祖。勇者と王女は親戚?」
「そりゃまあ、子孫くらいいるよな」
セイルに振ると、セイルは勇者の声で不機嫌に吐き捨てた。
「いや、オレに子孫なんぞいないぞ」
「どうして?」
「いるわけないからだ」
「あ、察し……」
「そっかー、ぼっちだったんだねー」
ファミが哀れみのこもった声で言う。
「そうじゃない! オレは女になりたかったんだ!」
「え?」
俺は思わず同情してセイルの肩を叩いた。
「女になりたかったのに、こんな男みたいな女でがっかりしたろ?」
「いや、全然!」
「ホントか?」
「少なくとも胸がある!」
「こんな胸でもか?」
「こんな胸でもだ!」
「価値がある胸」
セイルが誇らしげに真っ平らに近い胸を俺に向かって突き出した。
「あー! ファミも価値ある胸!」
ファミも対抗して胸を突き出した。セイルと違ってブルンッと盛大に揺れる。それを見てセイルがさらに突き出す。いや、それは胸を誇示しようとして逆効果にしかなってないから。
「おまえたちはいったい何をやっているのだ?」
王女は呆れた顔でそう尋ねた。いや、俺もそれを問いたいところだ。話を元に戻そう。
「それはともかく、ってことは、勇者と初代勇者は無関係なのか。勇者って血筋じゃないのか?
「うむ、連中はいきなり出現する特異点だからな。予測も出来ん面倒な存在よ」
そう答えた王女が焦れて不機嫌そうな顔で俺をにらんでいる。
「それで、おまえたちはいったい何者なのだ!?」
「えーっとー、ファミはねー、魔王の――」
「まおうの?」
「いや、迷ってここにきただけだ」
慌ててファミの口を塞いだ次の瞬間、
「魔王様、ここかにゃ?」
天幕の下から黒い猫が顔をのぞかせて尋ねた。王女がめざとくそれを見つける。
「貴様は、魔王軍の指揮官だな!?」
「ななななんのことかにゃ!? ただの黒猫ですにゃ!」
「ただの黒猫がしゃべるか! 先ほどの戦、忘れたとは言わさぬ!」
「あ! 寸前まで迫りながらオークに邪魔された騎士だにゃ!」
「やはり指揮官ではないか!」
王女は立てかけた長剣を掴むと斬りかかろうとする。俺はとっさに背後から腕を回して羽交い締めにする。
「なにをする!? 離さぬか!」
「あー、ジェイくん、拘束プレーするの?」
「こら、離せと!」
「ファミも拘束するー!」
何を思ったかファミが王女の前から抱きついてきた。王女は俺とファミの間に挟まったかと思うと、急にもがきだした。身長差のせいで、ファミは王女のおっぱいに顔が挟まれたのだ。
「ぷはぁーっ! ジェイくん、苦しいよぉ?」
「だから言ったろ! おっぱいに挟まれると息が出来ないんだよ!」
「うん……そうみたい……。おっぱい怖い……」
ファミはショックを受けたようにフラフラと離れていった。
「話の腰を折られっぱなしなのだが……」
さすがに王女の我慢の限界が近づいているようだ。
「ですよね」
「とにかく、貴殿には私の命と名誉を救われたのであるからしてだな、きちんとした手順をふんだ上で報償を与えねばならん」
「金か?」
「それももちろんあるが……」
「まあ、どうせ都には行くつもりだったし、ついでだ」
「そうか! 来てくれるか!」
「あ、ああ」
妙に情熱的に喜んでくれる王女に不信感を抱きながら、魔王のこともごまかせたし、なんとかなるかと軽く考える。
もっとも、これが大きな勘違いだというのは、後になって知ることになるのはある意味予想どおりなのだが。




